「本当に一人で勝てるのか?」
ちょっとした変更のお知らせ。
登場人物である神谷瞬の名前が神谷隼人に変わりました。もし誤字を見つけましたら、ご指摘お願いします。
三回戦で藍咲学園が敗退したその夜、大樹は自分の部屋でパソコンに向かっていた。
画面に映し出されているのは、去年の高校バドミントン全国大会決勝のダブルス試合。どっちのペアもすごく速いフットワークだ。スマッシュは大神のようにつんざく爆裂音。身体能力に頼り切った戦いではなく、よく考えてショットをする。大樹は、これが全国レベルだと目に焼き付ける
続いて、今日芝崎から送られた動画を再生する。ついさっき全国の戦いを見てしまったせいで自分たちの動きが随分遅く感じた。何より、無駄な動きが多いのだ。大樹と大神の連携が上手くいってないから、余計に走ってしまう場面がある。
大樹は相馬たちに言われたことを思い出す。
「まあ、偉そうにこれがダブルスだ! って言ったけど、負けちゃったね」
滝川にストレートで負けてしまい、重苦しい空気が藍咲メンバーを支配していたとき、明るい声で相馬は言った。その声に、大樹を含めた部員たちが顔を上げる。
「でも、何も心配ないよ。次はみんなでストレート返しにしよう」
「えっ、あの……もしかして相馬くんは引退ではないのですか?」
かなたが自分に注目を当てるために手を挙げる。それに答えたのは蒼斗だった。
「今日、引退する人もいますが……俺たちはベスト8に残ったのでまだ先があります。全国予選が来月に」
「そ、そうなんですか。もしかしたら今日で引退かもって思って、色々と送る言葉を考えていたのですが……」
「じゃあ、それは来月にでも聞きましょうかね」
相馬がそう締めくくる。その表情は笑っていてまるで今からかなたの言葉を楽しみにしているみたいだった。
なぜそんな顔をするのだろう。
試合に負けたのはついさっきだ。しかも、大樹のダブルスは滝川に全く通用していなかったし、そもそも試合らしくなかった。あんな情けない姿を晒したのに、相馬は怒ってくれない。別に怒鳴られるのが好きなわけではないが、今だけはこんな自分を責めてほしいと思った。
相馬と目が合う。彼は大樹に笑みを浮かべると再び前を向いた。
……あんな顔をされたら、焦ってしまう。残り一か月で、求められているのは格段なレベルアップ。短期間で身体能力の向上や技術の習得は望めない。
つまり、今から大樹がすべきことは――
「ダブルスの練習か」
あの大神と息を合わせなければならないとなると、どうやら簡単なことではなさそうだ。
◆
部活の様子が違っていた。大樹たち男子部員、レギュラーメンバーが纏っている雰囲気が前回の部活とは別人のものであることに、他の部員たちは戸惑っていた。全国予選まではあと一か月。この期間は一秒たりとも無駄にするわけにはいかない。自然と練習にも身が入る。
だが。
男子レギュラー陣の他にも今までと違う空気を醸し出している人物がいて、大樹としてはそっちに気が逸れてしまう。その人は、常に誰よりも努力は欠かさないし誰よりも強い気持ちを持っている、大樹が憧れている人だ。
それでも、今日の朝日月夜は少し変だと思った。もちろん相変わらず高い技術のショットやフットワークではあるのに、彼女を見ていて心の中がもやもやする。凛々しくて綺麗なその表情が今日は気が抜けているようだった。
練習が休憩のときに、一人の先輩に声をかける。
「あの、咲夜先輩」
「……ん? 篠原? 珍しいな、何か用?」
村上咲夜は女子部員だが、男勝りな性格で人見知りの激しい大樹でも話しかけやすい先輩だった。活発なその見た目通り運動は全般が得意で、大樹の目から見ても彼女はかなり実力を備えていると思う。
確か咲夜は今回の試合メンバーに選ばれていたはずだ。
「昨日はお疲れ様です。ちょっと聞いてもいいですか」
「うん?」
「なんか、朝日センパイの様子がおかしいというか……何かありました?」
「えっ?」
咲夜が月夜に視線を走らせる。しばらく押し黙ったままでいると、やがて彼女はそっと大樹に近づいて耳打ちする。
「なあ……いつも思うんだけど、篠原は朝日と仲が良いな。付き合ってる?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
「だって、ねえ……?」
「俺のことはどうでもいいじゃないですか、センパイのことを教えてくださいよ」
真っ赤な顔の大樹が早口にまくしたてる。客観的に考察してみれば月夜に一番身近な存在はどうやら自分のようで、そんな風に周囲が勘違いしてくることに多少優越感を持ってしまう。嬉しいと思ってしまう自分がいる。だが当の彼女は恋愛などに興味はないし、あったとしても自分の事など願い下げだろう。
しかし、大樹自身のそんな葛藤よりも今は月夜のことが重大だ。気になって仕方ない。咲夜は頬をかいて眉間に皺を寄せる。
