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第2 運命の相手との再会

 ニート対策担当の女神様に24歳の頃に戻してもらった俺は、銀座にある高級イタリアンでそわそわしながら待ち人を待っていた。


「待ち合わせまであと2分……」


 いつも時間に正確な彼女のことだ。今日も待ち合わせの時間通りに来ることはわかりきっている。


 だけど僕は落ち着けない。気ばかり焦ってしまう。 だって、彼女に会うのは10年ぶりだから。


 来たっ!!


 ボーイに案内された白いワンピースの女性の姿が見えた瞬間、思わず椅子から跳ね上がった。椅子がガタリと大きな音を立てて静かな店内に響き、周囲の注目を集めてしまう。


「どうしたの?昌平くん?」


 僕の前までゆっくりと優雅に歩いて来た彼女は、呆然とする僕の姿に驚いたのか、チャーミングポイントのアーモンドアイを見開いている。


「会えて嬉しい……ずっと会いたかった……」


「えぇ~!?先週会ったばかりじゃない?どしたの急に?」


 彼女はけげんそうな表情をしながら、でも小さな声で「あたしも会いたかったよ、昌平くん」と小さな声で囁いてくれた。


 それだけでぐっと胸が締め付けられる。彼女の鈴を鳴らすようなかわいい声。懐かしい!

 まさかもう一度聞ける日が来るとは思わなかった。


 彼女の名前は、田上志乃。俺が24歳の頃、半年だけ付き合った恋人。


 わずか半年だけで終わってしまったけど、彼女のことは、その後長く……いや、今でもずっと引きずっている。


 彼女ほど好きになれそうな人は、その後二度と現れなかった。FIREを果たし悠々自適の生活になってからも、ふと何気なく彼女のことを思い出して、虚空に向かって「志乃」と呼びかけてしまうこともあった。


 FIREをしてからの灰色でつまらない日々も、志乃がいてくれたらもっと色づいていただろうに。


 もしあの時、俺が選択を間違えていなければ、今ごろは志乃と結婚して、子どももいる幸せな家庭を築けていたかもしれない……。毎日、決まってそんな後悔をしていた。


「どうしたの?昌平くん」


「あっ、ごめん。思わず志乃の姿に見とれちゃって……」


「ちょっと、今日は何があったの?いつもそんな嬉しいこと、お願いしても全然言ってくれないのに…」


 志乃は頬を染め、はにかみながら少し責めるような視線を送ってくる。


 志乃がこんな表情をする理由もよくわかる。24歳の頃の俺は未熟で、女性との接し方を誤解していた。


 恋愛は惚れた方が負け。

 追いかけるよりも追われる方が有利になれる。


 そんな誤った考えから、恋人に対して愛情を言葉にすることは一切しなかった。


 志乃のことも、ちゃんと、いやそれまで出会った誰よりも断然好きだったけど、そんな俺の本心を知られないよう必死で隠していたくらいだ。


 そんな俺の独りよがりで斜に構えた態度が彼女との関係を冷え込ませる一因になるなんて、当時はまったく気づいていなかった。


「考えてやっと気づいたんだ。志乃みたいな素敵な人が俺と付き合ってくれるなんて、どれだけ幸せなことか……。だからそれをちゃんと言葉にして伝えたい」


「もう、どうしたのよ!からかってるの?」


「いや、違うって。これからは志乃への気持ちを素直に表現しようって思っただけ」


「ふ~ん……」


 志乃は頬を膨らませながらそっぽを向いてしまった。だけど、口元のにやつきが隠せていない。


「そういえばさ……昌平くんが予約してくれた今日のお店、なんかいつもと違って高級じゃない?あたし、今日はあんまりお金持ってきてないんだけど、大丈夫かな…?」


「ああ、大丈夫。今日は俺が払うから」


「えぇっ?いったいどうしたの!?」


 志乃が驚いたのも無理はない。24歳の頃の俺は、はっきり言ってケチだった。


 外資系金融機関に勤めていたから給料は安くなかったけど、就職した当初から一刻も早く1億円貯めてFIREして悠々自適に暮らすことだけを夢見ていた。


 だから、1円でも支出を減らそうと、志乃とのデートも大衆的な居酒屋が定番だったし、しかもいつも割り勘にしていた。


 こんな俺だったから愛想を尽かされても仕方ない。むしろよく半年も続いたもんだ。


「俺にとって何が大事なのかをよく考えたんだ。それで気づいた。お金よりも何よりも志乃の方がずっと大事だって。だから生き方を変えようと思って。これからは大好きな志乃に喜んでもらえるよう頑張るよ」


「昌平くん……」


志乃が潤んだ瞳でじっと俺を見つめる。

よかった。俺の言葉が志乃の心に刺さってくれたようだ。


 こうやって志乃の心を離さない努力をしよう。それで、来るべきあの選択の日に間違えなければ、きっと志乃との幸せな未来が待っているはずだ。


 思惑どおり、この日以後も志乃との関係は順調だった。


 以前の斜に構えた姿とはうって変わって、急に愛情をストレートに表現するようになった俺に対し、志乃はしばらく半信半疑で戸惑っていた。


 だけど続けていくうちに徐々に信頼してくれたみたいで、俺の前で安心したようなリラックスした表情を見せてくれるようになった。


 前回の人生ではこんな顔を見たことなんてなかった。


 今日も俺の部屋、俺の胸の中で、安心しきった顔で「ふにゃ~」とつぶやいている。そんなかわいらしい表情を見ると、思わず強く抱きしめてしまう。


「くるしいよ~。どうしたの?」


「ううん、なんでもない。そうだ。夏休みに一緒にイタリアに行かない?」


「イタリア?」


「ほら、弟さんがミラノで建築デザインの勉強してるんでしょ?弟さんに会いに行って、ついでに観光とかさ……」


「う~ん……」


 喜んでくれるかと思ったけど、意外にも渋い表情。


「お金のことなら僕が払うから大丈夫だよ。志乃は弟さんの学費も支援してるし大変でしょ?」


「ええっ、それは悪いよ……」


「いいって。二人だけの家族でしょ?顔見せに行ってあげなよ」


 志乃のご両親は、もうだいぶ前に他界したと聞いている。残されたご家族は弟だけ。そのたった一人の弟は、現在イタリアに留学中で、その費用は志乃が支援しているとか。


「……やっぱり、いいや。弟も忙しいみたいだし。でもありがとね。昌平くん、そんなにあたしのことを考えてくれて……あたしのこと好き過ぎか~?」


「そうだよ~。志乃のこと好きが過ぎるから~!!」


「ぎゃ~、くすぐるのやめて~」


 ベッドの上で笑い転げる志乃の姿を見て幸せに溺れながらも、俺は来るべき選択の日、俺の誕生日のことを考えていた。


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