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「やっぱりあなたでしたか」


 午後の五限と六限の二時間は体育だ。大樹は着替えを済ませるとグラウンドに出た。

 週末の最後の授業ともなると、さすがにみんな疲れてくるのか空気は緩い。


「よーし、じゃあ整列!!」

 

大柄な体育教師の声がグラウンドに響き渡る。のそのそと大樹を含めた男子全員が集合していく。


「もうすぐ球技大会だから出たい種目決めて練習!!」


(結構投げやりだな……)

 要件は済んだとばかりに体育教師がその場から離れていく。仕方がないので大樹も自分の出る競技を決めようと思う。


 バスケ……シュートが入らない。あと接触が激しい。却下。

 ソフトボール……ボールを遠くまで投げられない。デッドボール怖い。却下。

 バレー……トス下手くそ。レシーブの手が痛い。却下。

 サッカー……変な方向へボール蹴る。ドリブルできない。却下。


(あれ、決まらない)


 頭に思い浮かべた種目が次々と消去されていくことにようやく気が付いた大樹が顔を上げたときには、既にほとんどの生徒がそれぞれの練習を始めていた。大樹は悩みぬいた末、サッカーに決めた。


 …………久しぶりに自分の運動神経のなさに絶望した。

 ゴール前でシュート空振るとか……そして勢いあまって転ぶとか……。


 やらかした直後の周囲の嘲笑がまだ耳の中でリフレインしている。大樹はそれらを振り払うように頭をぶんぶんと振った。

 最後の授業が終わった今となってはもう帰るだけだ。大樹は帰りの支度を済ませると早々に教室を出た。


 ……それにしても憂鬱だ。体育全般が得意ではないことは自覚していたが「仕方がない」の一言で割り切れるわけがない。大人になったらともかく、高校生である今は欲しいステータスだ。でないとリア充には近づけない。


 ――ダム、ダム、キュッ、キュッ。


「ん?」

 体育館の前までやってきたところで、中からそんな音が聞こえてきた。多分、バスケットボールだ。だが部活を始めるにはまだ少し時間がある。こんな時間から誰かがいるはずは……。


 そっと扉を開けると、案の定誰かがバスケットボールをついていた。

 どうやら女子生徒のようだ。制服姿だった。


「あれ……」


 よく目を凝らすとその姿に見覚えがある気がした。ただ誰なのかはここからはっきりと分からない。

 女子生徒はシュート体勢に入った。バネのように縮ませた体が一気に伸びる。そして彼女の手からボールが放たれる。


 このとき大樹は既視感に襲われた。洗練されたなめらかな動き。まるでお手本のような完璧なフォーム。ボールは綺麗な弧を描きながらリングに吸い込まれていく。

 一瞬、静寂がその場を支配した。大樹は導かれるように体育館に入り、彼女に声をかけていた。


「やっぱり、あなたでしたか」

「……篠原くん?」


 朝日月夜はこちらに視線を向ける。いつものようにメガネはしてなく、髪も片側にまとめてゴムで括っている。


「どうしてここに?」

「外から音が聞こえたので。……球技大会ですか?」

 月夜はこくりと頷いた。そして数回ボールをつくと再びシュートを決めた。


「センパイはバスケに出るんですか?」

「いいえ、全部」

「えっ、全部?」

「今はバスケの練習なの」


 月夜は指先でくるくるとボールをいじり、大樹にパスを出した。慌ててキャッチする。


「少し付き合ってくれない?」

 もちろん、男女交際の方ではなく練習の方であるということは大樹にも伝わった。

「いいですよ、ただ……」

 腰を低くした体勢を作った月夜のスカートを、ちらりと盗み見る。大樹は頭を掻きながら嘆息した。

「……着替えてからにしてくださいね」



 運動神経抜群の月夜と運動音痴の大樹がスポーツで勝負をした場合、どうなるか。

 この問題の解答は単純明快である。


「なあっ、もう!!」


 今しがた大樹を抜きさった月夜を後ろから追いかける。さすがにドリブルをしながらの月夜には追いつくことができた。

 月夜は右足で踏み込み、跳躍した。それに合わせて大樹もブロックに跳ぶ。


 何度も負けたおかげで、ようやくタイミングが掴めてきた。今度は止められる……!!


 だがそんな大樹の確信はすぐに打ち砕かれた。

 月夜は空中で体を横に倒し左手で持っていたボールを右手に持ち替えた。そのまま放る。ボールはゴールの後ろにある板に当たり、リングをくぐる。


「センパイ……ちょっと手加減してくれないですか」


 今ので十連敗。軽く相手をするだけのつもりだったのに、気が付けば大樹は汗だくになっていた。それなのに、月夜は涼しい顔をしていて汗もあまりかいていない。


「ごめん、大丈夫?」

 そう言って月夜が差し出してきたものはタオルだった。

「ああ、ありがとうございます」

 何の疑いもなく大樹はそれを受け取り――そしてある考えに至った。


(このタオルは誰のだ……?)


 自然に渡されてしまったせいで油断した。これは月夜のものだ。通りでいい匂いがするはずだ。


「あっ、ご、ごめんなさい!! その……洗って返しますので」

「いいのよ。これくらい。……むしろそのまま返してほしい」

「いえいえ! ちゃんと綺麗にして返したいので……はい?」


 今、月夜は何と言った? ……いや、気にしないでおこう。

 しばしの押し問答の末、大樹がタオルを持ち帰るということで月夜はしぶしぶ納得した。だがその際「残念……」と月夜が呟いていたのは……気のせいのはずだ。


「篠原くんは何に出るの?」

 球技大会の話だろう。大樹は気まずそうに答えた。


「え、あの……サッカーです」

「え?」

 月夜は自分の耳を疑った。

「バドミントンは?」


 二人に沈黙が訪れた。大樹の表情が失われる。やがて、彼は月夜からの顔を逸らした。それは月夜にとっては拒絶に感じられた。


「すみません」

 視界の端で月夜が茫然としているのが見える。彼女は今、少なからずショックを受けている。大樹は中学時代、バドミントンをやっていた。球技大会の種目の中にもバドミントンはある。それを選べば、活躍することもできるのだ。


(でも―――)

 やっぱり……あんな思いをするのは、つらい。

 大樹は一度、月夜に頭を下げると何も言わずそそくさとその場を去ってしまった。


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