「蒼斗だよ」
せっかくテスト終わったのに文化祭忙しい書けない……。
とは言ってみたものの。
今日が初日である大樹にはそんな余裕はなく、今はとにかく目の前の部員たちの迫力に怖気がつかないようにすることに必死だった。
部員も全員揃い、いよいよ活動開始――となったのだが、姫川から自己紹介をするように言われ、こうして大勢の前に立つことになったのだが。
……すごく、多い。
なんだこれは、まるで教壇に立っているみたいではないか――と思い、さっと人数を確認してみると、おおよそ四十人。クラスが一つ編成出来てしまう数だ。
声が裏返ってしまわないように、一度咳払いをする。
「え、と……一年A組の篠原大樹です。よろしくお願いします」
どうやら、これだけ人数がいても大樹と同じクラスの部員はいないようだ。というか、一年生はあまり見かけられず、先輩の数が圧倒的に多い。……それも男子の。女子は姫川を合わせても十人に満たないのでは……?
そんな時、一人の男子部員と目が合った。そして思わず口を開けたまま硬直してしまった。それは相手も同じようだった。
まさか……同じ学校に来ているとは。
大神蓮。
中学時代、大樹とはしのぎを削り合った選手だ。団体戦のシングルスで何度も試合をした。彼の得意技はスマッシュで、それだけなら全国選手のレベルとなんら遜色ない速さを有していた。当時の大神にとっても、スマッシュは絶対的な武器であり打てば必ず決定打となるほどだった。
そんな彼に一泡吹かせたのが、大樹だった。
彼の必殺技だったスマッシュを難なく返球し、それどころかそのレシーブで得点を決めるパターンすらあった。
しかし、だからといって大樹が毎回勝てたということはなく、次の試合では大神が勝つこともあり二人の間には実力差はほとんどなかった。そんな調子で勝ち負けを繰り返した。
まさに、ライバルと呼べる存在であった。
「はい、それじゃ、篠原くんは新一年生と同じメニューを。大神くんは私たちの方の練習に入って」
姫川の言葉に、大樹は回想の世界から帰還する。そして、あとになって今のセリフが頭の中で反芻された。つまり、大神はその実力を示し、先輩たちと同じ練習に合流しているということだ。相変わらず、実力は健在のようだ。
それぞれの部員が自分の持ち場へと向かっていく。大樹も、他の一年生についていく。そして、大神の横を通り過ぎるとき、
「篠原大樹……」
いきなり大神の手が大樹の肩を強く掴み、強制的に足が止まる。その顔を見ると険しい表情をした大神が、それこそスマッシュのように鋭い視線を大樹にぶつけていた。
「後で俺と勝負しろ。シングルス、一ゲームでいい。試合練のときに」
「まあ……いいけど」
返事が曖昧になってしまったのは、一年生にそんな勝手なことが許されるのか判断しかねたからだ。大神にその辺の躊躇は見られなかったが、果たしてどうなのだろう。
「今度こそ、捻じ伏せてやる……!」
大神蓮は、そう言って宣戦布告をしてきた。
◆
大神のことは気掛かりだが、今は自分の練習に集中だ。
約二十人近くの大所帯を伴って学校の外に出た大樹たちには、まずランニングの指示が与えられた。この藍咲学園の周りをぐるりと十週するらしい。
それを終えると今度は中庭に連れていかれた。楓と一緒に来て昼飯を食べて以来だ。ここは部活動で使われる時もあったのか。次のメニューは筋トレだ。腹筋、背筋、腕立て、スクワット……それらを三十回ずつ五セットほど回す。
ここまで来ると、だいぶ疲れが溜まってきた。少しずつ高度を増していく太陽の熱にやられて汗がべっとりとにじむ。嬉しいことにすぐに休憩時間に入ってくれたので少し水分を補給する。次はダッシュをするらしい。
そして、ふと、疲れが一時的に解消された大樹はあることに気付いた。
雰囲気が悪い。
二年生だか三年生だかが、大樹たち一年生をまとめてくれている。ちゃんと指示は的確に出しているし、声も出ていないわけではないのだが……どこか、殺伐なものを感じる。彼らの顔色を窺ってみると、あながち間違っていないことも分かる。ギスギスとした空気がそこには蔓延していた。
「っていうかさー」
誰かが――おそらく二年生が、気だるげな口調で口を動かした。彼は近くの部員に、
「俺ら、いつになったらコートに入れるの? まだまともに打ったことなくね?」
「それな。姫川、マジふざけんな」
「いい加減にしてほしいよねー」
……なるほど。そういう理由か。
彼らはコートに入ってシャトルに触れることが出来ないことに不満があるようだ。だが、これに関して彼らに賛同することは出来そうにない。
運動系の部活に入ってしまった以上、実力で待遇が決まるのは大樹の感覚では当たり前のことだ。先輩と後輩の上下関係がここよりも厳しいところはいくらでもあるだろう。むしろそんな理由でこの空気を生み出していることにふざけるなと言ってやりたい。怖いから絶対に言えないけれど。
「でも、まあ、俺、正直バドミントンに興味ないし」
は?
