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第2話 生徒会室に呼び出された俺、どうやら「改革者」と呼ばれていた件

神木透、

またやらかします。

本人は何もしていないつもりです。

でも、本人だけが普通だと思っている、

無自覚天才系青春ラブコメ(?)第二話です。

よろしくお願いします。

朝のホームルームが終わった瞬間、俺の机に一枚のメモが置かれていた。


 白くて綺麗な紙に、几帳面な文字でこう書いてある。


『放課後、生徒会室まで来てください。

         生徒会長 御堂鈴音りんどうすずね


「……なんだこれ」


 俺は思わずメモを裏返した。

 裏は何もなかった。


 つまりこれは本物の呼び出しで、俺は何もしていなくて、でも呼び出されていて、意味がわからない。


 神木透かみきとおる、高校一年生。

 クラスの中で最も空気に近い男。


 昨日から俺の日常がおかしい。

 なにがどうなってるんだ。


---


 隣の席の羽鳥さんが、俺のメモをチラッと見て目を輝かせた。


「神木くん! 鈴音先輩に呼ばれてる!」


「……うん」


「わかる? 鈴音先輩だよ? 生徒会長の! 学校一の才女で、モデルのバイトもしてて、全国模試で学年一位を何度も取ってる、あの御堂鈴音先輩だよ?」


「……うん」


「なんで平静なの!?」


 いや、平静というより、俺にはそもそも動揺する理由がわからない。

 何かしたっけ。

 何もしてない。

 それなのに呼ばれる。

 意味がわからないから、むしろ静かになる。


 これは俺の処世術だ。

 意味がわからないことに動揺してたら、体がいくつあっても足りない。


---


 昼休み、俺がひとり購買のパンを食べていると、今度は別の方向から声がかかった。


「神木くん、これどうぞ」


 振り返ると、クラスの中で断トツに目立つ存在、白石詩織しらいしおりが弁当箱を差し出していた。


 白石さんは「学校一の美少女」という称号を去年から一年連続でクラス投票で獲得している女の子だ。

 長い黒髪が綺麗で、制服の着こなしが完璧で、笑うと周囲の男子が全員フリーズする。

 そんな彼女が、なぜか俺に弁当箱を差し出している。


「……これ、なんですか」


「お弁当。私が作ったやつ。神木くんっていつも購買のパンだよね。栄養が偏るかなって」


「いや、なんで俺に」


「昨日、神木くんに助けてもらったから」


 昨日。

 昨日の放課後。

 美術室の前で、白石さんが持っていた大量のスケッチブックを落としそうになっていたのを、たまたまそこを通りかかった俺が「あ、危ない」と言いながら受け止めた。

 それだけだ。

 ただそれだけのことを、俺はしただけだ。


「あれは別に……ただ通りかかっただけなんで」


「ふふ、神木くんはそういう人だよね」


 白石さんがにっこりと笑った。

 周囲の男子全員が石になった音がした。(比喩だが、実際に「ぐぇ」という声は聞こえた)


