「中身も可愛いっすね」
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これからも頑張ります!
「いやあ……よく寝た」
「違う! それは映画館を出て三秒後の感想じゃ、絶対にない!」
あくびを噛み殺す楓に、すかさずツッコミを入れる。両隣から女の子が寄り掛かってくるという、夢のようなイベントを消化した後だというのに、大樹は不満さを隠そうとはしなかった。
「なんで感想を共有出来る人が誰もいないんだ……」
大樹が恨みがましく呟くその横を、「あの場面の主人公、めっちゃかっこよかったねー」などと語り合いながら通り過ぎていく人たちが少し羨ましい。本当にいい映画だったのに。最後なんて泣きそうになったほどだというのに。
楓がこんな調子なのとは対照的に、月夜はしきりに謝ってきた。
「ご、ごめんなさい、篠原くん。私が誘ったのに……」
本当に申し訳なさそうに言ってくるので、大樹としても段々落ち着かなくなってくる。
「い、いや、大丈夫ですよ、全然。今日、買い物に付き合わせたのは俺の方ですし……きっと疲れていたんですよね?」
昨日、あれだけの試合をこなしておきながら、月夜なら帰った後でもまるで試験を間近に控えた受験生のような勢いで勉強していそうだ。映画に来たのも、月夜が気を遣った結果だろう。大樹に月夜を非難できる道理はないようだ。
「あっ、ねえ。せっかくだし昼飯食べない? 朝日先輩も」
「えっ? あ……そうね。森崎さん」
急に話しかけられるとは思っていなかったのか、たじろぎながらも月夜はなんとかそう答えた。楓も、一度眠ってしまったことでスッキリしたのか、さっきまでのぎこちない態度は見られない。
楓の提案に乗っ取り、三人はファミレスに寄った。道中、なんでもないように大樹は振舞っていたが、実は内心でひどく緊張していた。中学時代から親しい月夜や、クラスで気楽に話せる楓が一緒だが、誰かとどこかで食事をとるのは家族を除くとほとんど経験がない。変な失敗をしてしまわないか、気が気でなかった。
ファミレスに到着し、四人席に案内された。女性陣にはソファに座ってもらい、注文のためにメニューを手に取るが、何を頼めばいいのか。ここでがっつり肉系の料理を選ぶのは気が引ける。ちらりと周囲を窺い、大樹たちと同じ高校生くらいの集団を発見した。テーブルには少し大きめのピザが置かれている。……あれはちょっとやめておこう。
大樹は結局、この店で一番人気のあるドリアにした。月夜はたらこソースのかかったパスタ。そして楓は――
「あー、えっと。とりあえずチーズハンバーグと若鶏の盛り合わせ。ライスも付けてください。あとほうれん草のソテーと……あ、このポテトも! それから後でデザートも追加するんで。ドリンクバー三つお願いしまーす」
オーダーを受け取った店員が遠ざかっていく。大樹と月夜は口をあんぐりと開けたまま、茫然と楓を凝視する。
「ん? 何?」
「いや、お前、俺より頼んでね!? 見た目によらず意外と大食漢か!?」
「おいおい、大樹。女子は小食だなんてただの幻想だよ? みんな、こういう場では気を遣って『それらしい』メニューを『それらしく』頼むけど、実は大食いだったり変な好みとかあったりするもんなの。ね、朝日先輩?」
「え、えっと……」
どう答えていいのか分からず、月夜は視線を逸らす。
「そんなものか?」
「だから大樹もそんなきょろきょろと周りを見てないで、頼みたいやつにしておけばよかったのに」
「なんで気付いてんだよ」
「あ、それは私も気付いた」
「……俺、そんな挙動不審でしたか」
月夜にまで指摘されたことでちょっとへこみながらも、三人はそれぞれ自分のドリンクバーを取りに行く。再び席に戻って一息ついたとき、それがまるで必然であるかの如く、沈黙が舞い降りた。
「………」
「………」
「………」
口下手な大樹、普段から口数の少ない月夜、そして空気を読もうとしない楓。楓はともかく、大樹と月夜の視線は交錯を繰り返している。三人寄れば文殊の知恵とはよく言うが、この三人が集まってもどうにもならない。リア充どうこう以前の問題として、少しは場を繋ぐコミュニケーションくらいは身に付けておきたいと、大樹は切に願った。
「ねえ、大樹」
「! な、なんだ?」
そんな雰囲気に気を遣ったわけではないかもしれないが、話題を提供してくれるならこの際何でもいい、と大樹は食いついた。楓はつまらなそうにケータイをいじりながら、
「なんか面白いこと話して」
「出来るならやってるわ!」
パタン、と閉じたケータイをバッグにしまった楓は頬杖をついた。
「さっきから何か居心地悪いんですけど。別に気を遣うような仲でもないでしょ」
「俺とお前は確かにそうかもしれないが、センパイにとっちゃほぼ初対面だろ? いくら同じ中学っていってもさ」
「えっ、そうだったの?」
ここで初めて月夜がアクションを見せた。やはり月夜も気付いていなかったか。同級生の大樹でさえ、そうだと知ったときは驚いた。月夜は中学生のとき、容姿や学力、部活と様々な方面で有名人だったため、彼女は知らない人から声をかけられることが珍しくなかった。
「ごめんなさい、そうとは知らず……」
「いえいえ、むしろ知らなくて当然ですよ」
隣の月夜に愛想笑いを浮かべる。
「あ、っていうか、こうして二人でデートしているってことは、ようやく付き合うことになったんですかね? やったじゃん大樹。彼女ゲット~」
