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「仲良しごっこはいらないでしょ?」

 刻々と試合の日は近づいている。だが、思ったようについてこない結果が大樹の焦りを加速させていた。大神は練習には参加しているものの、ダブルス練習には消極的でこのままではまともな技術を仕上げることは難しい。昨日の相馬・蒼斗ペアとの練習でも、いまいちであった。


 唯一、希望があるとすれば滝川の選手との試合を経験したこと。あれは今から考えると想像以上に価値のあるものだったようだ。初めて高校生レベルのダブルスを体験した。相馬と蒼斗との練習では、毎回彼らの本気を引き出せていないことが分かってしまったのだ。

 悔しさはある。だから早く、大神とのダブルスを上達させたい。


「ってわけなんだけど、どうしたらいいかな」

「知らない」


 楓は一蹴した。いつもの昼時、中庭でのことである。


「なんでそれを私に言うのよ」

「ほら、楓って性格悪いでしょ? 球技大会のバスケでも感じたよ。バドミントンは姑息でいやがらせが得意な選手が勝つスポーツだから、楓のアドバイスでどうにかなるかなって」

「それが助けてもらおうって時に言うセリフなのかな」


 珍しく今日の会話では大樹が主導権を握っている。気分のよくなった大樹はスマートフォンとイヤホンを取り出した。


「……それは?」

「この間の俺たちの試合だよ。あまり良かったとは言えないけれど、これで相手のチームを分析して俺に弱点を伝授してほしい。……はい、これ」


 イヤホンの片側を楓に差し出す。もう片方は大樹に耳におさまっている。

 しばらく待ってみるのだが、楓がイヤホンを取ることはない。


「どうしたの? 早く」

「いや……大樹ってさ、そういうこと気にしないの?」

「何が」

「そういうことしてたら、カップルか何かと間違われるよ」

「……あ」


 指摘されて今更気付く。大樹がやろうとしていたことは頭の空っぽなカップルがやることだった。場合によっては周囲の人間を不快にするし、何より恥ずかしい。固まっている大樹から楓はスマフォとイヤホンをひったくり、彼女は試合を見始めた。


「ふーん……速いね」

「だろう? そのへんのお遊びとは違うのだよ」

「調子乗るな、へたくそ」

「ぐっ……」


 丁度、大樹と大神の接触シーンが表示される。このミスは今思い出しても穴に入りたいくらいに情けない。笑い飛ばしてくれたらよかったのに、楓は嘲ることはなく割と真剣に画面を見ているようだ。長い前髪の隙間から大きな瞳がのぞく。

 この居心地の悪さはあれだ、まるで自分のアルバムを友達に見られているようなむずかゆさだ。


 一通り見終わった楓の感想は、実にあっさりとしていた。


「いけるんじゃね? 大樹もペアの子も、強いし」

「マジか!」

「そこまで絶望的な差は感じなかったけどね、私的には」

「じゃあ、早速教えて! 必勝法!」

「近い。離れろ」

「あ、ごめん。……で?」


 鼻息荒く楓に迫った大樹が少しだけ離れる。だがその瞳は無垢な少年のようにキラキラしていて楓に答えを急かしている。


「大樹ってさー、そういう熱血みたいなキャラだっけ」

「バドミントンの時は別! めっちゃ勝ちたい! こうしている間にも滝川はさらにレベルアップしていると思うし、すぐにでも練習したいよ。あ、でもその前に大神と仲良くなった方がいいよな!?」


 ダブルスは二人でやるもの。一人で勝っていくことは不可能なのだ。ペアとして連携をするためにも、大神とは信頼関係を築いていかなければならない。

 大神が自分勝手な性格なのはもう分かり切っている。シングルスが得意なのも分かっている。それでも、難しいとしても協力してもらわないと――


「必要なくない?」

「え?」

「協力とか、信頼とか。仲良しごっこはいらないでしょ?」


 唐突な楓の発言に、一瞬その意味が分からなかった。落ち着いてみても、やはり分からなかった。絶望的な差は感じない、そう言ったのは楓だ。だったら二人で力を合わせれば倒せるはずだとか、そういう話ではないのだろうか。


