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「クズかよ!?」

 九月十八日の月曜日、篠原大樹は藍咲学園の最寄り駅で佇んでいた。ここに着いてから一時間近く経過しようとしている。今日は早くに目が覚め、ついでに思うところがあったので、朝食もそこそこに家を飛び出してきた。

 眼前の坂を、次々に藍咲の生徒たちが上がっていく。時折、あいつ何やってんだ? みたいな視線が集中砲火してくるのが辛い。落ち着かない気分になってくる。早く来てくれないだろうか。あいつの性格的に、どうせ遅刻ギリギリだろうが、万が一読みが外れたときのことを考えると結局早くに待ち伏せるしかない。なんかストーカーみたいだな、俺。


 待っている間、何人か知り合いが通り過ぎていった。元バド部員の相馬と姫川を見つけたときは、相馬はこちらに手を振ってくれたが、姫川は相馬の後ろに隠れてしまった。どんだけ照れてるんだ。大樹は苦笑しながら手を挙げ、二人を見送った。彼らには、後で用がある。

 他に、部活の先輩である碧斗や芝崎、生徒会の翠を見かけたが、こちらに気付いた様子はなかった。どうでもいいが、こうしてみんなの登校風景を見るのは、ちょっと楽しいかもしれない。うん、だからストーカーかよ、俺。


「篠原くん? 何やってるの?」


 そこで、男女二人組に声をかけられる。神谷隼人と、桜庭紅葉だった。相談室の出禁を喰らって以来、まともに会話をしていないので、ひどく久しぶりな感じはする。


「ちょっと待ち合わせです」


 待ち伏せの間違いである。


「そ、そうなんだ……。あ、えっと」


 紅葉は次の言葉を探しているようだった。いきなり大樹に遭遇したことで、動揺しているのだと思う。相談室の立ち入り禁止に関し、彼女は負い目を感じているのかもしれない。紅葉は隣の神谷を肘で突く。


「ねえ、神谷くん。もう許してあげてもいいんじゃない? あれからバドミントン部の人たちも来ないんだしさ」


 紅葉の訴えを、しかし神谷が耳を傾ける素振りはなかった。神谷はじっと大樹の方を注視していた。その高身長で見下されると、そわそわしてくる。迅速にやめてほしい。


「篠原お前……何かあったか?」

「え? はあ。何故ですか?」

「いつもは俺に会うと、怯えたみたいに挙動不審なる。それが今日はまるで……特攻に向かう兵士みたいだぞ」

「それ褒めてます!?」


 しかも挙動不審とか言われた。かなり傷つく。

 だが大樹の立ち直りは早かった。


「色々あって。やらなきゃいけないことを決めたんです」

「ふーん……」


 神谷は興味を失ったようで、踵を返す。紅葉が「もうっ!」と地団駄を踏んで神谷を追いかけていく。

 それで会話は終わったと思ったのだが、ふと神谷は立ち止まり、こちらを振り返る。


「もう相談室に来ていいぞ」

「え?」


 大樹の疑問の声には応えることなく、今度こそ神谷は去っていく。紅葉はしばらくその場でおろおろと、大樹と神谷を見比べていたが、やがて大樹に眩しいくらいの笑顔を作ってピースサインをしてきた。そして神谷に抱き着く。

 大樹は困惑した。一体どういう心境の変化だろう。急に許しを得てしまった。だが、しばらく相談室に行く予定はない。……いや、困ったら是非利用させてもらおう。きっと人を『使う』上で重要になってくるだろう。


 さて、そろそろホームルームの時間が近づいてきている。あいつ遅え。まさかとは思うが遅刻……いやサボりか? 流石にそこまで付き合う気にはならない。粘っても、五分前かな。そこまで待ってみるか。


 ふと、大樹は強い気配を感じた。駅から吐き出される人の群れの中、一か所だけ空間ができている。そういえば、あの人のことを忘れていた。そんなことは滅多にないのに。視線をそちらに向けなくても、そこにいるのは分かっている。周囲の喧騒が教えてくれるのだ。


