「これで、終わり」
久しぶりの更新でございます
「これは……」
ゲームは一セット目の終盤。月夜はあの高宮凛を相手に全く引けを取らない……どころか完全に圧倒していた。最初は、高宮のメッキが剥がれたものだと思った。神童が二十歳を過ぎればただの人になるように、高宮の才能が枯れたのだと。
しかし姫川には確信できる。月夜と高宮の試合はあまりにも高次元だ。予選一回戦のレベルの枠をとっくに破っている。規格外の展開を見せる月夜と高宮に、観衆の誰もが言葉を失う。二年目の付き合いの姫川でさえ例外ではない。
「なんですか、これ……」
咲夜の声で姫川の意識は戻ってきた。
「あんたが妙な激励をするから」
「自分のせいですか……? だとしたらすごいことしちゃいましたね……」
咲夜の視線はずっとコートに釘付けだった。姫川も瞬きを忘れそうになる。
月夜が藍咲にやってきてから、彼女と行動を共にすることは多かった。何度も試合練習をしてその度に試行錯誤してお互いに強くなってきた。月夜がストイックな一面を持っていることも知っている。だから、この状況は喜ばしいはずなのに――
「素直にそうはできないわね」
高宮がネット前でロブを上げる。月夜からしてバック側だった。同じくネット前にいた月夜は右足を大きく下げてその場で回転する。振り返りざまに、ラケットがシャトルを捉えてスマッシュを放っていた。高宮には反応すらできない。
ハイバックでのスマッシュ。大神や蒼斗の技術だが、後ろ向きでスマッシュを打つのは簡単なことではない。半端な力加減ですれば、逆に相手にチャンスを与えてしまう難しいショットだ。姫川はリスクを避けてめったに使わない。
それを月夜が高いレベルで実現している。そこで姫川は自分の感情を理解する。
自分には出来ないプレイをする月夜が羨ましいのだ。部長として、先輩として、月夜に負けているわけがないと思っていた。その自負が今、打ち砕かれようとしている。
本当の化け物は、どっちだ……?
「イン。21―12」
ファーストゲームは月夜の快勝で終わる。月夜がタオルと水筒を手に戻ってくる。
「……すごいよ。このまま勝てそう」
「そうかもしれません」
「どうして、ここまで出来るの?」
「そんなに難しくはありません。以前戦ったときの記録や、その後の全中での映像を全て見て対策していただけですから」
「……そうなの」
やはりおかしい。一人の選手のためにそこまでするのか。
「彼女は、その頃からほとんど成長していません。だから勝てます」
「高宮! まさか負けるつもりじゃないでしょうね!?」
隣のベンチから聞こえた金切り声に月夜たちは咄嗟に振り返った。見てみれば、三澤野高校の部長が高宮に詰め寄っていた。周りにいるチームメイトも表情も全て険しいもので、まるで高宮が孤立しているかのようだった。
「普段あれだけ威張り散らしておいて、この無様な結果は何! あんたの言葉を借りるなら、結果は残せないなら価値がない、そうでしょ?」
……かなり雰囲気が悪い。しかし、そうなるだけの原因が高宮自身にあったのだろう。自業自得というやつだ。
高宮はおとなしく部長の言い分を聞いているが、おそらく頭に残っているわけではないだろう。月夜には、高宮が『入って』いるのが分かった。
「何とか言ったらどうなの!?」
ヒステリックに叫んだ部長が高宮の肩を掴もうとしたとき、高宮がその手を払いのけた。
「邪魔しないでください。今、いいところなんで」
「は……!?」
「やっと出会えたんです。私を楽しませてくれる人に」
部長を押しのけ、高宮はコートに入る。月夜も水分補給を済ませてコートに戻った。二分のインターバルももう終わりそうだった。
「ちょっとだけ思い出しましたよ、あなたのこと。中学生のときに対戦しましたっけ?」
「ええ」
「名前は?」
「朝日月夜」
「あ、あさ……つき……? 絶対忘れないよその名前。色々な意味で」
第二セット、月夜はサーブの構えをとる。ここまで、月夜はショートサーブしか打っていなかった。高宮の頭にはそのパターンしかないはず。ここでロングに打てば裏をかくことができるはずだ。
「……?」
レシーブ体勢の高宮に違和感を覚える。ラケットを構えることもなく、だらりと両手が下がって棒立ちの状態だ。あれでは咄嗟に動くことはできないはずなのに……。
月夜は大きくラケットを引き、シャトルを放った。
瞬間、高宮が後方に下がった。月夜の動きに反応し、ロングサーブを叩くつもりだったのだろう。
「っ!?」
高宮の表情が引きつる。シャトルはネット前を緩い軌道で飛んでいる。完全に読みをはずした高宮が慌てて拾いに行くも、帰ってきた球は月夜によってプッシュされた。
「な、なんで……」
「あなたが学生離れした瞬発力があるのは知っている。ただそれだけ」
月夜も直前まではロングサーブにするつもりだった。だが、これまでの高宮のプレイスタイルから彼女の素早さを考慮し、さらに裏をかいた。読み合いでは月夜に運が向いていたのだ。
試合は月夜が次々と得点を重ねて進んでいく。ときたま高宮のショットが決まることもあるが、偶然という要因が大きい。
月夜がフェイントで高宮のバック側にスマッシュを放った。右にラケットを持っている高宮にはきついショットである。
「甘い、とれるよ!」
高宮はラケットを左手に持ちかえると渾身の力でシャトルをストレートのドライブで返球した。二つの手で全く違和感なく打てるのは高宮の特技ではあったが――
「それも、知ってる」
月夜のクロスドライブが高宮のコートに突き刺さった。高宮は唖然としたまま、自分がいる方と反対側を見つめる。
「多用すべきではないわ、それ。持ち替えるのに時間がかかる」
「これも、知って……!?」
「全部、見させてもらったから」
最後の一点。月夜のスマッシュが彼女に勝利をもたらした。
「これで、終わり」
第二シングルを藍咲学園が勝ち取り、これで2―2になった。後は姫川の出場する第三シングルだけなのだが、三澤野高校に姫川を打倒できる人材はいないだろう。藍咲の一回戦突破は約束されたものだった。
コートを出た月夜は、特に普段と変わった様子はなかった。祈願だった高宮打倒を果たしたというのに、喜ぶわけでも笑うわけでもない。淡々と汗を拭き取り、ベンチに腰かけた。
まるで勝って当然とでも言わんばかりのその態度に姫川は声をかけることを躊躇った。
「……お疲れさま。まさか本当に勝っちゃうなんて思ってなかった。多分、この試合を見てた全員が驚いているよ。番狂わせだって」
「彼女の強みは得点する度に深まる集中力にありました。今回、思い通りに試合が運ばなくて高宮さんは雑念だらけでした。勝因はここでしょうか」
「そ、そう」
あまりにも冷静すぎる、姫川はそう感じた。自分の試合をそこまで客観的に分析する人はそこまでいない。
「次はお願いします、姫川部長。勝ってくるって信じてます」
「……うん」
もちろん、負ける気など毛頭ない。ここまで繋いでくれた月夜の努力を無駄にしたくはない。
ただ、試合のことよりも月夜のことが気掛かりだった。あれは雪辱を果たした人間の表情ではない。失望している人間のそれだった。過去に大敗を喫し高宮を超えるために今まで頑張ってきたはずなのに。
いつか、月夜が簡単にバドミントンから離れていくのではないか――そんな予感が、姫川の心の中に燻った。




