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「お前がメインで、俺がサポート」

「違う、そうじゃない」


 時間が少し巻き戻って藍咲のダブルス練習の風景。

 大樹・大神、相馬、蒼斗で試合に励んでいたが、いきなりダメ出しを喰らってしまった。大神が左側からサーブをし、蒼斗がフォア側のライン上に緩いヘアピンともドライブとも言えないショットを放った。大神の反応が遅れ、大樹にも間に合わなかった。

 さっきからこんな調子で、一度きりになるかもしくは短いラリーで終わってしまう。


「大神はダブルス経験ないんだよな」

「……ああ」

「サーブを打った後はそのまま前に動いておけ。意識を張って、甘い球が来るようならプッシュで決めちまえばいい」

「もし来なかったら」

「それはそれでいいだろう。相手はロブを打つしかなくなって、後ろの篠原がオーバーヘッドで打てる。このパターンはむしろ、篠原が前、大神が後ろの方が十八番になりそうだな。お前のスマッシュはそうそう取られない」


 蒼斗が饒舌にここまで口数を多くするのはもの珍しい光景だった。


「だから、篠原はネット前を強くするべきだな。プッシュ狙いだ」

「はい!」


 手首のスナップの強化と、追いつくために早くから動く必要がありそうだ。

 再びラリーが開始される。

 大樹と相馬によるドライブの応酬。三年生のショットの質はやはり高い。大樹はほぼ反射的に腕を伸ばすだけで返球に対応していた。とにかく返すことに必死になっている、ラリー中に大樹はそれを自覚した。ここで急に緩急をつけてきたりヘアピンを打たれたら反応出来る自信がない。

 大樹の予感は当たった。と言っても相馬が意識的にやったわけではない。相馬のドライブは白帯の上に命中し、わずかに跳ね上がった。すぐに降下を始めるシャトルを見て大樹は前に飛び出す。この体勢ではヘアピン……あとはロブか。一体どちらを打つべきだろう。

 試合中に迷う時間はない。結局ヘアピンを選んだが、待ち構えていた相馬によって叩きこまれる。


 ……これでは駄目だ。ロブにしておくべきだったか。しかしそれでも中途半端にしか打てないようなら同じことだ。


「篠原くん」


 シャトルを拾い、相馬は言う。


「今のは君のミスじゃない。ネットインはただ僕の運が良かっただけ。それから、ダブルスにはどうやってもシャトルが取れない場面が出てくると思う。そういうときはそのミスは一旦ほっといて、次に切り替えること」

「ほ、ほっとくって。同じ一点だし……」

「そうだね。ミスをしたら気を引き締めるのは大切。でもそれで体を固くすることはないよ。特に君の場合は」


 言われたときにはいまいちピンと来なかったが、のちのち大樹は気付く。

 調子が上がっているときとミスをしがちなときとでは、体の軽さが違う。自分の思い通りに体が動いてくれるならラリーのテンポにも慣れて、考えて配球も出来る。

 ちょっとかましてやろう、くらいの気持ちでいいのだ。



 大神はサーブがロブになって返ってきた。大神がきちんと前にいてくれたおかげでショットを限定出来た。しかし、オーバーで打てるチャンスと思ったら渡辺のロブは軌道が低い代わりに速さがあった。フットワークが間に合わない。大樹は後ろに跳んでクリアを放つ。空中では力が予想以上に抜け、リアコートまでは届かない。大樹と大神はサイドバイサイドで強打を警戒する。土屋のスマッシュ。どっちが取るか分からず落としてしまう。


「なんか、このミス前にもあったよね?」

「利き腕のせいだな。お前が左で俺が右な」


 その方がやりやすそうだ。


「あっれぇ? どうしたのかなー? また仲間割れ?」


 土屋が向こうのコートからはやし立ててくる。大樹と大神は無視した。もうそんな野次を気に掛ける段階ではない。前は余裕がなくってすぐに感情的になったが、大神とは充分すぎるくらいに衝突した。この程度じゃ集中は切れない。

 ただ、むかついたのは事実だった。


 渡辺がサーブを打った瞬間、レシーバーの大神はプッシュを仕掛けた。今のタイミング、見てから動いたわけではない。反応が速すぎる。もし読み違えたら失点に繋がっていた。だがその強気は嫌いじゃなかった。

 強打は大神の武器。ラケットがシャトルを捉えた瞬間、シャトルはその姿を消した。鋭い角度でプッシュが土屋に迫っていく。


「うおっ!?」


 咄嗟のフットワークでなんとか土屋はシャトルに触れたが、大神がさらにプッシュをかける。甲高い音を轟かせ、白球は土屋のボディに突き刺さった。


「ってえな!!」

「あー、さーせん」


 今の絶対わざと体狙っただろ……グッジョブだけど。

 試合は進んでいき、10―8になった。二点差と三点差を繰り返しながらここまできた。リードは藍咲。あの滝川を相手によく戦えている。

 大神のサーブ。レシーバーの渡辺とネット前でドライブを打ち合い、やがて渡辺が大樹のいるところへ上げてきた。今度はしっかり地面を踏みしめてクリアを放つ。弾けるような打球音が響いた。ゆっくりとしたフットワークでシャトルの落下点に移動した。土屋のフォームを見て直感する。


