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「いよいよ敬語使わなくなったな」

 週が変わり、九月十一日の月曜日。

 大樹はその知らせに耳を疑った。


「マジで言ってます? 冗談とかではなくて?」

「嘘だと思うなら蒼斗の方に確認してみろよ。同じこと言うと思うけど」


 大樹は居ても立ってもいられず、半ば芝崎を押しのけるようにして体育館に急いだ。これから部活が行われるというときに芝崎から衝撃の事実がもたらされた。それは到底信じがたいものだった。


 体育館に入った時点で異変に気付く。バドミントンのネットが張ってなかった。いつもなら先に来た誰かが準備をしているはずなのに。さらに異常なのは、誰もが制服姿だったことだ。これから練習をする装いではない。蒼斗と咲夜が何か言い合っているのが聞こえる。少し離れた位置に同じ一年生が何人かいた。他に女子の姿が見えないことが、先ほどの芝崎の話に信憑性を強めている。


「考え直せ、咲夜。お前がそんなことじゃ、もうこの部活は……」

「終わってたんだよ、この部活は最初っから」


 咲夜の言葉を聞いて、大樹は確信する。


「咲夜先輩が部活辞めるの、本当なんですか」


 そこで二人はようやく大樹の存在に気付いたらしい。精気を欠いた青白い顔が大樹を捉える。一瞬、立ちすくんでしまう。咲夜のこんな顔は見たことがない。


「どうしてなんですか、どうしてこんな急に……」


 九月に入ってからまだ十日しか経ってない。たったこれだけの期間で藍咲バドミントン部は急速に崩壊していった。目まぐるしく変化していく状況に全くついていけない。こんなことが現実にあっていいのか。


「あたしを含めて、女子部員は三人だ。これじゃ団体にも出れない。何より……あたしが疲れた」

「朝日センパイが辞めていって、咲夜先輩まで部活を辞めていったら、女子部が本当に駄目になっちゃうじゃないですか!」

「だから終わりにすんだよ」

「そんなこと認められるわけないでしょ! 咲夜先輩が辞めたら困るんですよ!」


 大樹の言葉に、咲夜から失笑が漏れた。


「誰が」

「え?」

「誰が困るんだよ」


 思わぬ攻撃的な視線に、大樹の思考は真っ白になった。考えがまとまらないまま、それでも大樹は何かを言わなければと焦る。


「俺とか……それに蒼斗先輩も。他の女子部員だって咲夜先輩を頼ってついてきているのに……」

「あたしを頼って、ねえ……」


 咲夜は自嘲的な笑みをやめない。


「そんな奴いないよ。月夜がいなくなったから、あたししかいなくなっただけ」

「いや、だって、咲夜先輩は副部長に選ばれて――」

「姫川先輩も何を考えていたんだろうね。あたしじゃなく、月夜にしていれば良かったのに。あたしが副部長になったときの周りの反応、中々愉快だったよ。『どうして朝日月夜じゃないんだ?』だって。アンタも最初そう思ったでしょ」

「………」


 言葉につまり、何も言い返せなかった。実際、姫川からそう伝えられたとき、言ってしまったのだ。朝日センパイではないんですかと……。


「あたしだって嫌だったよ。自分より上手い奴がすぐ隣にいるのに、副部長なんて……。実力だって、他校の選手に一矢報いることすらできない。でも任されたからには、やらなくちゃって、慣れないことでも頑張ってきたのに……」


 寒さに震えるような声を出す咲夜を前に大樹は何も出来ない。蒼斗にも、咲夜にも苦労をかけているのを知らず、呑気に過ごしていたことを今更ながら後悔した。彼らのフォローに回っていれば、違った結果になっていたかもしれない。何より、月夜と問題を起こしていなければ、こんなことには……。


「ってわけで、ごめん蒼斗。悪いけど、あたしはここでリタイア。この部活をまとめるのは、あたしには荷が重い。無責任なのは百も承知だけど、退部させてもらうよ」


 咲夜のどこか吹っ切れたような態度に蒼斗はただ腕を組んで押し黙る。先日の相談室の時のように、また激昂するかと大樹は肝を冷やしていたが、予想に反してそんな兆候はない。おそるおそる、蒼斗の顔色を窺う。


「………」


 怒るわけでもなく、取り乱すわけでもなく、蒼斗は悲しそうに表情を曇らせていた。誰もが口を開けない重苦しい空気は、蒼斗が息を吐き出すことで霧散した。


「わかった。……すまない」

「なんで謝るの?」

「俺が……部長なのに、俺が不甲斐ないせいで、めちゃくちゃに……」

「いや、別に、蒼斗を責めてるわけじゃないっていうか」


 投げやりに蒼斗のフォローをする咲夜だったが、もちろんそんなことで蒼斗の顔色は晴れない。ここ数日で蒼斗は極度のストレスに晒されていただろう。さらにここにきて、追い討ちをかけるように副部長の咲夜の離脱。心中は荒れ模様のはずだ。これでは、今日も部活は機能しない―――