ニヤニヤとした顔つきで親指を立てる楓に……、大樹と月夜は一気に顔を赤くした。
否定したいのだが、焦り過ぎて上手く口が回らない。それは月夜も同じようだった。
今更なのだが、大樹は自分と月夜の関係性を不思議に思い始めていた。明らかにこれは、普通の先輩後輩の仲に留まらない。十五年というこれまでの短い人生の中で、ここまで多くの時間を共に過ごしてきたのは、実は一時期付き合っていた彼女の方ではなくて月夜の方なのだ。しかもついさっき、月夜のことをそういう対象として意識してしまったがために、この感情にどういう落としどころを見つけていいのか分からなくなっていた。
黙ったままの二人に、楓は事情を察したらしく険しい顔つきになった。
「嘘だッ!!」
ちっとも惨劇の予感はないが、質問攻めにはされるだろう。案の定、楓は大樹と月夜を見比べながら、動揺を抑えるように言葉を紡ぐ。
「えっ、おい、こら。マジで? なんで? これ何? デートじゃないの?」
「そ、そんなわけないだろっ! もう一度バドミントン始めることにしたし、今日は買い物に付き合ってもらっているだけだ! ですよねセンパイ?」
「え、ええ……。映画はついでだから……」
「うがー!!」
突如、楓が自分の髪を掻きむしって身を乗り出したかと思うと、ぼさぼさな髪型のまま早口に捲くし立ててきた。
「じれったい!! 少女マンガの住人かアンタら!? もう半分付き合っているようなもんだろ、これ!!」
「お、おい楓、落ち着け。頼むから」
変に探られることよりも、今は周囲から受ける痛い視線の方が気になる。
おとなしく席に収まった楓はドリンクバーを飲み干すと。
「まるで奥手を絵に描いたみたい」
呆れたように溜息をこぼすのだった。
◆
料理が運ばれてきてからはそれぞれの食事に集中していたため、会話がなくても変に気を遣う必要はなかった。一品ずつしか頼んでいなかった大樹と月夜はすぐに自分の皿を空にしたが、楓はまだ食べ続けている。だが、すごい勢いで平らげていくので、そこまで待つ心配はなさそうだ。
「すげえ食べっぷりだな」
「まあね。高校生になるまで外食はめったにしなかったし。体に悪いっていうけど、ファストフードとか超美味いじゃん?」
楓は最後のポテトを口に咥えると、呼び出しボタンで再び店員を来させてデザートを持ってくるように言った。
「家の料理しか知らなかった私的には、レボリューションだったわけよ。ここまで美味いものがあったのかと」
「まるで田舎から出てきた人みたいな感想だな」
「仕方ないでしょ、確かに東京には住んでいるけれど、家がそういうことに厳しかったし。もし仮に東京の魅力を教えろと言われても、私は何も話せないよ」
「あ、俺も」
思わず笑みがこぼれてしまう。自分以外にもそういう人間がいたことにほっとしてしまった。
「何笑っているの? キモいよ?」
「いちいち俺を罵倒しなきゃ気が済まないのか、おい」
このやりとりも、もう定番になりつつある。ほんの数日しか関わりがなかったのに、ここまで心を許せる友人が出来たことを、今更ながらに大樹は感謝した。ただし、本人には絶対に伝えるつもりはない。茶化してきそうだから。
「……二人って、中学の頃から仲良かったの?」
それまで聞き役に徹していた月夜がそんなことを聞いてきた。大樹は首を横に振って、
「いえ。実はこうして話すようになったのは球技大会からなんですよね。それからこんな調子で話すようになりました」
「別に仲良くなんてないっすよ。大樹は私の友達ではなく、ただのパシリですから」
「おい、やめろよ。一回それっぽいことした記憶があるんだが。えっ、俺パシリだったの?」
不安げに尋ねる大樹を、軽くあしらう楓。そして二人揃って笑い出す。今のも冗談だったのだろう。こんな風にふざけたり出来る二人の関係性を月夜は羨ましく思った。
「いいなあ……」
おもむろに小さく呟かれた言葉は、大樹には聞こえなかった。隣に座っていた楓が軽く肘で小突いた。
「朝日先輩って、見た目だけじゃなくて中身も可愛いっすね」
「うぅ……」
この子には、多分全てを見透かされている。その上で今のような発言をされると、同性といえども少々気恥ずかしいものを月夜は感じた。
「ん? 何話してんの?」
「いや、べっつにー? ただ、やっぱり大樹には勿体ないかなあ、なんて」
「は?」
そこに丁度パフェがやってきて、大樹は楓に追及するタイミングを失った。
◆
「それじゃ、私はこれで。お邪魔しましたー」
ファミレスを出ると、楓はそう言い残して去っていった。
大樹と月夜も本来の目的を果たすために、ラケットショップに戻る。張られたガットを確認し、用具関連のものを一気に購入する。その際、結局ラケットバッグも買ってしまった。両手を塞がれた大樹に、月夜が「少し持つ?」と申し立ててきたが、丁重に断らせてもらった。
帰りの電車に揺られ、地元の駅に到着する。
「今日は、本当にありがとうございました。楽しかったですね」
「どういたしまして。私も楽しかった」
まだ時刻は午後の三時だが、もうやることもなくなってしまったので、これで解散となる。大樹は重たい荷物をしっかりと抱えながら、
「明日も……楽しみにしています。また学校で」
「うん、待ってるから」
大樹は跳ねるような足取りで自宅へ向かっていった。