今、何と言ったのだろう。自分の耳が正常なのだとしたら、聞き捨てならない言葉が聞こえてきたと思うのだが。
「いや、そりゃそうでしょー」
「誰がこんな地味なスポーツ好き好んでやるんだよ」
「こんなの真剣になるとか、頭おかしいんじゃね?」
いや、あまりにも不可解過ぎる。バドミントン部のくせにバドミントンを否定している。じゃあ彼らは一体何のためにここにいる?
その答えは、次の瞬間にもたらされた。
「朝日さんがいるから、入ったのにさー」
月夜の名が出たことに大樹はひどく動揺した。そんな大樹の様子に気付くこともなく、先輩たちは続けた。
「そうそう! ほんと可愛いよなっ!!」
「可愛いっていうよりかは、綺麗っつーか美人って方がピッタリじゃね?」
「あー、ちくしょー。お近づきになりてー」
「てめえじゃ無理だろ」
その時、大樹の心には様々な感情が渦巻いていた。どう整理をつけていいか分からないそれは、次第に激しく胸の中で暴れ始めた。
バドミントンを悪く言われた。それに携わる人たちを否定した。月夜がいるから部活に入って、それでこの体たらくなのか?
ついに大樹の堪忍袋の緒が切れ、声を荒げようとしたその瞬間、
パン、パン、と手を叩く音が響く。
おしゃべりに夢中になっていた男子も咄嗟に音源の方へ視線が吸い寄せられる。そして彼らの顔が急激に青ざめた。
「はいはい、そろそろ休憩は終わりね。次はダッシュからだよね?」
「め、珍しいっすね……、相馬さんが二軍の指導係にくるのは……」
「たまにはこっちにも来て、ちゃんとやっているかどうか見ていないといけないからね」
それまで弛緩していた場の雰囲気が一気に締められたのがわかった。みんな、持ち場に戻っていく。
相馬遥斗。人の良さそうな顔をしておきながら、実に強い影響力を持った人物だ。本当に鶴の一声のようだった。
「篠原くん、君もね」
「は、はい……」
今になって思う。あのまま自分の感情に従ってあの先輩たちに噛みついていたら、ややこしいことになっていたのではないかと。中学時代はそれで失敗したというのにこれではあの頃と何も変わらないじゃないか。結局ちっとも成長していない。大樹は自己嫌悪に襲われた。
「相馬さん、そろそろ俺らも」
「ああ、うん。そうだね」
相馬の背後から誰かの声が聞こえた。今まで気が付かなかったが、相馬とは別のもう一人の指導係だ。大樹や相馬よりも頭一つ分くらいは高く、くせのある髪質だ。実に端正な顔つきを――と、そこでその人物に見覚えがあることを大樹は思い出した。
「神谷さん、何してるんですか?」
球技大会の一日目、あの相談室で出会った三年生の先輩だ。前回も感じたように、羨ましい高身長と容姿だ。男性の大樹でも、思わず惚れ惚れとしてしまう。決してホモではないことを先に言っておくが。
「ん? 誰?」
しかし、返ってきた言葉はすげないものだった。もしかして忘れてしまっているのだろうか。
「あー、えっと、確かに自己紹介はしてなかったような気がしますね。相談室で一度会っているはずなんですけど」
それでもまだ、芳しい反応は見られない。神谷は首を傾げたまま唸って、必死に思い出そうとしている。仕方ないので、大樹は決定打となる言葉は使うことにした。
「先輩は、桜庭先輩と仲が良いですよね?」
相談室の管理人、結城かなたから受けたアドバイスだ。神谷は紅葉――同じく三年生の先輩である桜庭紅葉のことになると対応が顕著になるはずなのである。
「……ああー、なるほど」
ゆえに、ようやく自分のことを思い出してくれたのだと、大樹は確信しほっと胸を撫で下ろす。
だが、またしても、次の展開は大樹の予想を裏切る形となった。
「それ、俺じゃないな」
「えっ」
じゃあ先日、自分が見たものは何だ。全く同じ姿をしているというのに、どうにも同一人物とは思えなくなってきた。世界には自分と同じ顔の人物が三人いると言われているが、まさかそれがこんな狭い範囲で発揮されたのか。そうでなければドッペルゲンガーか。もしそうなら近々襲われてしまうのでは――とそれは自分には関係ないことだった。
などと思考が暴走した大樹だったが、神谷の補足は実に現実的であり得そうな話だった。
「兄弟なんだよ。あっちが兄貴」
「……途中からそうじゃないかって気付いてましたけどね。双子ですか」
それくらい似ているのだが。
「それ、よく言われるけど、学年は一つ違うし俺は三月生まれだから実質的には二つくらい離れてる」
「もういいかな?」
ある程度の会話が成されたところで、相馬が割り込んできた。忘れかけていたが、今は練習中なのだった。大樹は慌てて相馬たちに頭を下げると皆のところを戻っていく。
「あ、そういえば、先輩の名前を教えてくださいよ!」
「忙しいやつだな、お前……。蒼斗だよ。神谷蒼斗だ。」
「俺、篠原大樹です! これからよろしくお願いします!!」




