「顧問になってください」
久しぶりの更新……!
担任が姿を消した一年A組でのこと。大樹は恨めしく楓を睨み付け文句を垂れていた。
「行くなら一声かけてくれよ」
「いや、ごめん……ぷぷ、なんかマジっぽい雰囲気だったから……つい、ぷぷっ!」
「笑うな!」
「朝日は渡さねえ、とか上等です、とか何やってんの(笑)」
「(笑)とか口で言うな! いやほんとやめて恥ずかしい!」
売り言葉に買い言葉だったのだ。今思い出したらすごく恥ずかしいセリフなのは百も承知だが、ついカッとなって言ってしまった。……絶対月夜には知られたくない。
「センパイには言うなよ」
「さあー? 会ったら言っちゃうかもー」
適当に受け流されてしまう大樹。まあ、自分はともかく楓が月夜に偶然会うようなことは滅多にないはずだ。この間、新宿で会ってしまったときは驚いたが。
「ねえ、楓ってたまに一人で出掛けるの?」
「なに、急に」
「え? ……いや別になんとなくだけど、暇なら俺も誘えよ」
何気なく聞いたはずだったのだが、さっきまでの人をからかうような態度が霧散した。動揺して妙なことを口走ってしまったのだが、それじゃあデートになってしまうではないか、大樹は焦った。
「ん……考えておく」
「え?」
やはりおかしい。いつもなら楓なら「大樹を誘うとかないわー(笑)」ぐらいは言いそうなのに、無難に答えられてしまった。
何か、怒らせるようなことを言ってしまったのだろうか。一人で出掛けることはあるのか、と聞いた途端にこれだ。大樹に対しての質問だとしたら、友人の少ない自分としてはあまり気分のいい質問ではないが……楓の場合は違うはず……。
まさか……?
「お前……実は隠れぼっちなんじゃないか?」
「は?」
「いや、わかった。皆まで言わなくていい。確かにお前が特定の誰かと仲良くしているところを見たことがない。そうだ、楓はあまぼっち!」
言い切った、言い切ってやったぞと少し誇らしげになる大樹。一体何を誇っているのかは全くの不明だが、あえて掘り下げないでおく。
楓はしばらく無言のままで大樹をじっと見つめていた。ただそれは男女がいい雰囲気になるようなそれではなく、まるで……蛇が蛙を睨んでいるかのよう。蛙(大樹)は蛇(楓)の前では不用意に動けない。
「………」
「………」
「………」
「………」
文字数稼ぎが甚だしいが、こう表すのが最も適切である。
そして、次の瞬間、
楓の蹴りが大樹のむこうずねを捉えた!
「ぐおおおおおおおっ!?」
痛い、痛すぎる。筋肉痛とは違う、鋭く刺すような痛み。脛を押さえ、何の比喩もなく教室の床で転げまわる大樹。そんな彼を無視し楓はすたすたと移動する。
「委員長~、球技大会お疲れ~」
「えっ!? あ、そうね、お疲れ様。私は委員長じゃないけど……」
痛みが治まるまで、大樹はじっとしていることにする。
「惜しかったねー、もうちょいで勝てそうだったのに」
「森崎さん、あんなに強いなら最初から本気出してくれればよかったのに……」
「さすがにあの朝日月夜には負けるよー」
……なんかすごく打ち解けている感じがする。
楓が何故かこちらをちらちらと振り向いてはドヤ顔を向けてくる。ぼっち呼ばわりしたことを謝るので俺の脛にも謝ってほしいと思う大樹だった。
「ところで委員長、球技大会の打ち上げは楽しかったねー」
「あまり人数は集まらなかったけどね」
「ちょっと待った!!」
聞き捨てならな過ぎる単語が聞こえた気がするため、大樹は痛みを無視して立ち上がり二人に詰め寄る。
「近づかないで、ぼっちが感染する」
「いや、ぼっちはうつらねえよ!? 何言ってんの!?」
「うつるよ。大樹の近くにいると、私もぼっちだと勘違いされる」
「えっ? ……あ、確かに、そういうことあるかも……? あれ、俺ダメじゃん」
「あ、あの……そんなこと起こらないと思うから……篠原くん元気出して」
真剣に落ち込み始めた大樹を気遣う委員長の優しさが身に染みる。気を取り直してみる。
「楓もこういうところ見習ってほしいよね。……っていうか打ち上げって、あの……」
「決まってるじゃん。球技大会の。この休みの間にクラスで集まって親睦を深めたんだよ」
「……初耳なんですけど」
大樹はがっくりとうなだれた。このまま横になってしまいたい。教室の床だろうがどこだろうか知ったことか。
というか、ちょっと本気でショックだ。その打ち上げに関する連絡すら大樹の元には届いていないのだ。自分の知らないところで、打ち上げ……。みんなだけ……。
「うう、あああああ……」
「はてしなく絶望しているようだけど、部活あったんでしょ? じゃあ参加出来ないじゃん」
「そうかもしれないが……一言くらい……」
そんな大樹と楓の会話が繰り広げられていると、おそるおそる委員長が前に出て、
