「私には通用しない」
気がつけば、11500アクセスと3000ユニーク!
感謝です!
急いで月夜たちが会場に戻ったときには既に運営を務めている中年男性の怒りがマイクを通して響き渡っていた。
「第三コート! 藍咲学園と三澤野高校の試合を早く始めなさい!」
主審を務めている女の子が困惑気味に立ち尽くしている。始めようにも合計で三人も足りないのだから、どうしようもないだろう。そこにようやく月夜たちが現れてくれたので女の子は胸をなで下ろし安堵した。
コートに整列し、挨拶をする。
「遅れてしまって申し訳ありません」
姫川が頭を下げる。三澤野高校の部長と思しき選手も苦笑をする。
「いえ、こちらこそ。うちの一年がご迷惑をおかけしました」
当事者である高宮は、どこ吹く風といった調子だった。姫川たちも強くは言えないがその態度は許せなかった。
気を取り直し、第一ダブルスの試合を開始する。こちらは姫川・朝日ペア。向こうもエースダブルスの三年生をぶつけて直接対決となった。三澤野高校は弱小というわけではないが、それでも今回ばかりは相手が悪かった。全国大会の経験のある姫川、そしてストイックな修練を積んできた月夜。二人のダブルスの完成度も高く、一方的な展開で藍咲学園が一ゲーム目を先取した。
続く第二ダブルス。藍咲学園は初出場の二年生ペア。ちなみに第一シングルスの選手も公式の試合経験はない。今の藍咲学園の女子には戦える選手が二人しかいないのだ。藍咲が団体で勝利していくには、その後の第二、第三シングルスにおいて姫川と月夜が勝つしか方法がない。
そしてついに、三澤野高校の第二ダブルスに高宮凛が出た。
「………」
緊張している様子は全く見られない。どころか、少し気を緩め過ぎだとも感じた。
挨拶をし、ジャンケンをし終えたところで高宮とその先輩の会話が聞き取れた。
「先輩は何もしなくていいんで、端に寄ってもらえますか」
「はあ? アンタ何言ってんの? これはダブルスなのよ」
「分かってますけど……でも私だけで十分っていうか、むしろ邪魔」
「……あっそ」
第二ダブルスの試合が、三澤野高校からのサーブで幕を開けた。さっきのやり取りを聞いていたため、高宮の先輩を狙ってショットを繰り出していく藍咲。
反射的にそれに触ろうとする先輩だったが、
「拾わなくていい」
突如、前に飛び出した高宮が緩いドライブで返球する。藍咲の前衛を抜き去り、それでいて後衛に届かない力加減。試合慣れしていないため反応が遅れた後衛はシャトルを落としてしまう。
「今の動き……」
先ほどのレシーブ、高宮はコートの後ろにいた状態から一気にネット前まで移動した。それほどまでの速いフットワークを上体が全くブレることなく体現していた。以前戦ったときに見た動きだった。
藍咲は次のラリーではレシーブ中心に攻め立てることにした。高宮の先輩が手を出してこない以上、実質的には二対一。二人いれば返球のタイミングをかなり早く詰めることが出来るため高宮は走り回るしかなくなるのだ。
だがこれも計算通りにいかなかった。高宮は常に左足をコートの中央……ホームポジションに置いていてほとんど動き回っていなかった。どちらかといえば、藍咲の二人の方がコースを狙った高宮のショットに翻弄されていた。高宮は涼しげにラリーをしているが、表情はどこか冴えない。むすっとしたままだ。
三澤野高校にポイントがどんどん加算されていく。バドミントンは一度に一点しか入らないが、その度に月夜の中に不安が募っていく。これが二十点近く続くかと思うと、気が狂いそうだった。どうあっても、第二ダブルスの彼女たちの実力では高宮凛には一矢報いることすら不可能なのだ。点を奪われるごとに表情が険しくチームメイトを、月夜は黙って見ていることしかできない。
第二ダブルスは高宮凛の手腕によって三澤野高校が勝利したが、そのスコアは試合を見ていた全員に衝撃を与えた。二セット通して無失点。さきほどの姫川と月夜以上のワンサイドゲームを実現してみせていた。
