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第3話 財団の人間が「天才だ」と言い始めた件

自由研究を提出しました。

数ヶ月後。

財団からスカウトが来ました。

主人公は、

「普通のことしただけなんだけど」

と言っています。

周囲はだいぶ困っています。

特に御堂先輩が困っています。

よろしくお願いします。

 翌朝、俺は手紙を三回読み返した。


 一回目は「なんかの間違いだろ」と思って読んだ。

 二回目は「やっぱり間違いだろ」と確認するために読んだ。

 三回目は「……本当に俺に来てる」と諦めて読んだ。


 封筒の差出人は《国立青少年科学振興財団(こくりつせいしょうねんかがくしんこうざいだん)》。

 宛名には、紛れもなく「神木透 様」と書かれていた。


 内容をざっくり要約するとこうだ。


 ――先般、○○高等学校より提出された自由研究レポート「局所的気流の乱れが花粉分布に与える影響の定量的考察」を拝見しました。その着眼点と分析手法は非常に独創的であり、当財団の研究顧問一同、大変興味を持っております。つきましては、詳細についてお話を伺いたく……。


 俺はレポートを書いたことを思い出した。


 去年の夏。毎年花粉症に苦しむ母さんのために、「なんで同じ場所でも花粉が多い日と少ない日があるんだろう」と思って調べ始めたやつだ。

 結局、建物の配置と風の流れで局所的に花粉が溜まるポイントがあることがわかって、「じゃあそれを数値で出してみよう」と思って計算した。


 そしたら思ったより長くなって、提出したらそのまま忘れてた。


 普通のことをしたつもりだったんだが。


「透〜、朝ごはんできてるよ〜」


 一階から母さんの声がした。

 俺は手紙を机の引き出しに入れて、階段を下りた。


---


 学校に着いたら、まず御堂先輩を探した。


 いや、別に探したわけじゃない。

 手紙のことを誰かに相談したくて、でも友達に言っても「は?」ってなるだけだし、昨日スカウトしてきたのが御堂先輩だし、生徒会に行けば会えるかな、と。


 そういう、なんとなくの判断だ。


 朝のホームルームまで十五分ある。

 生徒会室は三階の北側。


 廊下を歩いていたら、


「神木くん」


 声が飛んできた。


 振り向くと、御堂鈴音みどうすずね先輩がちょうど生徒会室の扉を開けようとしているところだった。

 昨日と同じ制服なのに、なんか今日は朝日が横から当たってて、髪が少し光って見えた。


 ……別に、そういう話じゃないんだけど。


「ちょうどよかった。昨日の続き、少し話せる?」


「俺もそれで来たところです」


 先輩が少し目を細めた。

 怒ってるわけじゃなくて、なんか、考えてる顔だった。


「そう。じゃあ入って」


---


 生徒会室は朝だから誰もいなかった。


 先輩は窓際の椅子に座って、俺は反対側に座った。

 机を挟んで向かい合う形になる。


「昨日、財団のこと言ったじゃないですか」


「言ったわね」


「家に帰ったら手紙が来てました」


 先輩の眉が、わずかに上がった。


「……もう?」


「もう、って?」


「財団が動いたってこと。あそこ、普通は問い合わせだけで三ヶ月かかるって聞いてたから」


 俺はよくわからなかったので首を傾けた。


「それって、早いってことですか?」


「異常に早い」


 先輩はそう言って、少し黙った。

 窓の外では朝の風が校庭の木を揺らしていた。


「手紙、持ってきた?」


「あ、はい」