「あ、あのね篠原くん? 今回はみんなの都合が合わなくて集まったのは十人程度なの。連絡のことだって、声をかけられる人をできる限り集めよう、みたいな感じで……」
「まあ、つまり誰も大樹のことが眼中になかっただけなんだけど」
「森崎さん!!」
楓の余計なひと言が大樹の心を正確に抉った。冗談抜きで膝をついてしまった大樹に、委員長は慌ててフォローを入れる。
「そ、そういえば篠原くん! 二日目、バドミントンの決勝に出てたよね!? 経験あったの!?」
「うん……中学のとき部活で……」
「あの試合、私も見てたんだけど、すごい接戦だったね! ハラハラしちゃって目が離せなかったよ」
「ほ、本当に……?」
正直なところ、情けない姿を見せてしまったと思っていただけに少し嬉しい。
大樹の瞳の光彩が戻ったことに気付いた委員長は、チャンスとばかりにさらに畳み掛ける。
「ほんとほんと! すごく格好良かった! 今も部活は続けてるのかな?」
「う、うん……! 今日も部活あるんだ」
「そうなんだっ! 頑張ってね、じゃあ私はこれで!」
チャイムが鳴ったことを合図に、委員長は足早に去っていく。大樹も自分の席に戻ろうとして、しばらく会話に入ってこなかった楓の存在を思い出す。
「どやあ」
楓からの反応は、さっき蹴られた脛をもう一度蹴ってくるという非道なものだった。
◆
「楓、悪いんだけど、ちょっと付き合ってくれない?」
「ごめんなさい。私には心に決めた人がいるの」
「いや、そっちじゃないけど!? 相談室に行きたいんだよ!!」
昼休み。大樹が一緒に楓と昼食をとろうとして無下にも断られ、ぼっち生活に逆戻りだと嘆いているとなんだかんだで楓から誘われ――といつも通りの会話を終えたところで、大樹はそう切り出した。
球技大会のときのように、二人が今いるのは中庭だ。通常授業のある今日は、大樹たちの他の生徒の姿も見受けられる。
「だいたい何しに行くの? 流石のかなたさんも、友達の作り方は教えてくれないよ?」
「ことあるごとに俺をぼっちに仕立てあげるのは止めてほしいけど……。確かに結城さんに用がある」
「いってら~」
「おい」
楓の腰は相当重いようで、動く気は全くなさそうだ。それどころか体を横にして腕を組んで枕のようにする。
……別に楓にどうしてもついてきてほしいわけではないので、大樹は一人で相談室を目指すことにした。
前回行ったときの道を思い出しながら進む。相談室への利用は少ないためか、場所は校舎の端に位置している。ようやく部屋の前までたどり着いたがここまで誰にも遭遇しなかった。
「失礼しまーす……」
ドアを横にスライドして中を見ると、目的の人物は確かにいてくれた。
「神谷くん。何度も言っていますが、ソファに寝るのは止めてください。眠たいのなら保健室へ……」
「………くかー」
「そんなバレバレな寝言を聞かせるくらい嫌なの?」
「ダメだよ、かなたん。神谷くんがこうなったらまともに話してくれないから。放っておくのが一番だよ」
「紅葉ちゃん……。いえ、一瞬だけ納得しかけましたが、あなたも何食わぬ顔でお菓子を食べるのは止めてくれないでしょうか。菓子くずがこぼれますし」
疲れた顔で額を押さえるかなた。相当やつれているように見えるが大丈夫だろうか。
大樹が入ってくる音に気付き、かなたと紅葉は顔をこちらに向けたが神谷は微動だにしなかった。
かなたは無難に軽く会釈してくれたが、紅葉の反応は顕著だった。頬が上気し、口をパクパクと動かし何かを言おうとしている。
「あの……! 君、あのときの……! ち、違うんだよ、私たち何も変なことしてないから!!」
「わ、分かりましたから!! ちゃんと分かってますから!!」
藍咲学園三年生、桜庭紅葉が詰め寄る度に大樹はその勢いに圧されて後退する。ただし、凄まじかったのは勢いだけであり、その身長は大樹の胸のあたりよりも低い。まるで小学生みたいだ。
「ほ、本当!? 誰にも言わない!?」
「い、言いません」
「こ、これあげるから……! この件は内密に……!」
パニックに陥りながら渡してきた紙袋を受け取る。中を確認するといくつかドーナツが入っていた。甘くて香ばしいにおいが大樹の鼻孔を刺激し、ご飯を食べた後だというのによだれが出てきた。
「お久しぶりです、篠原くん。その後調子はどうですか?」
「どうもです。まあ、ぼちぼち……というか。休み中は忙しくて」
「そ、そういえば、えっと……篠原くん? だっけ? どうしてここに?」
紅葉に軽く自己紹介しておく。律儀にも紅葉はそれに応じてくれた。
「はい。ちょっと結城さんにお願いがあって」
「私? ……ふふん、任せてください。二十四時間三百六十五日、私は誰からの相談でも受け付けます」
またパクリか……大樹は苦笑して、そして真剣な表情で話し出した。
「単刀直入に言います。バドミントン部の顧問になってください」