「ご、ごめん……」
「一点も取れなかった……」
戻ってきた彼女たちは、既に泣き顔だった。一人は顔を真っ赤にして涙を流していたし、もうひとりは血がにじむほど唇を噛み締めていた。
月夜は何と声をかけるべきか思い悩んだ。ドンマイ、とか仕方ない、とかそんな言葉が今の彼女たちの気休めになるはずもないからだ。
いや、人の心配している余裕など今の月夜には皆無なのだ。さっきのスコアは二年前、自分が高宮に敗れたときと同じスコアだ。あのとき味わった絶望がフラッシュバッグしてきそうなのを堪える必要があった。そうしなければ、月夜の頭にこう刷り込まれることになる。
高宮凛には、絶対勝てないと――
「ねえ、あの子マジやばくない? 誰なの?」
「わ、分からない……。一年生みたいだけど」
「一年が一人でダブルスを相手にして、しかも無失点!? どういうことなの!?」
高宮のゲームは、瞬く間に観客の注目を集めた。どうやらまだ、彼女がかつての中学生チャンピオンであることに気付いてないようだが……。
「よく、頑張ってくれたよ」
姫川が二人のことを優しく抱きとめた。耳元で小さく囁く。
「これから強くなればいいから。あとは私たちに任せて」
二人はついにその場で泣き崩れてしまった。その頭を優しく撫でながら姫川は次の選手に激励を飛ばす。
「行ってきなさい、咲夜!」
「……はい!」
第一シングルス、村上咲夜。月夜と同じ二年生の彼女は、堂々とした立ち振る舞いでコートに割っていく。日常的に気の強さが滲み出ている彼女は、この悲観的な状況でも自分の相手を見ている。ただ、その表情は強張っていたし、強がりであることは間違いなかった。
藍咲は雲行きが悪くなってきた。咲夜は三澤野高校の三年生を相手に最終セットまで接戦を続けたが僅差で三澤野が上回り敗北。もう後がない。次のゲームを落とせば団体戦としての決着が着いてしまう。
第二シングルスは朝日月夜。対する相手は――
「さっきはどうも」
気だるげにラケットを手にした高宮凛だった。さっきの試合では全く疲れなかったためか、汗はちっともかいていない。対照的に月夜は汗をかいていた。疲労や暑さによるものではない。冷や汗だった。
高宮が出ると分かった途端、会場中から歓声があがった。なかにはようやく彼女がかつて全中を制覇した高宮凛だと気付いた者も多いようだ。誰もが彼女に注目し、期待を高めている。次も無失点記録を更新するのか、どんな滅茶苦茶なプレイをするのか、観客の関心はそこにある。喰われる選手に興味はない。
実に居心地の悪い空間だ。人に見られることに慣れている月夜だが、この会場から自分だけが切り離されたかのようなアウェーを感じたことはあまりない。これでは普段通りの実力を出せるかどうか怪しいところだ。いや、仮に全力で挑むことが出来たとして、本当に高宮凛に届くのか。
それに――
「………」
「……月夜?」
もし、ここで自分が負ければその時点で全てが終わり。姫川の引退は免れない。
そうなったら彼女はなんと言うだろう。責めるどころか、むしろ慰めてくれるかもしれない。だが、そんなことは耐えられそうにない。
敵となった観客、最強な高宮、姫川の引退……全てのマイナス要素が月夜の体をがんじがらめにして絡まっていく。足が震え、上手くラケットを持てない。周囲の喧騒が小さく感じられて、段々と気が遠くなったとき、
パンッ! と頬をはたかれた。
「!?」
鋭い痛みが走り、頬がじわじわと熱を帯びていく。その頬を左手で押さえながら、茫然とこの痛みを与えてくれた同級生を見やる。
「……咲夜」
「その顔、やめてくれる」
憤然とした咲夜が月夜を睨み付けてくる。
「いっつも周りのことなんか度外視してきた癖に、こういうときだけごちゃごちゃ情けないこと考えてんじゃないわよ。いい? あの一年生に勝て、とか無謀なことは言わない。負けた私が偉そうにできるわけじゃないし」
でも、と前置きがあってから月夜の胸ぐらを掴んだ。