「どういう人ですか」


「何もないのに親切にできる人」


「……いや、あれは本当にたまたまで——」


「はい、受け取って」


 弁当箱を胸に押し付けられた。

 柔らかい感触と甘い香りが俺の鼻先をかすめた。


 俺の隣にいた男子が、弁当箱を受け取った瞬間に机に突っ伏した。

「神木……お前……」という声だけが聞こえた。


 俺にはわからない。

 何がそんなに衝撃的なのか。


---


 弁当の中身は唐揚げとだし巻き卵と白いご飯だった。

 普通においしかった。


 それだけだ。

 それだけのはずなのに、なぜかその場にいたクラスメイト十数名が「歴史的瞬間を目撃した」という顔をしていた。


 俺はわからないまま唐揚げを食べた。

 唐揚げはちゃんと唐揚げの味がした。


---


 放課後。

 俺は生徒会室の前に立っていた。


 生徒会室は校舎三階の端にある。

 普通の教室より少し小さくて、窓から見える景色が綺麗な場所らしい。

 俺は今まで一度も来たことがなかった。

 来る理由がなかったからだ。


 ノックする。


「どうぞ」


 静かで澄んだ声。

 ドアを開けると、窓際の席に御堂鈴音みどうすずね先輩が座っていた。


 一目見ただけで「この人は普通じゃない」とわかる雰囲気がある。

 背筋がまっすぐで、髪は完璧なポニーテールで、眼鏡の奥の瞳が静かに俺を見ている。

 なのに怖い感じはなくて、むしろ——


「来てくれたね。神木透くん」


「……はい」


「座って」


 示された椅子に座る。

 生徒会室には俺と鈴音先輩の二人しかいなかった。


「他の生徒会のメンバーは?」


「今日は私だけでいいから、席を外してもらった」


「……はあ」


「緊張してる?」


「してないです」


「そう」


 先輩が少し微笑んだ。

 俺はその笑顔の意味がわからないまま、とりあえず待った。


---


「単刀直入に聞くね」


 先輩が机の上に何かを置いた。

 見ると、一枚のアンケート用紙だった。


『学校生活に関する無記名アンケート』


 俺は見覚えがあった。

 先週、全クラスで回収されたやつだ。


「これは無記名アンケートなんで、個人は特定できないはずでは」


「普通はそうね」


 先輩がそのアンケートの一項目に指を当てた。


 設問の一つに、こんな問いがあった。


『学校の規則や制度で改善してほしいと思うものがあれば書いてください』


 そこに書かれた回答を、先輩が読み上げる。


「『廊下のゴミ箱の位置が遠すぎる。購買前に一個置けばゴミのポイ捨てが減ると思う』」


「……はあ」


「この回答、提出したのは神木くんでしょう」


「なんでわかるんですか」


「クラスの担任の先生に確認した。あなたは最後の一人で提出したから、念のため記録してたって」


 うちの担任、余計なことを——いや、担任は悪くない。

 普通そこまでするとは思わないだろう。


「……まあ、そうですけど」


「あの場所のゴミのポイ捨て問題、半年前から生徒会で議題に上がってたの。でも具体的な解決策が出なくて、ずっと保留になってたやつ」


「ゴミ箱一個置けば解決しませんか」


「解決した」


「え」


「昨日の放課後、購買前の壁際にゴミ箱を設置したら、今日の昼の時点でポイ捨てゼロ。購買のおばさんが喜んで私に電話してきた」


 俺はしばらく沈黙した。


「……それは、よかったですね」


「よかっただけじゃないのよ」


 先輩の瞳がまっすぐ俺を見ている。


「同じアンケートに、神木くんはもう二つ回答を書いてた」


「……覚えてないです」


「覚えてないの?」


「なんとなく書いた気がします」


 先輩がため息をついた。ため息もきれいだった。


 それから先輩は一枚の紙を俺に差し出した。

 そこには三つの項目が書かれていた。


 一つ目。

『廊下のゴミ箱の位置が遠すぎる。購買前に一個置けばポイ捨てが減ると思う』


 二つ目。

『図書室の開館時間が一律すぎる。朝と放課後で需要が違うはず。朝は短縮して放課後を延長する方が利用者が増えると思う』


 三つ目。

『体育の授業後に着替える時間が足りなくて、次の授業に遅れる生徒が多い。時間割上の移動時間を5分延長するだけで遅刻率が減ると思う』


 俺はそれを読みながら、記憶を掘り起こした。

 あ、書いた。確かに書いた。

 なんとなく気になってたことを書いただけで、別に深い意味はない。


「……全部、なんとなく思ったことを書いただけですけど」


「二つ目、図書室の話。これも昨日から試験的に導入することにした」


「え」


「朝の開館時間を三十分短縮して、放課後の閉館を四十五分延長する。今日一日でアンケートに協力してくれた生徒への『実験的運用』として始めたら、放課後の図書室の入場者数が過去最高だった」


