「これがダブルスだよ」
整列をしたときの滝川の面々に大樹は圧倒された。
彼らの実力を目の当たりにしたことなどないのに、その強さが頭に刻み込まれるかのようだった。全員が勝者――勝ち続けてきた者としての風格をまとっている。一回戦の遠山高校のような見かけ倒しということはなさそうだ。
三回戦ともなると、生き残っている高校の数は限られている。空きコートが多くなり、第一ダブルスと第二ダブルスが同時に試合を開始できるようになっていた。オーダーに変更はなく、大樹と大神が第二ダブルスを任された。
「はあ……俺、あいつをぶっ潰したかったんだけどな」
長髪――もとい、土屋が第一コートの蒼斗を見ながらぼやいていた。さっき、蒼斗に転ばされて恥をかかされたからだろう。蒼斗を睨むその目つきが刃のように鋭い。
「蒼斗先輩は絶対負けませんよ」
「はは、なに? なんか言ったか雑魚」
ふっと視線を大樹に寄越した土屋は、じろじろと大樹を値踏みしたかと思うと鼻で笑った。
「十点以内で抑えられるな、これ」
「あー? さっきからどこ見て何言ってんだアンタ。ぶっ飛ばすぞ」
大神が年上に対して敬語を使わないのは身内でも外でも同じ。もはやそれが彼の愛嬌として確立しつつあるのはさておき、この場に置いては実にありがたかった。『そうだ、もっと言ってやれ!』と大樹は心の中で叫んでいた。
「このクソガキが……!」
「ひとつかふたつしか違わねえのにクソガキも何もないだろうが。そういうことは俺のスマッシュを取ってから言えよ」
「ほざけ雑魚。二度とふざけたことが言えないようにしてやるよ」
お互いにボルテージを高めてきたところで、審判が来た。彼はただならぬ雰囲気に戸惑いながらもじゃんけんをするように指示してサーブとレシーブの役割を決めさせた。握手をするように促されたが、大樹たちが手を交わすことはなかった。
「絶対勝とうな、大神」
「そんなの当たり前だろ」
意気込む大樹の言葉を大神が軽く受け流すと、試合は始まった。
サーブを担当したのは滝川高校の渡辺。大樹はヘアピンでサーブレシーブする。ネット前にストレートで落とされたシャトルに、渡辺は咄嗟に反応して拾いに行く。少し軌道が高く返ってきたその球を大樹はクロスへ放つ。滝川の選手二人の間を縫うようなコースに、二人は返球することが出来なかった。初得点は藍咲。
次に続く二点目も、リアコートに上がったシャトルを大神がスマッシュで叩きこんだ。あまりにも速すぎるスマッシュに、滝川の両名はしばし言葉を失っていた。
楽勝だ、と大樹も大神も思った。土屋も渡辺も、優れたショットを持っているわけではない。対応しづらいコースへ打ってくるわけでもない。点数も四点リードしている。
――そう、決して油断などしていない。
「よっと」
なんてことはない。土屋が中央にドライブを放ってきたのだ。丁度、大樹と大神の中間あたり。大樹はステップを踏んで腕を伸ばし、ドライブで返そうとした。
だがその時、強い衝撃が大樹の手首を襲った。痛い、そう感じたときには大樹の手からラケットが離れ前方に吹っ飛ばされていた。シャトルは何に捕まることもなく大樹と大神の後ろへ通過し地面に落ちていた。
隣を見る。大神は苦い顔をして大樹を見つめていた。そこで気付く。二人のラケットが衝突したのだと。大神もレシーブをするために腕を伸ばした結果、今のアクシデントが起こってしまった。
「……邪魔だ」
「っ! ……ごめん」
今の場面は、確かに大神にも取れる場面ではあった。だが、全く悪びれる様子のない大神に大樹は少し文句を言いたくなった。痺れる手首をほぐしながら大樹はラケットを拾いに行った。
……ここで言い争いをしても仕方ない。そう考えた。何か言うのはこの試合に勝ってからにしたい。意識を切り替え、大樹は次のラリーの準備をする。それは選手として立派な判断であり、大樹の人柄が表れていた。
「……土屋」
「はは、お前も気付いた? ……じゃあそういう風にいくか」
滝川の二人はサーブをする前に何事かを話していた。
――ここから、戦局は大きく変わっていく。
特に何も変わった様子はない。それなのに滝川の選手が得点を重ねていく。そこには大樹は大神によるミスも含まれていた。普段なら失敗しないショットを、ネットにかけてしまうのだ。初めは、点差が縮んできたことで動揺してしまったのだと思った。それで手元が狂い、凡ミスを繰り返しているのだと。
だが、大樹はまだ気付いていなかった。もっと初歩的で、致命的な弱点が大樹と大神にあることに……。
大神のスマッシュが炸裂した。しかし、何度も単調に打ったスマッシュはダブルスという条件下では一撃必殺のショットには成り得なかった。土屋がレシーブしたシャトルが宙を舞う。
チャンスだ。さすがに、大神のスマッシュを完璧にレシーブするまでには至っていないようだ。これならもう一度スマッシュを打てば決まる……!