「で、蒼斗さん、いつ部活始めるんですか」


 その声は、今の体育館によく響いた。いつからそこにいたのか、大神蓮は準備運動を終えたようで蒼斗の号令を待っている。

 大樹は大神の神経が理解できなかった。今の話を何も聞いていなかった、ということは流石にあり得ない。聞いた上で、なかったことにしている。


「あ、ああ。えっと……」

「部活の開始時間はとっくに過ぎているんで、気をつけてください。さ、早く」


 いつもなら後輩に対して毅然としている蒼斗だが、かなり動揺している。畳み掛けるように号令を急かす大神に大樹は詰め寄る。


「お前、話を聞いてなかったの。今はそれどころじゃない。咲夜さんが辞めそうになってんだよ。まずいだろ。お前からも説得してくれよ」

「何のために」

「は?」

「村上先輩は自分の意思で部活を辞めたいって言ってるだろ。他人が横からごちゃごちゃ言うべきじゃねえと、俺は思うが」

「これまで一緒に頑張ってきた先輩が思い悩んでいるって、わかってないの? それを助けたいとか、どうにかしたいとか、そういうことは考えないのかよ」


 大樹の言葉に、大神は呆れたようだった。露骨な嫌悪が顔に表れている。


「思うことなら、もちろんある。例えば――この部活への不満とかな」


 大神の感情の矛先は蒼斗の方へ向かった。


「入部したときから、入る学校を間違えたかと疑った。藍咲バドミントン部は実力こそ全国レベルではなくとも、高い指導能力を持つ監督とそれに応える部員が多かったことは確認済みだった。ここなら、俺の本気を捧げるに相応しい場所だと思っていた。――まさか、ここまで変わり果てるとは想像つかなかったが」

「おい、やめろよ」


 大樹の言葉を無視して、大神は続ける。


「辞めていく連中に思うところ? あるわけねえだろ。大したやる気もねえから、そんな風になるんだ。けどまあ、この状況は俺にとって最悪ってほどでもねえ。朝日月夜を目当てにしていた馬鹿どもが消えてくれたおかげで、コートを使える時間が増える。その点だけは、喜ばしいな」


 今度は咲夜に目を向けた大神が、一歩ずつ彼女に近づいていく。大樹がまずい、と思ったときには、もう手遅れだった。


「辞めたいなら辞めればいいっすよ。あんたがいなくなっても、俺は困らないんで」


 大樹の拳が全力で振るわれた。一瞬前まで大神の顔があった位置を通過する。反射的に飛びのいていた大神は目を丸くしていた。まるで大樹が何に怒っているのかが理解できない様子だった。

 大樹の溜飲は下がらない。追撃で大神に飛びかかろうとしたところを芝崎に羽交い絞めにされる。


「篠原! 何考えてんだ、こんなところで!」

「大神、お前最低だ! ふざけんな!」


 身動きが取れなくなっても、大樹は叫んだ。しばらく暴れていた大樹だったが、元々筋力に自信があるわけではない。それ以上の力で芝崎に押さえつけられ、抜け出せないと悟った大樹は力を抜いた。


「あー、まあ、だよね」


 咲夜の語気は弱々しかった。そして、この場にいる全員が気付く。咲夜の瞳は潤んでいた。


「けど、なんか。薄々、わかって、た、けど、実際、言われると、結構、くるね……」


 そっと息を吐き出して、泣いてしまわないように言葉のリズムを守る様は見ていて心苦しい。唇を噛んで堪えていたが、とうとう限界がやってきて、涙がこぼれる。


「ご、ごめん! 私帰る!」


 脱兎のごとく逃げ出す咲夜を、大樹は追おうとした。しかし芝崎に止められる。


「今はそっとしておけよ。弱ってるところを後輩に見られたくないだろうよ」

「そう、ですね……」


 力ない足取りで、大樹は大神の横を通り過ぎようとして、足を止める。


「大神。俺はさ、お前とダブルスをやってみて、すげー楽しかったんだよ。俺、ずっとシングルだったし、お前もそうだと思うけど。横に頼りになる仲間がいるのは心強くて、何でも出来る気がして」


 大神はむすっとした表情で腕を組んでいる。


「初めて連携が上手くいったときとか。滝川の選手に勝ったときとか。俺は確かに、お前と勝利を分かち合って、繋がりを感じたんだけど……気のせい?」

「……俺は元々、シングルスで強くなるはずだった。前部長に命令されて、芝崎に第一シングルの座を奪われた。希望が通るなら、俺はシングルスがいい」

「オメー、いよいよ敬語使わなくなったな」


 引っかかりを覚えて、思わず芝崎は口を挟んでしまう。


「何か文句あんのかよ」

「いや別に。俺らに敬意持ってないのは分かってたし。強制したいとも思わねえよ。ただ――咲夜には謝っておけよ。さっきのは後輩としてどうこうより、男として情けない」


 平坦な声音だが、感情を必死に抑え込んでいるのは明白だ。芝崎は憤りを感じていた。大神に、それが伝わったのか。今まで素知らぬ振りを決め込んでいた大神は初めて隙を見せた。視線を泳がせ、舌打ちすると体育館を出ていく。


「……で、どうする碧斗。今日の部活は」


 碧斗は首を振り、膝をついた。


すっげーお久しぶりです、雨夜かおるです。

ちょっと色々忙しい時期が続き、気が付けば一年も経っていました。

この場を借りて決意表明させて頂きますが、私はこの作品を必ず完成させます。

更新はかなり遅くなりますが、お約束します。

どうぞ、これからもよろしくお願いします。

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