「どこも同じなんですね」
なんか、ラブコメっぽい文章を書いていると、唐突に虚しさに襲われるんですけど、何故でしょうね(泣)
その翌日の五月四日は、いよいよバドミントン部に参加する日だった。
月夜から現部長である姫川真琴に事前に連絡が入っているはずだ。大樹は部活のメンバーと顔合わせをすることに緊張と興奮を感じて昨夜はあまり眠れなかったが、寝起きの気分は意外と悪くない。
「………」
そして、すぐに視線は隣に置かれたラケットに吸い寄せられる。昨日、家に帰ってから、ことあるごとに触れてみては素振りを部屋の中で繰り返して感触を確かめた。新しいものを買うと気分が昂揚するように、大樹のテンションもハイな状態だった。
軽い足取りでリビングに出て、まだ一人も起きていない家族のために朝食を振舞おうと意気込んでいたのだが、大樹は思わず「おおっ!?」と驚愕の声を上げた。
どういうわけか、篠原大樹の実の父、篠原直樹が俯せに倒れている。まるで殺人事件に遭遇したような心持ち……でもないが、念のため脈をとって生存確認くらいはしておく。
「父さん。おーい」
「……おう、愛すべき俺の息子よ……。俺の息子はもう限界だ……」
どうやら相当疲れているようだ。普段の父親はこんなふざけたことは言わない。冗談の一つも言わない真面目な、悪い言い方をすれば面白みの欠片もないのが篠原直樹という人間なのである。
……まあ、昨夜の事情を察すればそれも仕方のないことだが。
「父さん。高校生の息子にこんなことを言わせないでほしいんだけど」
「……なんだ」
「昨夜はお楽しみでしたね」
「ああー……」
昨日、大樹が出掛けていくときに大樹の母親が言っていたこと。それはどうやら実行されてしまったらしい。
大樹が家に帰り、久しぶりに家族全員揃っての食事を楽しんだ後、大樹の両親は早々に寝室に引っ込んでいった。
そこからは……本当に凄かった。一体どんな戦いが繰り広げられていたのか、時折聞こえてくる直樹の断末魔に似た悲鳴と実の母親の歓喜に染まった嬌声が交錯し、それは日付が変わるまで続いていた。
どうやら今回も、先に根を上げたのは直樹の方らしい。
「まったく。おかげで全然寝られなかったよ」
本当は全然違う理由なのだが。
「紗季は……」
「さあ? あいつのことだから、気になりつつも耳栓でもしながら寝たんじゃない?」
両親が寝室に向かうと紗季は『ねえ、お兄ちゃん、いつも思うんだけど、お母さんたちは部屋で何してるの? 怖い映画でも見てるの?』などと聞いてきた。世界の神秘を未だに知らない無垢な妹には適当なことを言って誤魔化しておいたが、内心冷や汗が止まらなかった。
「ああー、本当に疲れた。ただでさえ仕事でつらいのに家に帰ってまで体力削られるってどういうことだよ」
「お疲れー、そういや、いつまで残るの?」
「もう今日中には出るよ。大樹、母さんをよろしく頼む」
「そう言うと思って、俺は今日部活に行く予定を入れておいた」
「卑怯だぞお前!?」
毎度毎度、いやだ、離れたくない、などと駄々をこねる面倒に構わなければならないこっちの身にもなってもらいたい。
「そんなこと言ってもいいのか」
「な、なんだよ急に」
「楽しみにしていろ。そのうち弟か妹ができるから」
「はあ!? おいやめろよ!! くだらない嫌がらせは止めてちゃんとゴムをつけろ!! 命を粗末に扱っちゃいけないように、簡単に命を作っちゃ駄目だろ!!」
恐ろしい悪巧みに肝が冷えそうだった。そして、もし新しい家族ができた場合、その世話は100%大樹に回ってくるので何としても回避したい。
「だ、大ちゃーん……?」
大きな声を出し過ぎてしまったのか。不安を孕んだ母親の声が鼓膜を震わせる。振り返るとそこには下着姿の母親が涙目でこちらに向かってくるところだった。実年齢よりも若く見えるせいか、こんな妙に色気のある人物が自分の母親だとは思えない。
「な、直樹さんを知りませんか? 起きたらいなくて……もしかしてもう出てしまったのでしょうか……」