シャトルが降下を始める。それがしばらく経過しもうチャンスボールではなくなってしまったとき、遅まきながら大樹は気付いた。後ろの大神を見やる。
「篠原!!」
反射的にドライブを放つが、土屋はそれを予期していたらしく誰もいないところへクロスのカウンター。対応の余地もなくポイントを失う。
「おい」
大神が大樹の肩を掴んできた。
「なんだ今の。せっかくのチャンスだったのに無駄にするな」
「違う、明らかに大神だよ。走り込んでスマッシュを打っていれば確実に決まっていたのに」
「篠原の方が近かっただろ」
「近いとか遠いとかの問題じゃないよ! それにさっきの場面じゃバックショットになるじゃん! そんなのカウンターを受けて終わりだよ」
試合中だというのに、それを忘れて言い争いを始めた二人を審判が注意した。渋々とコートに戻る。大神は不満を隠そうとはせずにプレイを続行し、それを見た大樹が不信感を募らせるという負のスパイラルが生まれようとしていた。一度狂った歯車はそう簡単には噛み合わない。最初の頃の余裕を失い、段々と試合に集中できなくなっている。どこに打ち込めば決め手になるのかがちっとも見えてこない。なんとか修正しなくてはと気持ちは先行するが、焦るほどに物事は上手く運ぶことが難しくなる。
シャトルが上がった。これは緩い。上手くいけばこの状況が好転するかもしれない。
後ろにステップし、大樹は跳躍した。が、次の瞬間、視界の隅に大神が入り込んだ。
「やば――」
ドン! と二人の体が衝突し大樹は倒れ込んだ。大神もバランスを崩し床に手を付く。今更のようにシャトルの存在を思い出して拾おうとしたとき、それは大神の頭上にぽん、と落ちた。クスクスと忍び笑いが周囲で起き、土屋もわざとらしく笑った。
「ダサ」
「ああ?」
大神がコートの向こう側に行こうとしたので大樹は慌てて止めに入る。ペアならばまだしも、相手校の選手と試合中に喧嘩など起きれば即棄権、最悪次の大会への出場権が剥奪されてしまう。それだけは避けなくては。大樹の頭からさっきまでの不満は消え去り、顔を青くした。
「大神、やめてくれ、さすがにやばい」
「お前もお前だ! さっきは取れと言って、今度はお前がとりにいきやがって……いい加減にしろよ」
「わかった、わかったから。もう戻ろう」
そこからどういう試合展開を経たのかは正直覚えていない。試合はすぐに終了し、スコアを確認するとものすごい大差で敗北していたことが発覚した。
◆
コートから出る。空気が重苦しい。大神は一言も言葉を発しようとはしないし、大樹も口を開く気分にはならなかった。ここから芝崎に後を託さなければならないが、情けない試合をした後でチームメイトと顔を合わせるのはつらかった。
「……な、何をしているんですか?」
芝崎はスマフォをこちらに向けて構えていた。大樹たちが戻ってくると画面を操作し、それをラケットバッグにしまった。
「録画した。お前らの試合を全部」
「な、なぜ」
「相馬さんの指示で。後で送ってやる」
相馬と蒼斗は未だ試合中だ。芝崎は大樹たちの試合が終わるまでの間、自分のアップもせずに記録を残していたというのだろうか。
「自分の試合があるのに……」
「俺のことよりも、相馬さんたちを気にかけた方がいい。――まずいぞ」
「え?」
芝崎はそれに答えず、コートに入ってしまった。その後ろ姿に何か声をかけようとしたが、上手くいかなかった。応援するのも、何か違う気がした。
「篠原くん、大神くん。お疲れ様でした。惜しかったですね」
こちらの機嫌を刺激しないためだろうか、かなたの腰が低かった。色々な人に気を遣わせている気がして大樹は申し訳なくなった。ベンチに座ると自然と顔が下の方を向いてしまう。
「顔を上げてください。篠原くん」
「でも……」
「相馬くんたちが頑張っています。見守らなくていいのですか?」
さっきの芝崎の言葉が頭をよぎり、大樹はゆっくりと顔を上げる。そして絶句した。
20―9
相馬たちは負けていた。あり得ない光景だった。しかもこんな大差をつけられるなんて異常事態だった。蒼斗がいるというのに……。
相手選手――松浦のサーブでラリーが開始される。試合の終盤で、両者とも疲れが見え始めているが、それでも繰り返されるラリーは凄まじく速く目で追うのがつらいくらいだ。状況はコロコロと変わり、それに合わせてダブルスの陣形は変化する。その動きはよどみがなく洗練されている。
「すご……い」
自分たちと練習でやりあったときにはこんな動きは見せなかった。相馬たちの全力を引き出せているなどとは思っていなかったが、一体どれだけ手加減されていたというのだろう……。
「くっ」
だがそれも長く続かなかった。激しい攻防の中、相馬がシャトルをネットにかけてしまった。第一ダブルスは滝川の勝利に終わった。
挨拶を終えて、相馬たちが戻ってくる。相馬は開口一番に言い放った。
「見ていてくれたかな? ……これがダブルスだよ」