 スマッシュだ。


 土屋がショットを繰り出すよりも早く、既に大樹は動き出していた。

打球音が炸裂した直後、シャトルは滝川の方のコートに落ちる。土屋も渡辺も、何が起こったのか分からなかったはずだ。呆然とした表情をしている。


「インターバルに入ります」


水分補給をしながら、大神は大樹に問う。


「読んでたのか?」

「たまたま」

「スマッシュに突っ込んでいくとか、普通するか? たまに思うけど、お前ってかなり大胆だよな」

「何言ってるの。大神のスマッシュの方がよっぽど速い。あんなのは狙って返す自信がある」

 ちょっとかましてやろう作戦、成功である。

 そこからの展開はあっという間だった。こちらから何かする必要もなく、相手が短いラリーで切ってしまう場面が増えてきた。関東のときとは別人のようになった大樹たちの動きが独特で、対応しきれていないという印象だった。三点差をつけて、一ゲーム目を制した。

 

与えられた二分のインターバル中、ふと隣のコートを見た。第一シングルス、芝崎と佐々木の試合は既に第二ゲーム目に突入している。スコアは芝崎が五点のビハインド。一ゲーム目は佐々木に取られてしまっていた。

 どうやら一方的な展開のようだ。無理もないと思う。芝崎がこの日のために準備をしていたのは知っているが、それだけで滝川の選手を下せるほどバドミントンは甘くない。ダブルスなら、まだ希望があったかもしれない。

 第一ダブルスはどうなっているだろうか。ここからでは遠くて試合のスコアが分からない。蒼斗の足の具合が悪化してないか…。


「篠原、時間だ。戻れ」

「え、ああ、うん」


 サーブは大樹から始まった。


「……っ!」


 ネットの上をすれすれで通り過ぎていくサーブを土屋がドライブした。大樹の顔面に向かってくるシャトルを、思わず(かわ)しそうになるのを堪えて面で当てに行く。上に弾かれたシャトルを見逃すことなく、土屋が叩きこんだ。

 第二ゲームから、明らかに滝川の選手の様子が変わった。それまでよりラリーが長くなり、点が取りにくくなったのだ。滝川は、大樹と大神との戦い方を身に付け始めている。

 大神に対してはスマッシュを打たせないのはもちろん、大樹が速い展開を不得意としていることまで見抜いているだろう、ドライブの打ち合いになったら球は大樹の方へ流れていく。

 思い通りに打てないことも増えてきた。

 ミスがミスを呼ぶ、とは本当にあり得る。


 19―14


 さっき、大樹はネット前のドライブを引っかけてしまった。体勢が苦しかったわけでも、球が速かったわけでもない。仕方ない場面があると相馬に教わったけれど、客観的にも初歩的なミスだった。ここで、大樹はすぐに切り替えるべきだった。悪い癖が出る。

 土屋のロングサーブ。ここまでショートで通していたからか、大神の反応がわずかに鈍った。飛びつきながらスマッシュ。

 鋭く刺さるようなショットだったがいつもより甘い。渡辺がしっかりとクロスへロブをしてくれたおかげで、大樹は走らされた。苦し紛れにドロップを打ったがわずかにネットを越えない。


「マッチポイント……やばい」


 ここを落とせばファイナルゲームへ突入する。疲労が溜まっているこの状態では、最後まで保つかどうか判然としない。長期戦は好ましくない。

 他のコートはどうなっているだろう。

 相変わらず相馬と蒼斗のコートの様子は分からない。さすがに第一ゲームは終わっているはずだ。どちらが勝った……?


「うおっしゃー!」


 突如上がった歓声に大樹は体を震わせた。それは大樹たちのすぐ隣のコートでのことだった。どうやら芝崎が点を決めたらしい。それでも七点差はあったが……。


「え!?」


 スコアボードの数字に目を見張る。得点の少し上に、小さく1の数字が並んでいた。

 芝崎が、一ゲームを取った。

 正直、無理だと思っていた。まだ芝崎には経験が足りない、そう感じていたから。それが、今ここまでの戦果を残そうとしている。


「すごい……」


 初めて会ったときとは比べられないくらい、立派な先輩がそこにいた。


余所見(よそみ)してんじゃねえ」


 大神が大樹の肩を叩く。


「ストレートで勝つんだろう? あと一点で終わっちまう。そうしたらもう一セット取るのは厳しい」

「うん。……あのさ、大神」

「なんだよ」

「何か無理してない?」


 大神の表情が引きつった。大樹は確信した。

 ずっと感じていた。でも当たり前のことだったのかもしれない。大神はダブルスに慣れていないし、元々のスタイルからも向いていない。


「だから、気を遣わなくていいよ。好きにやってみよう」

「こんな場面で言うか?」

「このままじゃどうせファイナルまで行っちゃうから。でも、今回だけだよ。今日は、お前がメインで俺がサポート」


 大神はしばらく言葉を失っていたが、やがて獰猛な笑みを浮かべた。


「どうなっても知らねえぞ」


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