「分からないものは分からないんだけど。篠原がそう言った今でさえあたしには違いが理解できない。そんなに変か? 朝日」
「何言ってるんですか、どうみても変ですよ。全然集中出来ていないみたいだし」
「……その割には、随分と熱心みたいだけど」
咲夜が視線で示した先では、月夜が姫川に練習に付き合ってもらっていた。スマッシュ交互。どちらも速くて惚れ惚れとしてしまう。
「やっぱり変ですって!」
「はいはい、分かった。あんたが朝日を好きなのはもう充分に分かったから」
「ちょっ!?」
まともに取り合ってもらえなかったこともそうだが、なにより発言の方が聞き捨てならない。咲夜にさらに絡んでいこうとする大樹だったが、そのタイミングで休憩が終わってしまった。
通常練習のあと、大樹と大神に課せられた特別メニューはもちろんダブルスの特訓だった。だがどういうわけか目の前には神谷蒼斗ひとりしかいない。
「今から二対一をやるぞ。俺が一人でお前らの相手をする」
「相馬さんは?」
「芝崎とシングルだ。同時進行でこっちも始めるぞ」
大樹と蒼斗がコートに入っていくが、最後の人物はそこから動こうとはしない。
大神は眉間に皺を寄せていた。
「神谷先輩……こんなダブルス練習に何か意味があるのか」
「あ?」
「俺はダブルスよりも、一人でやる方がいい。付け焼刃で練習するくらいなら、シングル練習をした方がよっぽど勝率が高い……と、思います」
ずっと、大神は一人で戦ってきた。彼にとって、二人で行うダブルスは居心地の悪いものなのかもしれない。昨日、同じコートに入って、大樹はそう感じた。自分が彼のパフォーマンスを制限してしまっている、そんな自覚はある。
「相馬さんと神谷先輩はダブルスで……第一シングルは俺。残りの二つも先輩たちか篠原がやれば……」
何か妙だ。
大神がこんな自信のなさそうに話すことは珍しい。大神ならもっと、傲岸不遜に自分の主張を押し通してくるはずなのに。今の大神の態度はまるで――
嫌な事実から目を逸らそうとしているみたいだ。
蒼斗はしばらく黙考した後、きっぱりと断った。
「そんな言い方じゃ、余計に駄目だな」
「なんでだよ」
「お前だって気付いているだろ」
蒼斗にそう言われた瞬間、大神の表情が歪んだ。左の拳が強く握りしめられる。あんなに力を加えたら、血が滲んでしまうのではないか。
何が大神の琴線に触れたのだろう。二人の会話がさっきから読み取れない。
「本当に一人で勝てるのか? シングルスで勝てるのか?」
はっとした。その言葉で、大樹は一瞬で理解した。まるで答え合わせをするかのように、蒼斗の言葉は続く。
「昨日の試合から、薄々感じていたんじゃなかったのか。ダブルスでは歯が立たない、でもシングルスでも自信はない。そんな葛藤で動けなくなっているように、俺は見える」
「な、何を根拠にそんな勝手なことを――」
「根拠は、お前のスマッシュが止められたことだ」
空気に亀裂が走る音を、大樹はしっかりと聞いた。今のは明らかに、大神にとっての地雷だ。大神にとって最も触れてほしくない話題だったはずだ。
「お前たちの試合の動画、俺も見たよ。確かにちぐはぐなコンビだったし、大きな欠点はそこだろうよ。でもそれ以上に、お前の精神が揺らいだのは、滝川のやつらにお前のスマッシュが通用しなかったからだ」
もういいだろう。
大樹は顔を背けたい気持ちでいっぱいだった。こんな悲痛な顔の大神をこれ以上見ていたくない。このまま、大神の自尊心を傷つけていくこと必要がどこにあるのだろう。
「お前のスマッシュのレベルが低いとは言わない。それどころか、この部活で誰より――いや日本中見回しても、お前以上のスマッシュを打てるやつなんていない。それでも昨日上手くいかなかったのは、単純にダブルスだったからだ。二人で守られたら、コースも制限される」
蒼斗の発言は正しい。間違ってなどいない。それなのに、大樹の心はざわついた。本当の問題点は、そこにあるのか。何かもっと特別な理由があるような……そんな違和感がずっと燻っている。
「だからダブルスを――」
「そのダブルスであんたは負けただろ」
それまで黙っていた大神が、的確に蒼斗に傷をえぐっていった。
思わず、蒼斗も押し黙る。
「さっきから偉そうだな、おい。自分だって負けてたくせに」
大神が体育館を飛び出していく。完全なバックレだ。追いかけて止めるべきなのだが大樹も蒼斗もそれが出来なかった。
「その通り、ではあるよな」
蒼斗の声は、大神には聞こえていなかった。
「あ、あの、多分、大神も気が立っていて……それであんなことを言ってしまっただけだと思うんです。だから――」
「別に気にしていないから。練習をさぼるのは困るけど」
次の日の部活、大神はペナルティとして死ぬほど走らされた。