 俺はカバンから封筒を出した。

 昨日もう一度入れておいたやつだ。


 先輩は受け取って、丁寧に折り目を開いて読み始めた。

 読みながら表情が変わった。

 最初は無表情で、途中で少し眉が寄って、最後に静かに息を吐いた。


「神木くん」


「はい」


「これ、うちの学校の先生たちは把握してる?」


「……え? わかんないです。学校に届いたなら先生が転送してくれたんだと思うんですけど」


「そうね」


 先輩はもう一度手紙を見て、


「担任の先生に話してみて。もしかしたら学校側にも連絡が行ってるかもしれない。で、どう動くか決まったら私にも教えてくれる?」


「俺の自由研究の話なのに、なんで先輩が関係するんですか?」


 俺が素直に聞いたら、先輩がまた少し目を細めた。

 今度は怒ってる顔に見えた。


 けど、次の瞬間には普通の顔に戻ってた。


「生徒会の仕事として、って言えばいい? 外部機関との連携案件は生徒会を通す慣例があるから」


「そういうものですか」


「そういうものよ」


 先輩が立ち上がった。タイミングよくチャイムが鳴り始めた。


「行って。あと神木くん」


「はい」


「先生に話すの、今日中にね」


 命令なのに、なんか自然に「わかりました」って返してた。


---


 一限目の授業中、俺はぼんやり考えた。


 財団ってなんだろう。

 詳しくないけど、要するに「すごい研究をしてる機関」だろうか。


 俺のレポート、そんなにすごかったか?


 自分では「母さんが花粉症なので調べてみた」という動機で書いた。

 数式を使ったのも、「言葉だけだと曖昧だから数字で出した方がわかりやすいな」と思ったからだ。

 グラフを入れたのも、「視覚的な方が伝わるから」というだけ。


 普通の話じゃないか?


 隣の席の田中が消しゴムを落としたので拾って渡した。

 田中が「さんきゅ」と言った。

 それだけのことがあって、俺はまた考えに戻った。


 昼休みに先生に話そう。


---


 担任の江藤先生は三十代前半の数学の先生で、常に少し眠そうな顔をしている人だ。


 昼休みに職員室に行ったら、弁当を食べかけで書類を見ていた。


「神木か。どうした」


「財団から手紙が来たんですけど」


 江藤先生が顔を上げた。

 眠そうな目が少し開いた。


「……財団?」


「はい。国立青少年科学振興財団、というところから」


 俺が封筒を出したら、先生は弁当を脇に寄せて受け取った。


 読みながら、先生の眉毛の位置が段々上がっていった。


「神木、これ……本物か?」


「多分、そうだと思います」


「お前、去年の自由研究……あれ、そういうレベルだったのか」


「普通に書いただけなんですが」


 先生が俺を見た。

 なんか変な顔してた。


「学校側にも連絡来てるはずかなって思って確認に来たんですが」


「来てる。校長のとこに来てる。俺もさっき聞いた。だからなんか処理しないといけないと思ってたんだが、当人が来るとは」


「どうすればいいですか」


「……お前は本当に、何も思わないのか」


「何が、ですか」


 先生が深く息を吐いた。


「財団が来るんだぞ。高校一年生のレポートに。普通はびっくりするもんだろ」


「びっくりはしました。ただ、どうすればいいかがわからなくて」


「……そうか」


 先生はしばらく黙ってから、


「ひとまず校長に話を通す。多分、財団との窓口は学校側でやることになるから、お前は返事の文面だけ一緒に考えてくれればいい。連絡が来たら呼ぶから、昼休みは職員室に来られるか?」