 朝日月夜は物憂げな表情で顔を上げ、学園の方を睨んでいる。機嫌はあまり良くなさそうだが、そんな表情でも目が離せないのだから、相変わらずの美人である。

 月夜は大樹に気が付くと、目を大きく見開く。そして少し警戒するように身構える。大樹はその場から動かず、軽く手を挙げると、視線を駅の方に移した。しばらくそのままのポーズを保っていたが、視界を遮るようにして月夜が前に立つ。


「何してるの?」


 内心驚く。スルーしてそのまま学園の方に向かうと思っていたのに、何故話しかけてきたのだろう。

 大樹は意識的に間を作って、月夜を見つめ返す。意外にも、月夜の方がたじろいですぐに顔を背けた。だが逃げ出す様子はない。月夜は大樹の前から動かず、じっと固まっている。

 ここ数日、部活の再建を考えるにあたって、当然ながら朝日月夜のことを無視できなかった。彼女が何を考えているのか、それを分かろうとして、結局は分からなかった。当然だ。人の心なんて分かったら、こんなに苦労はしない。

 だから、自分がどうしたいかだけに重点を置いた。結果、あっさりと答えが浮かんだのは自分でも意外だった。迷いがなくなって、すっきりした気分だ。


「朝日センパイ、今日、放課後に俺のお願いをきいてもらってもいいですか」


 月夜は眉を寄せた。


「お願い……?」

「はい。それを済ませたら――もう俺はあなたに何も言いませんから」

「……きくだけ、ね」


 その返事を聞いて、大樹は満足した。そして、なんとなく学園の方を見て焦る。目的の人物の後ろ姿が遠ざかっていくではないか。いつの間に通り過ぎていったのだ。


「すいません、センパイ! 自分、急ぐので!」

「あっ、篠原くん――」


 月夜の言葉を最後まで聞かず、大樹は坂道を駆け上がっていく。心が軽くなったおかげか、足取りは軽く徐々に加速していく。胸のあたりが落ち着かない。その感覚が妙にこそばゆく、さらに加速した結果――その背中は目前にまで迫っていた。


「あ、ごめん楓! 止まれない! 避けて!」

「っ!?」


 森崎楓はその言葉により、反射的に横に飛んだ。刹那、先ほどまで楓がいた地点に大樹が倒れこむ。


「え、ごめん。意味わかんない。なんで急に襲ってきた……?」

「いや全然そんなつもりなかったけど! 話をしたかったから待ってたのに、気が付いたら先に歩いてるから急いで追いかけてきたんだよ!」

「何その付き合いたての彼女みたいなセリフ」

「そうかな?」


 彼女がいたことはあるが、そんなことは言われた覚えがないのでピンとはこない。


「何か話あったの? 連絡しておきなよ」

「まあ会えたらで良かったし」

「……まさかとは思うんだけど、朝っぱらから居たわけじゃないよね」

「まさか~」


 ここで肯定してしまうと本気で気持ち悪がられそう。というか確実にそうだ。

 適当に誤魔化した大樹は、さりげなく楓の横に並ぶ。色々言いたいことがあったはずなのだが、どれから言おうか悩む。そうしていると、先に言葉を紡いだのは楓だった。


「やる気でも出てきたの?」

「……どうだろう? 少なくとも、先週まで感じてた気持ち悪さはなくなってるけど」

「私のおかげだな」

「その通りだよ」


 そこは否定しない。楓がいてくれてなかったら、今も余計に気を落として時間を無駄にしていた頃に違いない。


「ふぅん。なんか本当に。久しぶりにテンション高いね」

「あー、そう見える?」

「明るい雰囲気の人は好きだよ。逆に暗い奴は鬱陶しいけど」

「容赦ねえな……」


 大樹個人の意見としては、落ち込んでいるときにこそ励ましたり応援したりをしてもらいたいのだが。もしかしてこういう考えは甘えなのだろうか。


「楓、今からすごいこと言うけど、どうか嫌ってくれないでほしい」

「安心しなよ! これ以上、君のことを嫌ったりなんて出来ないから!」

「それはもう上限に達しているから越えられないって意味じゃないよね!?」


 嫌悪感カンストしてるとか、どんな事実だよ! 本気だとしたら困るが、冗談かそうでないかが判断つかないから恐ろしいところだ。大樹は伝えたい内容を言い淀むが、引っ張ればどんどん言うハードルが高くなるので、さっさと済まそう。