「ふがいない試合をして帰ってくるようなら、私は絶対あんたを許さない」
吐き捨てるように言うと、咲夜はベンチに収まった。苛立って地団駄を踏んでいる。
じんじんとした痛みを引きずったまま、コートに入る。意外にもさっきのような動揺は起こさなかった。なんなら、目の前の高宮をゆっくり観察する余裕だってある。
「……顔に紅葉が咲いてますけど、平気ですか」
「いえ、痛いわ」
「……そうですか」
握手を交わし、ジャンケンでサーブとレシーブを決める。主審の試合開始の宣言を聞いて、月夜はサーブを打った。
ショートで前に誘い込まれた高宮のヘアピン。素早くドライブで返すと、高宮が後ろにジャンプしながら上体を倒しクロスドライブ。狙いどころがよく、速さもある。
月夜は左足で地面を蹴ってシャトルを追いかけ、ひじを振るうことでロブを放った。
後ろに下がった高宮がクリアで月夜に返せば、月夜も同じくクリアを押し込む。
お互いが前へ、後ろへ動かされる試合展開。高宮の一方的な攻撃を予想していた観客は単調なラリーに次第に言葉を少なくしていく。だが、この均衡は長く続かないと思っていた。すぐに、高宮による蹂躙が始まるはずだと。
「あ、あれ……」
繰り返される攻防の中、高宮は違和感に襲われる。さっきから、月夜の動きに疲れが現れない。甘い球も返ってこない。体勢が崩れる兆候もなかった。
「……やっぱり。そういうこと」
何かを確信した月夜が、クリア対決の中に急にスマッシュを織りまぜた。突然来た速いショットに高宮は戸惑いつつもレシーブをするが、少し甘くなってしまった。軌道が高いとはいえ、ハーフコートまでしか届いていない。次も強打が来る。
月夜がステップを踏み高く跳躍した。高宮は腰を落としてスマッシュに備える。だが月夜が選んだのはドロップだった。通常よりも高い打点で触れることによる沈むショット。
「っ!!」
体が前に倒れつつも反射的にネット前に飛び込み、プッシュをしようとラケットを伸ばす。これだけ緩い球は格好の餌食だ。
だがシャトルにラケットが当たる寸前、高宮の動きが止まる。ラケットヘッドはネットの上を越えてしまっている。これで触ったらフォルト(失点)になってしまう。
「ぐっ!!」
手首を曲げてなんとか打つが、どうやらネットに引っかかったらしい。
月夜のロングサーブで試合を再開。さきほどと同じくラリーの応酬になるが、やはり展開が動かない。
「なんで……!!」
そこに変化が訪れる。
月夜のスマッシュ。高宮がロブでそれを上げる。さっきと全く同じ状況だった。
高宮がホームポジションに戻る。スマッシュ、ドロップ、クリア……どれが来ても間違いなく対応できる準備をした。
「こいっ!」
ステップで後退した月夜が片足を地面につけたまま、腕を振るう。ストレートスマッシュだった。だがその直後、鳴り響いたのは風船が割れたときのような炸裂音。この試合中で見せたどのスマッシュよりも初速が速い。
高宮の反射が彼女を動かしたときにはシャトルは既に顔の前に迫っており、高宮は体を仰け反らして倒れながらなんとか触れた。ぎりぎり返すことが出来たが月夜は前に出ている。慌てて立ち上がり、持ち前のフットワークで距離をつめる。しかし月夜がショットを放ったときには、二人がいる逆サイドにシャトルは落ちていた。
「なに、今の……?」
「スマッシュは大神くんのもの。彼ほどの速さはないけれど」
何の前置きもない月夜の言葉。
「最後のショットは、クロスヘアピン。これも……後輩、の得意分野」
「何、言ってんの……?」
高宮には意味がわからなかったが、不思議と月夜の言葉を遮る気持ちにはなかった。
「あなたは変わったけれど……プレーは変わってない。あの頃と同じまま。私はあれから色々な人の技術を盗んで、それを身につけた」
月夜はラケットのヘッドを使い、シャトルを拾い上げる。
「悪いけれど……あなたの強さは、私には通用しない」
感謝してますが、来週ちょっと忙しいです……