「はい」


「わかった。今日は戻っていい」


 俺は一礼して職員室を出た。


 廊下に出たら、なんか壁に寄りかかって腕を組んでいる人がいた。


「……先輩、なんでここにいるんですか」


 御堂鈴音先輩が、俺を見て小さく頷いた。


「話せた?」


「はい。校長にも連絡が来てるそうです。窓口は学校側でやってくれるって」


「そう」


「先輩、聞いてたんですか」


「まさか。ちょうど通りかかっただけ」


 そう言いながら先輩は歩き始めた。

 自然な感じで、俺も並んで歩いてた。


「財団との話、どうなるかわかる? 先輩は詳しいって言ってたので」


「詳しいわけじゃないけど。去年、他校の生徒がスカウトされた話を聞いたことがある」


「スカウト?」


「財団付きの研究員になった子がいて。高校生なのに論文書いて、今は大学と提携してる」


 俺はそれを聞いてもあまりピンと来なかった。


「俺の話だと、そこまでいかないと思いますけど」


「なんで?」


「花粉の研究なんて、誰でも調べたら出てくることじゃないですか」


 先輩がまた止まった。


 今度は俺の方を正面から見た。

 目が真剣で、俺はなんか背筋が伸びた。


「神木くん、一個聞いていい」


「どうぞ」


「自分のレポートが普通じゃないって、本当に思わない?」


「……思わないですね」


「どうして」


「疑問に思ったことを調べて、数字で確認して、まとめただけですから。それって、普通の手順じゃないですか」


 先輩がまた変な顔をした。

 何か言いかけて、やめた。


「……そう」


 それだけ言って、また歩き始めた。


---


 その日の放課後、先輩に「時間ある?」と聞かれた。


 別に急ぎの予定はなかったので「あります」と答えたら、「生徒会室においで」と言われた。


 行ったら、昨日と違って副会長の佐々木先輩と、書記の一年生の女子がいた。

 女子の名前は確認してなかったけど、俺と同じクラスの宮沢さんだと後で気づいた。


「神木くん、こっち」


 先輩に促されて奥のデスクの横に椅子を出してもらった。

 先輩はデスクに向かって座って、俺は横に座った。


 机の上にはなぜかレポートのコピーがあった。


「これ、改めて見てほしいんだけど」


「俺のレポートですね」


「昨日も言ったけど、財団が注目したのはここの部分だと思う」


 先輩が赤ペンで囲んだのは、俺が「計算の途中で気になったから」と入れた補足の数式だった。


「この式、どこかで学んだの?」


「いえ、計算してたら自然にこうなったので」


「……自然に」


「なんか、既存の式だと値がずれる気がしたので、修正してみたら合うようになりました」


 先輩は赤ペンを置いた。


「神木くん、この式ね」


「はい」


「偏微分方程式の変形なの」


「はあ」


「大学一年生が習う内容よ」


「そうなんですか」


「それを、なんとなく導いたって言ってる」


「……まずかったですか」


 先輩が額に手を当てた。


 副会長の佐々木先輩が、遠くから「御堂、大丈夫か」と声をかけた。

 先輩は「大丈夫です」と返した。


「まずくはないわ。むしろ逆。財団が注目したのはたぶんそこなの」


「なるほど」


「なるほど、で終わらないでほしいんだけど」


「でも俺には、どうして大学の内容なのかがよくわからなくて」


「……そうよね。わからないと思う」


 先輩は少しため息を吐いて、俺の方を向いた。


「ねえ、神木くん」


「はい」


「一個お願いがあるんだけど」


「なんですか」


「財団との話が進んだとき、一人で対応しないでほしい。私に声をかけて」


 俺は少し考えた。


「それって、生徒会の仕事として、ですよね」


「……そう」


「わかりました」


 先輩がまた変な顔をした。