「……あ、そう、ですか」


「三つ目の話は、今週中に教頭先生に提案するつもり」


 俺はしばらく黙っていた。


「……なんで俺を呼んだんですか」


「スカウトしに来た」


 先輩が静かにそう言った。


---


「生徒会、入らない?」


 普通の声で、普通の顔で、でも明らかに本気の目でそう言われた。


「……俺、何もしてないですよ」


「してる」


「アンケートに三行書いただけです」


「その三行で半年間解決しなかった問題が二つ消えた」


「……偶然じゃないですか」


「偶然でこのクオリティの解決策は出ない」


 先輩が腕を組む。


「正直に言うと、私も最初は疑った。たまたまかもしれないって。でも読んでて気づいたの。この三つの提案には共通点がある」


「共通点」


「全部、『コストをかけずに動線を変えるだけで行動が変わる』って発想で書かれてる」


 俺は黙った。


「ゴミ箱の場所を変える。図書室の時間を変える。移動時間を変える。どれもお金がかかることを一つも提案してない。人を変えようとしてなくて、仕組みを変えようとしてる。それが全部当たってる」


「……なんとなく、人に何かしろって言うより、そっちの方が楽かなって思っただけです」


 先輩がまた静かにため息をついた。


 今度のため息は、さっきとは少し種類が違う気がした。


「神木くんって、自分がやってることをわかってないの?」


「わかってないと思います」


「そう」


 先輩がまっすぐ俺を見た。


「行動経済学で言う『ナッジ理論』って知ってる?」


「知らないです」


「人の行動を命令や強制じゃなく、環境設計で自然に誘導する手法。世界中の政府や企業が採用してる考え方で、日本でも最近研究が進んでる分野」


「……はあ」


「神木くんが書いた三つの提案は、全部それ」


「……」


「無意識に?」


「多分」


 先輩が椅子の背もたれにそっと寄りかかった。


「天才って、こういうことを言うのかもね」


「違います」


「なんで言い切れるの」


「だって俺、何も考えてないんで」


「何も考えてないのに、これが出てくる」


「……それはたまたまです」


「じゃあ今、私からもう一個質問するね」


 先輩が机に両肘をついて、顎を乗せた。

 眼鏡の奥の目が静かに俺を見ている。


「この学校で、次に解決すべき問題は何だと思う?」


 俺は少し考えた。

 本当にただ、なんとなく考えた。

 学校に来るときのこと。廊下を歩くこと。授業を受けること。

 なんとなく「あ、不便だな」と思ったことを、なんとなく頭の中で整理して——


「……昼休みの教室の混雑ですかね」


「続けて」


「今、みんな昼休みに教室か購買かどっちかに集中しすぎてる気がして。校内に他に居られる場所が少ないから集中するんだと思って。空き教室の開放とかしたらどうですかね、週に一回でも」


 先輩の目が大きくなった。


「……それ、今考えたの?」


「今です」


「私が先週三日かけて考えて諦めた案だよ、それ」


「え」


「空き教室の管理責任の問題と、備品の管理の問題があって、実現が難しいって判断して一度保留にした案」


「……あ、じゃあ難しいんですね。すみません変なこと言って」


「難しいんじゃなくて、私が解決策を思いつかなかっただけかもしれない」


 先輩が身を乗り出す。


「管理責任と備品の問題、どうすれば解決できる?」


「……週一回、日替わりで生徒会の誰かが担当になって管理すればいいんじゃないですか。備品は基本的に持ち込み禁止にして、使いたいなら申請制にする。最初は一教室だけ、二週間のお試し期間をとって様子見る」