「友情の否定?」

「チームプレイ――って言葉が当てはまるか微妙だけど。なかよしこよしで戦う必要なんてないんじゃない? 大樹が今やるべきなのは、役割を自覚することだよ」


 役割……? なんのことだろうか。


「努力が大好きな大樹くんに教えてあげるよ。漠然とした努力は馬鹿がやることだって」

「え、なに? なんで急になじられてんの? その役割が何かくらい教えてよ」

「やだよ面倒くさい」


 スマフォ等を大樹に投げ返すと、楓は逃げるようにして去ってしまった。

 楓の言葉が気掛かりだったが、あの遅刻魔でだらしない女の発言だと思い返すと、深い意味なんてないのかもしれない。



 やはり、大神と話し合う必要くらいはあるだろう。先日入った藍咲バドミントン部のグループに、メッセージを送ったところ相馬からの返信があった。大神のクラスはC組らしい。昼休みの終わりまでは時間がある。教室に大神がいる可能性にかけてC組を訪れた。

 結論から言えば、大神はいた。自分の席に座って何やら雑誌を読んでいる。大樹は大神の前に立ってみる。


「! 篠原……!」


 がたっ、と音を立てて大神が立ち上がる。が、クラスメイトの視線を気にしたのかおとなしく再び座り直した。大樹も、知らない人からの視線に晒されるのは好きではない。


「よっ、何読んでるの?」

「………」


 返事をしてくれないので、雑誌を見ると月刊のバドミントン雑誌だった。しかもすぐ傍には握力強化のためのハンドグリップが置かれている。わざわざ学校にまで持ってきているということは授業中にも使っているということだろう。それであの成績なのか……大樹は遠い目をした。


「ほ、本当にバドミントン好きだな」

「あ? 皮肉か?」

「え、何が!? 違うよ!」


 何を勘違いしたのか、大神の機嫌が一気に悪くなった。仲良く話すような間柄でもないのに、こうなってしまっては余計に喋りづらい。

 大神は大樹を無視するかのように雑誌に視線を落とす。左手は握力のトレーニングに勤しんでいる。こうして左腕の筋肉をつけているのだろう。良い向上心だと思う。

 しばらく大樹がそのまま大神の目の前に突っ立っていると、じろりと睨まれた。


「何だよ」

「いや……特には」


 言いながら、大樹は椅子に座った。誰の席かは知らないが少しの間借りておく。

 大神の雑誌をのぞいてみる。とあるシチュエーションにおいて、相手からのショットをどう返球するべきか、そんなことが書かれている。レクチャーをしているのは、なんと大樹もよく知っているバドミントンのプロ選手。自然、前屈みになってしまう。


「おい。読みづらいだろ、あっち行け」

「俺も読みたい。いいじゃん、一緒で」

「仲良いと思われんの嫌なんだ」

「えー、なにそれ」


 もうだいぶ前のことになると思うが、楓にも同じことを言われたのを大樹は覚えている。何故なんだ、どいつもこいつも自分に厳しすぎる。普通に友達作りをしたい。


「レンって呼んでみてもいい?」

「おえっ」


 わざとらしく拒絶された。大神は口元を押さえる。


「すまねえ、マジでやめてくれ。家族以外に下の名前で呼ばれると寒気がする」

「ああ、うん。なんか、ごめん」


 自らの肩をさすりながら、大神はげんなりとしていた。


「ダブルスのことだろ。言いたいことは」

「よく分かってるじゃん。その通りだよ」


 少しほっとする。ダブルスを放棄してシングルスに出るなどと言うつもりではないかとわずかに思っていた。


「力を合わせて頑張っていこうよ。俺たちと滝川にそこまでの差はないから」

「……お前は、本当にダブルス経験あるのか」


 思考が止まった。大神にしては珍しく、諭すような口調だったからだ。


「ど、どういう意味?」

「それは……」


 大神にしては歯切れが悪く、明らかにそれを言葉にすることを躊躇していた。

 そして、なんとも絶妙なタイミングでチャイムが鳴る。なんだこの間の悪さは。狙ってやっているようにしか思えない。ここで話を切られるのは気持ちが悪い。

 だが、時間がないことも確か。


「くそっ! おい、大神! 後でまた来るからな! 帰るなよっ!」

「はあ? 何勝手に決めてんだよ」


 ダッシュで教室を飛び出し、自分のクラスへと戻る。

 放課後、C組に顔を出してみると既に大神の姿はなく駐輪場にも自転車は置いてなかった。


「帰りやがったよ、あいつ!」


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