 なんか今日一日、先輩に変な顔をさせてばかりいる気がした。


「俺、何か変なこと言いましたか」


「別に」


「先輩、さっきからよく『別に』って言いますね」


「……うるさい」


 でも怒ってる感じはしなかった。


 宮沢さんが書類のファイルをガタッと落として、「す、すみません」と言った。

 佐々木先輩が「落ち着けよ」と言った。

 俺はよくわからなかった。


---


 翌日の朝、担任の江藤先生に呼ばれた。


「校長から話が来た。財団との窓口を担当する教員が決まって、来週、学校で面談をやりたいって連絡があった」


「面談ですか」


「財団の人が二人来るそうだ。お前と、あと学校側の人間で話をしたいって。当日、俺も同席するから」


「わかりました」


「……本当に動じないな、お前は」


「動じた方がいいですか」


「普通の高校一年生はもっとびっくりするか、有頂天になるか、どっちかだと思うんだが」


「俺は普通の高校一年生なので、どちらかになるべきですかね」


 先生が俺を見て、何か言いかけてやめた。

 最終的に「いや、いい。来週の火曜日空けておけ」と言った。


 俺は「はい」と答えて教室に戻った。


---


 昼休み、食堂に行こうとしたら廊下で御堂先輩とばったり会った。


「ちょうどよかった。面談の日程、決まった?」


「来週の火曜日です。先輩には関係あるんですか」


「生徒が外部機関と面談するときは生徒会に知らせる慣例があるから」


「……先輩、さっきもその言い方をしてましたよね」


「してないわよ」


「昨日しました」


「……気のせいよ」


 俺は少し考えた。


「先輩、もしかして心配してますか」


 先輩が止まった。


「してないわよ」


「してる感じがします」


「してない」


「俺がうまく対応できるか、とか」


 先輩がまた俺を見た。

 今度はさっきまでと少し違う顔だった。


 なんか、ちょっとだけ困ってる顔に見えた。


「……そう見える?」


「見えます」


「そう」


 先輩は少し視線を外して、校庭の方を見た。


「まあ、多少は」


 小さく、でもはっきりそう言った。


「別に、心配しなくていいと思いますけど」


「どうして」


「俺が変なこと言ったら先生が止めてくれるだろうし、先輩もいれば尚更じゃないですか」


「私は外部との面談には入れないわよ。生徒会でも直接は無理」


「そうなんですか」


「そう」


 俺はそれを聞いて少し考えた。


「じゃあ、終わったら報告します」


「……うん」


「その方が先輩も把握できるので」


「そうね」


「食堂行くので」


「……行きなさい」


 先輩の声が少し低かった。

 なんかいつもより柔らかい気がした。


 俺は食堂に向かいながら、なんで声のことを気にしたのか、少し不思議に思った。


---


 来週の火曜日。


 放課後、小さな会議室に通された。


 財団から来たのは二人だった。

 一人は五十代くらいの男性で、スーツに名刺を持っていた。名前は《浅野顕一あさのけんいち》先生といって、財団の主任研究員だった。

 もう一人は三十代の女性で、《田村真帆たむらまほ》さんといって、広報と連絡担当らしかった。


 江藤先生と俺が向かいに座って、校長先生も後ろの椅子にいた。


「改めまして、神木透くんですね」


 浅野先生が俺を見た。

 目が、なんか鋭かった。


「はい」


「レポート、拝見しました。非常に面白かった」


「ありがとうございます」


「あの分析手法、どうやって考えたの?」


 俺は正直に答えた。


「母親が花粉症なので、なんで日によって症状が違うのか気になって調べ始めました。計算してたら式が合わなくて、修正したら合うようになって、それがレポートに入った感じです」