 三十秒の沈黙。


「……入ってくれる? 生徒会」


「いや、だから俺はただ——」


「お願い」


 先輩が頭を下げた。


 学年一位の才女が、空気男子の俺に頭を下げた。


 俺は心底、意味がわからなかった。


---


 生徒会室を出た廊下で、俺は壁に背中を預けてぼんやりした。


 どういうことなんだろう。

 俺はただ思ったことをアンケートに書いただけで、なんとなく聞かれたから答えただけで、何かすごいことをしたとは全く思っていない。


 でも先輩はすごく真剣な顔をしていた。


 いや、でも入るかどうかはまだ答えてないし、今日の話はそれだけで——


「神木くん!」


 廊下の向こうから声がかかった。


 見ると、体育教師の西条さいじょう先生が全力で走ってくるのが見えた。

 西条先生は去年まで実業団の長距離ランナーだったという、体育会系の塊みたいな先生だ。

 そんな先生が血相を変えて走ってくる。


「神木くん! 待ちたまえ!」


「え、俺、何かしましたか」


「した! 昨日した!」


 昨日。

 昨日?


「体育の授業で——」


 あ、思い出した。


---


 昨日の体育の授業。

 西条先生が「今日は50メートル走のタイムを計る」と言い出した。


 俺は体育は得意でも不得意でもない。

 普通に走って、普通のタイムが出る。それだけだ。


 問題は、走り方だった。


 俺の前の番で、クラスで一番足の速い田中が走った。

 田中の走り方を見て、俺は思った。

「あ、腕振りがちょっともったいない」と。


 俺はなんとなく、走り方について考えるのが好きだった。

 好きというか、ただ観察していると気になることがある。

 田中の腕の振りは肩から下だけで動いていた。

 肩甲骨を使えばもっとストライドが広がる気がした。


 で、俺は自分の番に、肩甲骨を意識して走ってみた。

 それだけだ。


 タイムが出た。


 西条先生が計測器を見て固まった。


 「6.8秒……?」という声がしたのは覚えている。


 あとで聞いたら、俺のタイムは学校記録に0.1秒差だったらしい。


 でも俺は普通に走っただけで、陸上の練習なんかしたことないし、意味がわからなかったから「へえ」と思っただけで帰った。


---


「神木くん! 陸上部に来てほしい!」


 西条先生が俺の前で立ち止まった。

 息がまったく乱れていない。流石元実業団。


「俺、陸上は——」


「わかってる! 未経験だろ! でも昨日の走りは違った! フォームが! あのフォームは何年も練習した人間じゃないと出ない! どこで習った!?」


「習ってないです」


「じゃあなんであのフォームが!?」


「肩甲骨使った方が走りやすいかなって思っただけです」


 西条先生が固まった。


「……肩甲骨」


「はい」


「独学で肩甲骨走法に辿り着いた?」


「走法とかじゃなくて、ただなんとなく」


「神木くん」


「はい」


「俺、陸上を二十年やってる」


「はい」


「肩甲骨走法にたどり着いたのは、競技歴十五年目だった」


「……そうなんですか」


「なんとなくで十五年分を超えた」


「……それはたまたまだと思います」


 西条先生が俺の両肩を掴んだ。


「入部してくれ」


「俺、帰宅部なんですけど」


「帰宅部から陸上部にランクアップする機会だ!」


「ランクアップって言葉の使い方が気になります」


「神木くん!」


「先生! 落ち着いてください! 俺、放課後やることあるんで!」


「やること!? 何をやるんだ!」


「生徒会の話を——いや、まだ決まってないですけど」


「生徒会!?」


 西条先生の目が輝いた。


「御堂先輩に呼ばれたのか!?」


「まあ……そうです」


「流石だ神木くん! 鈴音先輩に目をつけられるとはな! よし、入部届けはいつでも待ってるぞ! 生徒会と陸上部の掛け持ちも可だからな!」


「どういう条件ですか」


 西条先生が颯爽と走り去っていった。

 また息が乱れていない。


 俺はため息をついた。


 なんなんだ、今日。


---


「あのー、神木くん」


 今度は背後から声がした。


