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「ありがとう。いつも、いつも」

 私は元来、人と話すことが得意ではない。

 初対面の人となると、上手く話せなくてつい顔を逸らしたくなってしまう。なんとか直さなくてはいけないと思いつつも、克服できずに現在に至る。


 白状してしまうと私は中学時代に彼――篠原大樹に片想いをしていた。

 特別な理由なんてない。こんな私にいつも笑顔で話しかけてくれて、部活の練習でも遅くまで付き合ってくれて、誰よりもバドミントンに真剣で――。

 だから、彼に付き合っている人がいると知ったときは本当にショックで、私の片想いは簡単に砕け散ることになった。


 だけど。

 高校に入って彼と再会してしまった。……これは何の因果だろう。

 しかも彼女はいないという……チャンスかこれは。

 だが彼との進展などできないままに、時間は無為に過ぎていく―――。





 昼休み、月夜はまた一人でお弁当を食べていた。

 あの日以来、月夜は大樹と会っていない。

 何故、あのとき拒絶されてしまったのか。彼の身に何が起きたのか。

 考えてみても、出口のない迷路の中をぐるぐる回っているかのように答えは出ない。その答えを知っているのは大樹だけなのだから、当然だが。


 食べ終わった弁当箱の蓋を閉じる。……やっぱり誰かと食べないとおいしくない。

 いつもならこの後、本を読むか次の授業の予習をするかだが……。月夜は教室を出た。


 廊下では月夜と同じように昼食を済ませた何人かが壁際で何かを話していたり、別の教室で待つ友人のもとへ向かったりする生徒が見られた。

 やっぱり楽しそうだ。私も彼らのような高校生活を送りたい。


 ほどなくして目的の教室にたどり着いた。だが中を覗き見ても彼はいなかった。

 もう少し探してみる。……とは言っても彼の行動範囲がどのようになっているかがちっとも分からない。やっぱり私は彼のことを知らなすぎる。

 結局、彼を見つけられないまま昼休みもあと少しで終わりの時間になる。最後に訪れた屋上にもやはりいなかった。


 そろそろ戻ろうか、と月夜が踵を返そうとするとグラウンドが目に飛び込んできた。

 そういえば、グラウンドにいるかどうかは見ていなかった。彼が屋外に出るイメージがなかなかできないせいか、無意識に遠ざかってしまっていたようだ。

 もうすぐ球技大会が近いからだろう。校庭にはそれぞれの種目を練習している生徒が多い。大抵は複数人でやるものだが――


「……いた」

 篠原大樹はゴールに向かってシュートを打った。狙いがはずれたらしくゴールポストに直撃していた。遠くまで飛んでしまったボールを大樹は追いかけていく。

 ……決めた。これだ。大樹のことを知る第一歩……!!



 放課後、グラウンドは通常サッカー部や野球部といった部活が使用していることがほとんどだが、どちらの部活もこの時期は別の場所を活動場所にしているらしく今は誰もいない。

 とある一人の人物を除けばの話だが。


 大樹のシュートがゴールに突き刺さる。ネットを揺らし大樹のもとに戻ってきたボールが足の爪先に当たる。

 今までの人生でバドミントン一筋だった大樹にとって他のスポーツの経験は皆無と言ってよかった。だがそれでも、クラスのみんなに迷惑がかからないよう練習はしておきたい。

 だけどちっとも上達しない。ゴールキーパーのいないゴールにシュートを決めることができるのは当然のことなのに、少しでも距離が離れると決定率はぐんと下がる。


 そもそも、一人だと意欲も上がらないというものだ。

 ……前にも似たようなことがあった。


「つまらない……な」

 もう帰るか。最後にヤケクソ気味に放ったシュートはポストに(はじ)かれて、あらぬ方向へ飛んで行った。

 そして、そのボールを目で追った大樹の顔が引きつった。


 ボールの行先には一人の生徒がいた。ここからでは顔までは見えないが、制服から女子であることだけは分かる。

 大樹は思わず目を瞑った。しかし直後に聞こえてくるはずだった衝撃の音や悲鳴は聞こえてこなかった。そっと瞼を開けるとその女子生徒はリフティングを始めていた。

 冷や汗がすっと引いていく。サッカーの経験者だったのか。


 ポンポンポン。頭、膝、足で華麗にボールを操るその姿はまるで踊っているかのようだった。

 女子生徒がボールを蹴り上げる。ゆっくりと空に舞い上がったボールはやがて下降を始め、大樹の胸にトン、当たった。


「また、あなたでしたか」

 駆け足で月夜は大樹のもとへやってきた。

「篠原くん」

「……はい」

 あの日以来、月夜とは少し気まずい。一体何を言われるのだろうと大樹は身構えた。


「今度は、私が練習に付き合うわ」

「……は? 練習?」

「サッカー。球技大会の」

「え……いや……」


 もう帰ろうかと思っていたときに、この申し出はどういうことだろう。やらなくてはいけないことなのだろうか。今更練習をしたところで何かが本当に変えられるのか?


「篠原くん」

 月夜がまっすぐに大樹の瞳を見つめる。別に化粧をしているわけでもないのに、その力強い視線のせいか月夜の瞳が大きくきれいに感じる。吸い込まれそうな錯覚の中で月夜の声が頭に響いてくる。


「ありがとう。いつも、いつも」

 なんでここで『ありがとう』なんて……と思いかけて、大樹はこのフレーズを思い出した。


(ああ……そうだ。このセリフ、よくセンパイに言われたんだっけ)

 中学時代、センパイの練習に付き合った帰りにこの言葉を何度も言われた。

 その時、センパイは目の前のような微笑を浮かべていた。この表情が大樹はどうしようもなく好きだったのを覚えている。


「いいですよ、別に」

 久しぶりだと、なんだか妙に照れくさい。つい素っ気ない態度をとってしまった。

 そうだった。自分はこの人といるのが楽しかったんだ。今もこうして一緒にいられるならラッキーじゃないか。

「センパイ、練習、お願いします」

「うん」

 月夜と二人、グラウンドに向かって走ろうとして大樹はまた重大なことに気が付いた。

「センパイ、着替えてください!!」

 こんなやりとりも、これで二度目だ。


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