 浅野先生が田村さんを見た。

 田村さんが少しメモを取った。


「学校で偏微分を習いましたか?」


「いえ」


「独学で?」


「したつもりはないんですが……結果的にそうなったみたいです」


「先生に指摘されるまで知らなかった?」


「昨日、生徒会の御堂先輩に聞かされました」


 浅野先生が少し笑った。

 なんか静かな笑い方だった。


「神木くん、一つだけ聞かせて」


「はい」


「これ、楽しかった?」


 俺はその質問を少し意外に思った。


「…………はい」


「どこが?」


「計算が合ったときが、一番楽しかったです。あと、式を修正したら値が綺麗に出たときも」


「なるほど」


 浅野先生はそう言って、資料をめくった。


「うちの財団で、高校生向けの研究補助プログラムというのをやっています。年に一回、選考を経て数名に研究費と指導員を提供するものです」


「はあ」


「今回、神木くんに参加を検討してほしいと思っています。強制じゃない、あくまで検討ね」


「……俺でいいんですか」


「なんで良くないと思うの?」


「花粉の研究なんて、もっとちゃんとやってる人がいくらでもいると思って」


 浅野先生が再び田村さんを見た。

 二人が無言で何かを確認し合う感じがした。


「神木くん、自分のレポートを過小評価してないかい」


「そうは思ってないんですが」


「うちの研究員の中にも、あの式を思いついた人間はいない。そこは知っておいてほしい」


 江藤先生がとなりで「ほらみろ」みたいな顔をしてた。俺は見ないようにした。


「検討、してみます」


「期限は一ヶ月後。家族とも相談して。書類はこちら」


 田村さんから分厚い封筒を受け取った。


「あと一つだけ」


 浅野先生が立ち上がりながら言った。


「次に何か疑問に思うことがあったら、そのまま手を動かしてみて。あなたには、その方が合ってると思うから」


 俺は「はい」と答えた。


 何がそんなに面白いのかは、正直よくわからなかった。


---


 会議室を出たら、廊下に御堂先輩がいた。


「……先輩、また廊下にいますね」


「たまたまよ」


「今日で三回目ですが」


「気のせいよ」


 先輩が封筒を見た。


「何か渡された?」


「研究補助プログラムの案内です。参加を検討してほしいって」


 先輩の目が少し変わった。

 なんか、驚いてる顔に見えた。


「……それ、本格的なやつじゃない」


「詳しいんですか」


「少しだけ。そのプログラム、毎年全国から百人以上が応募して三人しか選ばれない」


「そうなんですか。で、俺はまだ選ばれてないんですけど」


「でも案内が来た」


「来ましたね」


 先輩がまた変な顔をした。


 俺は思ったことを素直に言った。


「先輩がいなかったら財団の手紙を読んで終わってたと思います。先生に話しに行ったのも先輩が言ったからで、面談に向けていろいろ調べてくれたのも先輩ですよね」


「……別に」


「ありがとうございます」


 先輩が俺から視線を外した。

 廊下の窓の向こうを見た。


 夕方の光が差してて、先輩の横顔が少し赤く見えた。

 夕日のせいかな、と思った。


「……お礼なんてしなくていい。生徒会の仕事だから」


「そうは言っても、俺個人としては助かってるので」


「そう」


 先輩がまた俺を見た。

 今度は少し長く、俺の顔を見てた。


「神木くんって、計算は得意なのに、人の気持ちを読むのは苦手ね」


「そうですか? 苦手というより、あんまり気にしてないだけだと思いますけど」


「それを苦手って言うのよ」


「なるほど」


「……なんか腹立つ」


「すみません」


「謝らなくていい」


 先輩が歩き始めた。

 また自然に俺も並んでた。


「プログラム、受けてみたら」


「検討します」


「絶対受けた方がいい、と私は思う」


「先輩がそう言うなら、受けてみようかな」


 先輩が止まった。


「……今の、どういう意味?」


「どういう意味って、先輩が言うなら信用できるってことですけど」


「なんで私を信用するの」


「最初から、俺のことを面白がってる感じがしないので」


 先輩が静かにこちらを向いた。


「……どういう意味?」


「なんか、俺が変なことをしてる、という目で見てる人と、ただ俺のことを見てる人の違いがあって、先輩は後者な気がして」


 先輩がしばらく俺を見た。


 何も言わなかった。


 長い沈黙の後に、


「……また変なこと言う」


と、小さく言った。


「変でしたか」


「変じゃない」


 先輩が歩き始めた。

 今度は俺よりやや速かった。


 三歩分くらいの間があいて、先輩が振り向かずに言った。


「プログラム、決まったら教えて」


「わかりました」


「絶対ね」


「はい」


 先輩の背中が廊下の角を曲がって見えなくなった。


 俺はしばらくそこに立っていた。


 別に、理由があるわけじゃない。

 ただ、なんとなく、すぐに動く気になれなかった。


 夕日が廊下に伸びていた。


---


 帰り道、俺は封筒を持ちながら歩いた。


 研究補助プログラム。

 財団の面談。

 御堂先輩。


 全部、自由研究のレポートを書いたことから始まった話だ。

 母さんの花粉症を調べようと思っただけなのに。


 俺が普通じゃないのか、それとも世界が変なのか、よくわからない。


 でも一個だけわかることがある。


 今日の、廊下での御堂先輩の顔。

 あれはなんか、普通じゃなかった気がする。


 夕日のせいじゃないなら、なんだろう。


 答えは出なかった。

 俺にはそういうことを考えるより、数式の方がずっとわかりやすい。


 家に帰って母さんに封筒を見せたら、「透ちゃんすごい! お母さん、うれしい!」と泣いた。

 俺はタオルを渡した。


 夜、机に向かいながら俺は思った。


 プログラムに応募しよう。

 御堂先輩が言ったから。

 それだけの理由で、なんとなく、決めた。


 でもまあ、なんとなく、が俺の全部だから。


 それでいいと思う。


 今のところは。


---


≪次回予告≫


研究補助プログラムに応募した神木透。

審査が通った、という連絡が届いたのは、応募から三日後のことだった。

財団担当の浅野先生から「もう一人参加者を紹介したい」と言われ、指定された場所に向かった透が見たのは──


 「また会ったね、神木くん」


 先輩が、なぜか財団の建物の前にいた。


**第4話「財団に呼ばれた俺の隣に、なぜか先輩がいた件」**


---

今回の神木透。

・自由研究を書く

・財団に見つかる

・大学レベルの式を作る

・でも本人は「普通」だと思ってる

だいぶ厄介です。

そして御堂先輩は、

たぶん今後どんどん苦労します。

頑張ってください。

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