 振り返ると、眼鏡をかけた小柄な女の子が立っていた。

 一年B組の子だ。確か名前は——


水野みずのです、B組の。覚えてないよね」


「……ごめんなさい」


「いいんです。私、目立たないから」


 水野さんが両手で何かを持っていた。

 植木鉢だった。

 小さな鉢に、ちょこんと緑の草が生えている。


「これ、神木くんにあげたくて」


「……なんで」


「先月、図書室で一緒になった時に、神木くんが植物の本を読んでたから。植物好きかなって」


 先月、図書室。

 思い出した。

 植物の本を読んでいた。

 でもそれは、ただ手近にあった本が植物の本だったからで、特別好きというわけじゃ——


「このローズマリー、挿し木で増やしたやつなんです。元気に育てると料理にも使えるし、いいかなって」


「……ありがとうございます」


「喜んでもらえた!」


 水野さんがぱっと顔を輝かせた。


「あの、あとひとつ聞いていいですか」


「なんですか」


「神木くんって……どうして、いつも廊下歩く時に右側を歩くんですか?」


「え」


「私、毎朝同じ道を通るんですけど、神木くんっていつも廊下の右側の端ギリギリを歩いてて。なんか理由があるのかなって」


 俺は少し考えた。


「……右端を歩いた方が、人とぶつからないんで」


「え?」


「廊下って、みんな真ん中に集まりやすいじゃないですか。だから端を歩いた方がぶつからないし、流れに乗れる」


 水野さんが目を丸くした。


「……それ、私も試してみたら、すごくスムーズに歩けました」


「そうですか」


「毎朝ぶつかってた一年C組の男子とも、ぶつからなくなりました」


「それはよかったですね」


「神木くんって——」


「普通ですよ」と俺は言った。


 水野さんがもう一度だけ微笑んで、廊下を歩いていった。

 ちゃんと右端を歩いていた。


---


 俺は植木鉢を持ったまま、廊下に立っていた。


 ローズマリーは生き生きとしていた。


 生徒会の話。

 陸上部の話。

 弁当の話。

 ゴミ箱の話。

 廊下の歩き方。


 全部、俺は何もしていない。

 なんとなく思ったことを書いて、なんとなく考えて、なんとなく走って、なんとなく歩いただけだ。


 俺に才能はない。

 取り柄もない。

 顔は普通で、成績は中の中で、運動も中の中だ。


 なのになぜか周りが動いている。


 俺にはわからない。

 本当にわからない。


 でも——


---


「神木くん」


 また声がかかった。


 今度は生徒会室の方から。

 振り返ると、御堂先輩がドアから顔を出していた。


「さっきの空き教室の話、もう少し詳しく聞かせて」


「……まだ帰れないんですか、俺」


「私の話に付き合ってくれる代わりに、おすすめの本を教えてあげる。さっき図書室の司書さんから聞いたんだけど、神木くんって月に十冊以上借りてるらしくて」


「……司書さん、そんなこと教えるんですか」


「私が生徒会長だから教えてくれた」


「権限の使い方が気になります」


「入って」


 先輩がドアを大きく開ける。


 俺はため息をついた。

 ローズマリーの鉢を廊下の端に置いて(邪魔にならない場所に)、生徒会室の中に入った。


---


 部屋に入ると、さっきとは違う配置で、生徒会のメンバーが三人座っていた。


 全員が俺を見た。


「え、さっき『今日は私だけでいいから席を外した』って——」


「さっきの話が面白すぎて呼んだ」


「先輩!?」


「紹介する。副会長の大野おおのと、書記の松本まつもとと、会計の宮田みやた


 三人が「よろしくお願いします」と言った。

 俺は「よろしくお願いします」と言った。


「神木くん、さっきの空き教室の提案を、もう一度皆の前で話してもらっていい?」


「さっきと全く同じこと言うだけですけど」


「それでいい」


 俺は仕方なく、さっきと同じことを話した。

 週一回、日替わり担当制、持ち込み禁止、申請制、二週間のお試し期間。


 話し終わったら、三人が静かにしていた。


 副会長の大野くんが手を挙げた。