「俺、文化祭に関して楓のサポートは出来ない。俺は自分の役目を放棄するよ」

「クズかよ!?」


 ストレートに気持ちをぶつけてみたら、予想以上のリアクションで引かれてしまった。まあ、当然か。冷静になってみれば相当ひどい発言だし。


「でも、本心だ。俺はそんなことよりもやらなきゃいけないことがある。しかも多分、それは俺しかやる人がいない……俺がやるしかないんだと思う。だからごめん」

「なんだろう……夫が知らないところで子供を作っちゃって、だから夫婦関係を終わりにして新しい人生を歩み出したいんだ! みたいな清々しくクズい言い訳が聞こえる」

「誰が夫婦だ」


 楓が溜息を吐いた。もっと感情的に怒ってくると思っていただけに、そうやって呆れられると若干戸惑う。


「別にいいけどね。クラスの出し物はコスパ最強の企画を考えてきたから。あとは放課後に提案してみんなの承諾をもらうだけ。間違いなく通る企画だろうけどね」

「最強の企画か。自信満々じゃん」

「『コスパ』最強な。そこ間違えないように」


 嫌な予感がした。まさか展示系ではないよな? しかしもう大樹に口出しをする権利はない。


「というわけで、放課後は消えておくように。いても邪魔なだけだから」

「お、おう。反論できねえ」


 しかし、それは大樹にとってこの上なく都合が良かった。何故なら放課後すぐに行動に移さなければ、今日を無駄にしてしまいかねないからだ。


 そうして、今日も一日が始まっていく。全ての授業を終え、大樹と楓はそれぞれの行動を開始した。



 大樹はすぐさま、ある教室を訪れたのだが、目的の人物は見受けられなかった。座席表を確認し、その人の荷物がなくなっていることに気付く、慌てて昇降口に走った。しかし、当然、そんなに都合よく遭遇できるわけもない。こうなったら、また待ち伏せ作戦を決行するしかないのか。今朝やったばかりだし、このままでは不審者疑惑が不可避なものになってしまうから、やりたくはないのだが。

 だったら連絡しろと言いたいのは分かるが、残念ながら連絡先を交換する仲ではなかったのでそれも叶わない。

 出直すべきか。次は確実に会えるように手を打って。大樹はそう結論づけて引き返そうとしたのだが、ふと思い当たり体育館に足を向けた。


 正面玄関から少し離れたところに、第二体育館の様子を窺うことが出来る通路がある。そこに着いたとき、大樹は笑みをこぼした。まさか本当にいるとは。

 女子生徒は背伸びをして窓ガラスを覗き込んでいる。しかし、中には誰もいない。本来であれば今日この時間、バドミントン部が活動している時間だ。女子生徒の横顔は悲しげな色に満ちていた。その光景に心がざわつく。そして決意を新たにする。必ず、部活を再興してみせる。

 そのためには――


「こんにちは、部長。お久しぶりですね」

「えっ!? あっ、うわっ!?」


 突然後ろから声をかけられて女子生徒――元部長の姫川真琴は狼狽を隠し切れずに勢いよく遠ざかる。めっちゃ警戒されている。というか、動揺した彼女を見るのは珍しいことで、そういう意味では良いものを見れた。


「あ、篠原くんか。っていうか、部長って呼ぶな。今の部長は神谷碧斗くんだし、私は元部長なんだから」

「じゃあ、元部長にお願いがあるんですけど」

「なによ」


 大樹は手を差し出した。


「助けてくれませんか?」


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