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「僕の勘は当たる」




「……何を勝手なことをしているのかな」


 ちなみに、厳密に言えば大樹と芝崎の試合に決着はついていない。その前に姫川が到着して中断となってしまったのだ。姫川の姿を見た相馬は、しまったと言いたげに冷や汗を流す。

 わざと足音を響かせるようにして姫川は相馬に迫る。


「ねえ相馬くん。私遅れるかもしれないから、もしそうなったら任せるって言ったよね」

「うーん……そうだね……」

「で、これは?」

「いい試合だから、つい魅入っちゃった……」

「へえ」


 姫川の目が細められ、じっと相馬を見つめる。相馬は表情を引きつらせ、たじたじになりながらも軽口を叩く。


「そ、そんなに見られると照れるよ?」

「はあ……」


 姫川は嘆息し、コートに目を向ける。

 大樹は緊張した面持ちで姫川の次の言葉を待っているが、芝崎はそれどころではないらしく文字通り膝をついて俯いている。かなりショックを受けているようだ。


「まあ、実は途中から見ていたけど」

「え!? どういうこと!? それなら怒られる謂れはないと思うんだけど!? 真琴も同罪じゃん!!」

「うるさい馬鹿。あと真琴って言うな」


 お決まりのセリフを吐いた姫川は部員たちを一瞥し、最終的に芝崎に視線は落ち着いた。

 姫川は口の端を歪めて、冷たく笑った。


「無様ね」


 誰のことを指しているのかは、言うまでもなかった。だがそれでも、誰もが姫川の言葉を簡単に信じられずにいた。芝崎は伏せたまま鋭い目つきで姫川を睨み据え、何かを言おうと口を開いたがそこから言葉が紡がれることはなかった。


「自分の力を過信した結果よ。さらには自分だけでなく篠原くんの実力も見誤った。だからこんな情けない試合になった」


 責めるような口調は苛烈さを増し、姫川の瞳の奥の温度が下がっていく。直接自分のことを言われているわけでもないのに耳が痛かった。いつか自分にもあの目が向けられるかもしれないと思うと、とても他人事で済ませることは出来なかったのだ。


 芝崎本人は今、何を感じているのだろう。ここからではその表情は窺えないが、少なくとも怒りを覚えているようではなさそうだ。


「あんた、それが部長のかける言葉かよ!!」


 そんな芝崎の代弁のつもりなのか、二年生の男子が声を荒げる。それを皮切りに今まで静まり返っていた体育館の中に音が蘇る。部員たちはそれぞれ小声で話しているようだが、内容はなんとなく分かる。全て姫川への攻撃だろう。


 だがそれも姫川はどこ吹く風で受け流すとさっきの男子をちらりと見る。


「言いたいことはそれだけ?」

「この……!」


 激情を露わにし、今にも姫川に掴みかかろうとした男子生徒を相馬が素早く諌める。


「そこまでっ!! みんな解散……じゃなくって! 逆だ、集合! すぐに部活始めるよ」


 わざとではないだろうが、相馬のちょっとした言い間違いによって場の雰囲気がほんの少し緩和される。コートの周りに集まっていた部員たちは定位置への移動を開始する。


 その中で、去り際に姫川が一言、


「芝崎くんをお願い。……遥斗」


 そう言って彼女は小走りで遠ざかってしまった。声をかけられた相馬はやれやれと額を押さえて溜息をつくが、口元がちょっと(ほころ)んでいる気がする。


「もっと言葉は選んだ方がいいよ? ほんと」


 相馬は芝崎に駆け寄り、何事かを言うと二人は体育館を出てしまった。もう部活が始まってしまうのだが……。

 そっちのことは今は気にしないことにし、大樹も集合場所へ向かう。

 その際、大神と偶然目が合った。大神は心底嬉しそうに、しかしその笑みは獰猛と表現するのが適切だった。



 部活を始めるとき、大樹は一軍の練習に合流するように指示された。ゴールデンウィークでの力量を見ればあり得ない話だが、さっきの試合で大樹の豹変ぶりが明らかになった今では素直にうなずける内容だった。

 最初は一軍、二軍は関係なしに、往復ダッシュとフットワークをこなしそれが終われば一軍はコートで基礎打ち練習となる。

 この時間二軍の方は何をしているのかといえば、体育館に三つしかないコートの内二つを譲り受けて念願のショット練習だ。誰もが嬉々として練習に励んでいる。


「なんだ、二軍の人たちも打てるじゃないですか」

「限られた時間だけ、だけど」


 誰かに言ったつもりではなかったが、大樹の声に答えてくれたのは姫川だった。

 確か大樹が初めてこの部活に参加した日、全く打っていないと不満を漏らした先輩がいたはずなのだが……これはその対処ということだろうか。最近、姫川の厳しい一面しか見ていなかったためにちょっとギャップを感じる。