「……一個聞いていいですか、神木くん」


「はい」


「『二週間のお試し期間』って、なんで二週間にしたんですか?」


「一週間だと短すぎて、一ヶ月だと問題が長引くと思って。二週間くらいあれば問題が出たとしても修正できるかなって」


「PDCA的な発想ですね」


「PDCAって何ですか」


 三人と先輩が、なぜか同時に固まった。


「……知らないでそれを言ってたの?」と先輩が言った。


「何かまずいことを言いましたか」


「まずくはない。まずくはないけど」


 先輩が眼鏡を外して、額に手を当てた。


「神木くん、本当に入ってくれない? 生徒会」


「さっきと同じこと言ってますよ」


「さっきより本気になった」


「なんでですか」


「PDCAを知らずにPDCAを実践してる人間を私は今まで見たことがないから」


 俺にはやっぱりわからなかった。


---


 結局、その日は日が沈むまで生徒会室にいた。


 先輩と副会長と書記と会計の四人が、次々と「学校の問題点」を話してきた。

 俺はそれを聞いて、なんとなく思ったことを言っただけだ。

 全部「なんとなく」だ。

 難しいことは何も考えていない。


 でもなぜか、話すたびに四人の目が輝いた。


 俺にはわからない。

 本当にわからない。


「じゃあ、入部届けは——」と先輩が最後にまた言った。


「生徒会って、入部届けって言わないと思いますけど」


「じゃあ入会届けは」


「持ち帰って考えます」


「わかった」


 先輩が一枚の紙を俺に渡した。

 「生徒会入会申請書」と書いてある。


「……なんで最初から用意してあったんですか」


「呼んだ時から渡すつもりだったから」


「それは最初に言ってほしかったです」


「最初に言ったら断られそうだったから」


 先輩が初めて、少しだけ悪戯っぽく笑った。


 俺はその笑顔の意味もわからないまま、申請書をカバンに入れた。


---


 家に帰る道。


 俺は空を見ながら歩いた。

 夕焼けがきれいだった。


 生徒会。

 陸上部。

 弁当。

 ローズマリー。


 全部、俺が何かをしたわけじゃない。

 なのに何かが起きている。


 天才?

 俺が?


 絶対に違う。

 俺には取り柄がない。

 顔は普通で、成績は中の中で、運動も中の中で——


 でも。


 ゴミ箱の場所を変えるだけで、ポイ捨てが減った。

 図書室の時間を変えるだけで、利用者が増えた。

 なんとなく走ったら、6.8秒だった。

 なんとなく廊下の端を歩いたら、ぶつからなかった。


 これは何なんだ。


 俺にはわからない。


 わからないまま、俺は家のドアを開けた。


---


 ちゃぶ台の上に、今日届いたらしい郵便物が置いてあった。


 送り主の名前を見た。


「国立青少年科学振興財団」と書いてある。


 中を開けると、一枚の手紙が入っていた。


『神木透様


 先日、学校を通じてご提出いただいた「学校環境改善についての自由研究レポート」を拝読しました。

 大変興味深い内容でしたので、ぜひ直接お話を伺いたく、ご連絡いたしました——』


 俺は手紙をちゃぶ台に置いた。


 自由研究。


 あれか。

 夏休みの自由研究で、なんとなく「学校の不便なところを書き出してみた」やつか。

 先生に提出したら「こんなの見たことない」と言われて、どこかに送ったやつか。


 財団?


 俺にはわからない。

 本当にわからない。


 明日、先輩にこの手紙を見せたら、また何か言われる気がする。


 俺はため息をついて、ローズマリーの鉢に水をやった。


---


(第3話へ続く)


---

神木透という主人公は、「俺TUEEE」ではなく、“自分が普通じゃないことを知らない”タイプの主人公

です。

だからこそ、本人はずっと困惑しています。

でも、周囲は少しずつ気づき始める。

今回の生徒会編は、その最初の一歩みたいな話でした。

これから、学校・人間関係・才能・普通とは何か、少しずつ広げていけたらと思っています。

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