鼻声で泣きそうになりながら、大樹を見据える。あまりにも悲痛なその表情に耐えることなど出来るわけもなく無言で直樹を指差す。その瞬間、母親の目にハートマークが浮かんだ。
「直樹さん!!」
直樹の姿だけを捉え、一直線に想い人の元に飛び込む。直樹はその突然の衝撃によっていとも簡単に押し倒された。
「もうっ! 何も言わずにいなくなったら駄目ですよ?」
「あ、ああ、それはすまなく思って……って、待って! 脱がないで! 大樹がそこにいるから! 見られるのはさすがにアウト過ぎるから!」
「……あ、お邪魔なら部屋に戻っているけど」
「お前冷静だな!?」
目の前で年甲斐もなくイチャつき始めたバカ親を放置して、大樹は部活への準備を始めることにした。
◆
軽く腹を満たし、家族にも食事を用意すると大樹はラケットバッグを背負って学校へ向かった。
バドミントン部は第二体育館での活動を主としており、中の様子は学校の玄関を抜けた先で覗くことが出来る。
「もう人がいる……」
練習開始時間の一時間前だが、そこには既に練習に励んでいる男女の姿があった。もちろん見覚えがある。先日の球技大会で大樹と共に激闘を繰り広げた姫川真琴と相馬遥斗だ。そしてそこから離れたところには月夜もいた。
「センパイ……」
練習相手がいないせいだろう。月夜はコート上でフットワーク練習していた。それは中学時代の彼女と全く変わらない。いつでもどこでも、馬鹿みたいに頑張る彼女の雄姿はこれでもかという程にこの目に焼き付いている。あんな風になりたいとどれだけ望んだか分からない。
更衣室に行き、急いで着替えると大樹は体育館に足を踏み入れた。
三人の視線の集中砲火を受け、大樹は萎縮してしまう。しかし、すぐに月夜は柔和な笑みを浮かべ、姫川達もラリーを中断して手招きした。
「やあ、きたね」
「どうも」
気さくな話しかける相馬に大樹の緊張も少しだけほぐれてくる。
「あの……今日は、よろしくお願いします」
「ああ、そんなに固くならなく大丈夫だよ? 楽しんでいってほしいな。ねえ、真琴?」
姫川に同意を求める相馬に返ってきたのは、彼女の鋭い視線だった。思わぬ反応に相馬はたじろぐ。
「あの……真琴? 目つき怖いってば。どうしたの?」
「もう何度も言っているんだけど、人前では名前を呼ぶなって何でわかんないの」
「いいじゃん、別に。今更でしょ?」
「よくない。これ以上、相馬くんと変なうわさをされたくないし」
「変なうわさって何?」
にやけた顔でそう問いかける相馬に、姫川は「うっ」と言葉を詰まらせた。彼から表情が見えないように髪で隠しながらぼそぼそと口ごもる。
「……や、だから……」
「うん」
「そ、相馬くんと……その、付き合っているんじゃないか、って……みんなに言われる」
そこまで聞くと、相馬は満足そうな顔を作りながら高らかに拳を掲げると、
「よしっ」
「よ、よしじゃない!!」
姫川は真っ赤になりながら叫んだ。
「真琴。そろそろ僕と付き合う気はない?」
「ちょっと!? や、やめてってば本当に!! しかもこんなところで!!」
姫川は大樹の方をちらちらと見ながら、彼を気にするような素振りを見せる。
大樹はふむ、と意味深に頷く。
「つまり、姫川先輩も相馬先輩が大好きだと」
「えっ!? な、何を言っているんだ君は!?」
「お、篠原くんはよく分かっているね!」
「相馬くんまで悪ノリしないでよ!!」
茶々を入れて逃げる相馬に掴みかかろうとする姫川。そんな二人を見ていると、家でのバカップルと何故か重なる。家でも外でもカップルが存在するというのは、独り身にとってはつらい。なんか泣けてくる。
今まで静観を貫いていた月夜に話しかける。
「なんだかんだで、やっぱり姫川先輩も少なからず想ってますよね。センパイもそう思いますよね?」
「えっ、篠原くん。あの二人ってそういう関係だったの?」
「はい!?」
あれ、どういうことだ。目の前のこれは日常茶飯事ではないのか?
