第3 運命の選択
1月30日。今日は俺の誕生日である。
志乃がぜひお祝いしたいと言ってくれて、今日のお店も予約してくれた。
このギリシャ料理のお店、見覚えがある。前回の人生でも俺の誕生日を祝うために志乃が手配してくれたお店と同じだ。
そして前回の人生では、この店で選択を迫られ、俺が選択を間違えて、志乃を失ってしまった。
二度とあんな思いをするのは嫌だ。だから今回は絶対に間違えない。
「昌平くん、これ、誕生日プレゼント。25歳おめでとう」
「ありがとう!」
この紙包みも見覚えがある。中身は銀座の鳩居堂で買った万年筆のはずだ。
「えっ、あっ、やった!これ欲しかったんだ~。これで仕事の時も愛しい志乃のことを思い出せるよ」
「またそんなこと言っちゃって~。最近そっちのキャラの方が板についてきちゃったけど、前は『へえ、ありがと』くらいの塩対応だったじゃん。調子狂うな~」
そんなことを言いながらコロコロ笑う志乃はすごくかわいい。
これから5年、10年、15年、ずっとこの笑顔を見ながら一緒に暮らしていきたい。そう思わせてくれる。
スパークリングワインで乾杯して、グリークサラダ、チーズ、ムサカと次々と運ばれてくるギリシャ料理に舌鼓をうっていると、少しずつ志乃の表情が強張ってきた。
いよいよだ。彼女はあれを言い出すつもりに違いない。
俺は覚悟を決め、彼女の言葉を待った。だけど今回の彼女は、なかなか言い出さない。そして、デザートのアイスとギリシャコーヒーが運ばれてきた時、ようやく彼女が口を開いた。
「……ちょっと、相談に乗って欲しいことがあるんだけど」
俺は黙ってうなずき、彼女が話しやすいように軽く微笑んだ。
志乃は安心したのか、そこからは滑らかに言葉を紡いだ。
イタリアに留学している彼女の弟がイタリアで交通事故を起こしたこと、事故の相手は亡くなりはしなかったけど長期の入院が必要で、弟さんが医療費を全額負担しなければいけないこと、もし払えなければ弟さんが逮捕され刑務所に入らなければならないこと……
志乃がすべてを語り終えた時、その瞳には涙が浮かんでいた。
「それで、いくら必要なの?」
「弟の弁護士からは、日本円で1000万円必要って言われてる……。あたしも必死でお金をかき集めてるけど、もう両親も他界してて、親戚とも疎遠で……。それで少しでも昌平くんが貸してくれないかなって……ごめんね。厚かましいよね。でも他に頼れる人がいなくて……」
彼女の言葉に俺は黙って腕組みした。
いよいよ運命の選択の時が来た。
前回の人生では、志乃のお願いをにべもなく断った。
当時、さすがに1000万円は持っていなかったけど、貯金をはたけば数百万円くらいは出せたはずだ。
だけど、俺は断った。ケチでお金が惜しかったのもあるけど、金策を断ったくらいで志乃がいなくなってしまうなんて思いもしなかったからだ。
でも、断った次の日、志乃は俺の前から姿を消した。
『もう夜の世界で働いて体で払うしかない。昌平くんに迷惑かけられないから、もう連絡しないことにするね』
そんなメッセージだけ残して音信不通になってしまった。
あの時、俺がお金よりも志乃が大事だと言っていれば、志乃は夜の世界で体を売る必要もなかった。もう二度と会えなくなるなんてこともなかった。
だから今回の俺の答えはもう決まっている。
「銀行口座、前に聞いたところでいい?」
「えっ?」
俺は戸惑う志乃を無視して、黙ってスマホを操作した。
「いま1000万円振り込んだから。これで弟さんを助けてあげて」
「……昌平くん!!」
口を手で覆った志乃の目は真っ赤で、そして熱を帯びていた。
「志乃にはずっと俺と一緒に生きて欲しい。家族になって欲しい。だから、志乃の弟にも俺の家族になって欲しい。家族を助けるためなんだから当たり前だよ」
「昌平くん、ありがとう。私も昌平くんと一生一緒にいたい」
泣き崩れる志乃の姿を見ながら、机の下で拳を固めた。
やった。これで志乃と一緒に人生を歩める。
ニート対策の神様、ありがとう!
ぜひお礼を言いたいけど、もう会う機会はないだろう。だから、せめて今度神社でお賽銭をはずんであげよう。