 ところで大樹を含め、一軍は男子五名、女子は二名しかいない。この人数で一コートを使うのは別に問題はないのだが、ふと団体戦はどうするのかと疑問に感じる。

 男子五名はこれでいいとして(もし大樹がレギュラーに入れるなら)、女子は月夜と姫川だけ。これでどう勝ちにいくのだろう。


「そういえば篠原くん、強くなったねー。どうしちゃったの?」

「えっ? ああ……まあ、自主練しましたから」


 考え事をしていたため、相馬の声に素っ頓狂な反応をしてしまった。

 その自主練の一番の協力者を見ると、その視線に気づいた月夜はとことこと大樹の前まで歩み寄り拳を突き出した。親指が立っている。


「……ぐっじょぶ」

「んー? 朝日さん、それなに?」

「秘密です」


 大樹以外には一言で会話を切り上げる月夜クオリティは健在である。

 まあ、月夜が納得する試合が出来たのならそれは良しとしたい。


「おしゃべりはそこまで。始めるよ」


 姫川がシャトルの筒を抱えて持ってきたので基礎打ちが始まった。

 どこの学校の練習にも基礎打ちはあり、これは全てのショットの基本となる。まず、ドライブから始まり、ドロップ、プッシュ等が続き最後は動きが激しいものになっていく。

 タイマーで時間を計り、一定時間が経ったらローテーションをしていく。そのため決まった相手ではなく全ての部員と打つことになるのだ。

 全員と打ってみることで、その実力がわかる。やはり一軍、みんな強かったがその中でも突出しているのは神谷蒼斗……神谷瞬の弟だった。

 月夜の上位互換とでも言うべきだろうか。全てのショットの精度が尋常ではないくらいに高かった。体の使い方も分かっているのだろう。クリアもスマッシュも、力を込めすぎているわけではないのにラケットがシャトルを捉えた時の音が渇いていてよく響く。試合のときはどういうプレイをするのだろう……。

 ちなみに、大神のスマッシュレシーブは可哀そうなことに芝崎の役目だったのだが、一度も取れていなかった(仕方ないと思う)。

 その芝崎は、練習中はずっと口を閉ざしていて、特に大樹とは一度も目を合わせなかった。試合をする前の芝崎の様子を考えれば、これが普段の姿ということはないだろう。大樹との試合で何かを感じ取ったはずである。それがこれからに繋がってくれることを切に願う。


 基礎打ちが終われば、早いことにもう試合練習となってしまった。大会が近い、ということを思い出し大樹は気を引き締めた。二軍や新一年生のほとんどが、今日の練習を終了し体育館の壁際に移動する。彼らの中から数人が審判として配置された。


「さて、どうしようかなー」


 相馬が唸る横で、女子二人はコートに向かっていく。その際、何故か蒼斗が連行されてしまった。気になってそちらを観察していると、なんと蒼斗ひとりで月夜と姫川のペアを相手にするようだ。これはどういう練習法なのだろう。

 大樹が隣に意識を奪われている間に、大神が相馬の前に進み出た。


「相馬さん。篠原とシングルがしたい。今のこいつともう一度戦いたい」


 大神の声が聞こえた気がして大樹はがばっと勢いよく振り向いた。

 ……そうだ。つらい練習の後にさらに自分を追い込んだのは大神へのリベンジを果たすためだ。芝崎との試合で、感覚も戻ってきている。大樹も今、大神と同じ想いだった。


「そうだね……」


 団体戦でのオーダーを考慮しても大神のシングルスは絶大な力を発揮するはずだ。そして、その大神をもし大樹が下すことが出来れば自動的にレギュラーは大樹のものになる。

 因縁のある間柄として……そしてレギュラーを争う好敵手として決着をつけたい。


「――決めた」


 待ってました、と二人はすぐにコートに入る準備をして――


「シングルスは芝崎に出てもらう。大神くんと篠原くんでダブルス」


『は?』


 三者三様に驚愕する。大樹は目を丸くし、大神は口を開けたまま固まり、芝崎は信じられないと言いたげに相馬を見やる。


「おいおい相馬さん……」


 一番に硬直から解放された大神は案の定、非難の声を上げる。


「どうして俺じゃないんだよ。篠原がやるならまだしも、芝崎さんがシングルスだと? あんたもさっきの試合は見てただろ、篠原の圧勝だ。そして俺は篠原より強い。俺たち二人をダブルスで追いやっておいて、どうして一番弱い芝崎さんが」


 思わず止めたくなるくらい散々な主張だが、言っていることは分かる。

 芝崎には申し訳ないが――現状、五人の中で最も力が劣るのは芝崎和也なのだ。それは本人も重々承知しているようで大神の言い分に何の文句も言わない。

 さらに、今まで組んだことのない大樹と大神による付け焼刃のダブルス。これは――


「もしかして捨てているんですか……?」

「いいや」


 即座に否定してきた。いつもの柔らかい雰囲気を、今は感じない。


「これが一番、勝率が高いと思うんだ。芝崎が強くなること――そして君たち二人のダブルスは勝ち上がっていくのに必須な要素なんだ」


 確信に満ちた表情で相馬は断言した。それと対照的に三人は不安をその目に宿していた。

 大樹にはもちろん、ダブルスの経験はある。中学ではどちらにも出場したので基本的な戦い方は理解しているが、大神はどうなのだろう。彼がダブルスをしているところはあまり見たことがない。というか、自分と大神でペアになって本当に大丈夫だろうか。ダブルスは単純に同じ力量で組めばいいという話ではなく相性がある。性格が合わなければ、どれだけ個人の力が強くてもお互いに長所を殺してしまう。

 そして、大樹と大神は決して相性が良いわけではない。


「相馬さん、俺……」


 芝崎が何かを言いかける。が、相馬はそれを遮った。


「大丈夫。僕はこれでも人を見る目を持っているよ。僕の勘は当たる」


 相馬だけ自信に満ち溢れているが、他の三人はそれでも首を縦に動かすことは難しかった。

 この部活は、前途多難だ。


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