「え、センパイ、こういうこと、前にも見たことありませんか」
「あるわ。いつもこんな感じよ」
「それで気付かなかったの!?」
「今、気付いたわ」
「……今までわからなかったと」
「高度に隠蔽されているわね」
「誰が見ても分かりますけど!?」
おそらく月夜のことだ。周りの人間事情などさほど気にならないのだろう。やはりこういう色恋沙汰には興味がないのか……。それは少し残念に思わなくもない。
事態が収拾すると、姫川は疲れた様子ながら大樹に親切に部活について教えてくれた。
練習日や活動場所のことから始まり、一年生の心構えを語った。活動開始時間よりも余裕を持って、ネットなどの準備をすること、先輩へは挨拶を欠かさないこと、周囲を観察して気配りを怠らないことなど……正直これらのことは中学時代に運動部に所属していた大樹にとっては当たり前のことで今更言われるまでもなかった。
「それと……ウチの部活は人数が多い関係でコートが足りないから。いくら経験者って言っても、中々打たせてあげられないかもしれないけど……そこは理解してくれる?」
「? この部活、そんなに人数多かったんですか」
それは……普段の大樹らしくないかもしれないが、やる気が漲ってくる。バドミントンに関してなら、そう簡単に負けるつもりはないし、努力は最大限する。
「そう。やる気もないくせに入ってきた、この部活には必要ない連中が多い」
一瞬、何かの聞き間違いかと思った。だがいくら待っても姫川が今の発言を撤回してくる様子はない。姫川は諦観が宿った瞳をして俯いている。
「こらっ」
「いたっ」
相馬の手刀に、姫川は頭を押さえて彼にジト目を向ける。
「いきなり感じ悪いよ、真琴」
「名前で呼ばないで。それと事実でしょ」
相馬はそれに対して否定をしなかった。それはすなわち肯定を意味していると大樹は感じ取っていた。この部活がどんな問題が抱えているのか、大樹にはちっとも分からないが、だがそうなると――
「もしかして、俺、あまり歓迎されてない……?」
ぽつりと漏れた呟きに相馬は大袈裟に感じてしまうほど動じて、
「いやいや!! そんなことないよ、僕は君みたいな人が来てくれたことを嬉しく思って――」
「正直、君の言う通り」
「ちょっと黙ろうか、真琴」
姫川の口を押さえようと伸ばされた相馬の手を、彼女は払いのけた。結構強い力が込められていたのか、渇いた音が体育館中に響いた。
「君はそうではない、と願っているけれど」
そう言い残して姫川は背を向ける。練習に戻るようだ。相馬は文句がありそうだったが、溜息をついて「本当にごめんね?」と一言大樹に詫びて彼女についていく。
彼らの後ろ姿を見届けていると、後ろから月夜に肩を突かれる。
「あの、篠原くん……」
相馬と同じで、今の姫川の態度に思うところはあるのだろう。だが、
「姫川部長のことを……悪く思わないで。確かに言葉はひどかったけど……でも……」
「大丈夫です。気にしていません。というか――」
そこで大樹の言葉が途切れる。
姫川に言われたことは本当にインパクトが凄まじかった。普通なら、萎縮してしまうか、逆に反感を抱いたりするものなのだろうが、大樹はその二つとも違っていた。
共感してしまって、いた。
あの疲れ切った表情と、何かを諦めたような瞳が……どうしようもなくあの頃の自分に似ている。良かれと思って行動しても、ちっとも上手くいかない。もがいて、足掻いて、苦しんで、独りで抱え込む。
あれは、昔の自分だ。
「――どこも同じなんですね、部活ってものは」
もし仮にあの頃に戻ったとしたら、そのとき自分は上手くやれるだろうか。そんな話を考えても仕方ないのだが、だけど、それでも――
彼女を少しでも支えたい、と本気で思った。
友達が姫川真琴さんのイラスト描いてくれたので載せます!
もぉー! 超可愛い! ありがとう!




