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第1話 「お前、天才だろ」と言われたので「はい?」と返した件

「神木。お前、天才だろ」

存在感ゼロの普通の高校生――だったはずの神木透かみき とおるは、ある日突然、全国模試で全国二位を取ってしまう。

しかも本人に自覚は一切なし。

「勘で解いた」

「普通にやった」

「難しくなかった」

そんな透に対し、

学校一の秀才・天宮凛あまみや りんはライバル宣言。

クラスの人気者・桜庭ひよりは急接近。

剣道部エースからはスカウト。

さらに教師たちは、透の“異常な観察力”に気づき始める。

どうやら透は、

自分でも知らないうちに、

「普通じゃない才能」を持っていたらしく――?

無自覚天才系主人公が、

周囲を振り回しながら少しずつ“自分自身”を知っていく、

青春×学園×無自覚ギフテッド物語。


「神木。お前、天才だろ」


 言われた瞬間、俺は口に含んでいた牛乳を盛大に噴いた。


「ぶっ……ゴホッ、ゴホッ……! な、なんですか急に先生!」

「事実を言っただけだ」


 昼休みの教室。窓から差し込む五月の光の中で、うちの担任・御影慎二みかげしんじ先生は腕を組み、ものすごく真剣な顔をしていた。


 三十代半ばのこの先生は、普段からポーカーフェイスで知られている。冗談を言う人じゃない。それは入学してから二ヶ月で十分わかっていた。


 なのに。


「……先生、俺のこと見間違えてないですか? 神木透かみきとおる、2年A組、席番号二十三番です。クラスで唯一、出席簿に名前があるのに先生方が顔を覚えていないことで有名な、あの神木です」

「知ってる」

「え、知ってるんですか」

「お前が思ってるより俺はちゃんと見てるぞ」


 先生はそう言って、俺の机の上にどかっと一枚のプリントを置いた。


 先月あった、全国模擬試験の結果だった。


 俺の名前の隣に書かれた偏差値を見て、俺はもう一度「はい?」と言った。


 七十八。


「これ……俺の?」

「お前の」

「なんで?」

「俺が聞きたい」


 先生の目が、ガチだった。


---


 自己紹介が遅れた。


 神木透、十七歳、高校二年生。


 特技:なし。

 趣味:なし(強いて言えば惰眠)。

 容姿:普通(よく「顔のパーツはそれぞれ整ってるのに印象に残らない」と言われる)。

 運動神経:中の中。

 成績:中の中……のはずだった。


 俺は自他ともに認める「クラスの空気」だ。


 いじめられているわけじゃない。

 嫌われているわけでもない。

 ただ、存在感がない。


 昼休みに「神木って今日来てたっけ?」と普通に言われるレベルの透明人間。名前の「透」が名は体を表しすぎていて、たまに悲しくなる。


 そんな俺が、なんで偏差値七十八なんだ。


「先生、これ採点ミスじゃないですか」

「問い合わせた。ミスじゃない」

「俺、試験中ずっと眠かったんですよ。最後の大問、半分以上勘ですよ」

「その勘が全部合ってた」

「……は?」


 先生は眉間に皺を寄せながら、ため息をついた。


「神木、お前は自分が何をしたか理解してないのか」

「何も……してないと思うんですが」

「そこが問題なんだよな」


 先生はぶつぶつと何かを呟きながら教室を出て行った。


 残された俺は、模擬試験の結果を眺めながら、頭の中に疑問符を大量に浮かべた。


 ……勘って、全部当たるもんなのか?


---


 放課後。


 俺が帰ろうとしたとき、教室の扉の前に人が立っていた。


 背が高い。制服の着こなしが完璧。黒髪が肩まで流れていて、目がキリッとしている。


 生徒会長の、天宮凛あまみやりんだ。


 全校生徒が知ってる学校一の秀才美少女。模擬試験では常に全国トップクラス。生徒会長として学校の運営を仕切り、先生方からも一目置かれている……要するに、俺とは住む世界が違う人間だ。


 当然、話したことなど一度もない。


 なのに、なぜ俺の教室の前に。


「……えっと」


 俺が戸惑っていると、天宮さんは真っ直ぐこちらを見て、一歩踏み出した。


「あなたが神木透くん?」

「あ、はい、そうですが」

「今回の模擬試験、全国二位だったわよ」

「……はい?」

「私が一位。あなたが二位。それで合ってる?」

「……は い ?」


 俺の語彙力が完全に死んだ。


「三点差だった」天宮さんが続ける。「私、今まで誰にも三点以内に近づかれたことなかった」

「えっ、あの、ちょっと待ってください」

「待たない」


 天宮さんは一歩、また一歩と近づいてくる。


 俺は後ずさりしながら壁に背中をぶつけた。


「あなた……私のライバルになってくれる?」

「な、なんで俺が」

「三点差だから」

「い、いや、あれは勘で……!」

「勘で全国二位になれると思ってるの?」


 思えない。そりゃ思えない。だがしかし事実なのだ。


「あのですね、天宮さん」俺は必死に言葉を探した。「俺、マジで普通の人間なんですよ。クラスでも存在感ないし、昨日も出席確認で一回飛ばされたし」

「それ、すごく失礼ね先生に」

「そうなんですよ! でも誰も気にしないくらい存在が薄いんです俺は!」

「存在が薄い人間が全国二位になれると思ってる?」


 ……思えない。そりゃ思えない。


「三点差」天宮さんはもう一度言った。「次は負けない。でも、あなたには全力で来てほしい」


 それだけ言うと、天宮さんはくるりと踵を返して廊下を歩いて行った。


 制服の裾が翻る。後ろ姿が廊下の向こうに消える。


 俺は壁にもたれたまま、しばらく動けなかった。


 ……全国二位。


 俺が?


---


 翌朝。


「透くーん! おはよーございまーす!」


 昇降口に入った瞬間、勢いよく声をかけられた。


 振り返ると、走ってくる女子がいた。


 桜庭ひより(さくらばひより)。俺のクラスメイトで、クラスで一番明るくて可愛いと男子の間で評判の子だ。ツインテールが跳ねて、笑顔が朝から眩しすぎる。


 当然、俺と話したことは一度もない……はずだった。


「えっ、桜庭さん? 俺に言ってる?」

「透くん以外に誰がいるの!」

「い、いや……俺のことそもそも知ってましたっけ?」

「知ってるよ! 昨日から!」


 昨日から。


「模試の結果、回ってきたんだよ! 神木透って全国二位なんだって!?」

「い、いや、あれは……」

「すごすぎじゃん!? 透くん頭良かったんだ!」

「頭は……多分よくないと思うんですが」

「謙虚ー! すごく謙虚ー!!」


 桜庭さんは目をキラキラさせながら俺の横に並んで歩き始めた。


「ねえねえ、透くんって普段何してるの? 勉強? それとも特訓?」

「惰眠です」

「へえ、だたい……だたい? だたいん?」

「惰眠。ダラダラ寝ることです」

「ダラダラ寝ながら全国二位になれるの!?」

「俺も聞きたい」


 桜庭さんはぶわっと笑って、俺の腕を掴んだ。


「透くん、面白い! 友達になろ!」

「え、あ、はい……」


 俺は戸惑いながらも、引きずられるように教室へ向かった。


 なんだこれ。


---


 昼休み。


 いつもひとりでコンビニのおにぎりを食べている俺の机に、今日は桜庭さんが弁当を持って突撃してきた。それを見た桜庭さんの友達グループも「ひよりが行くなら」とわらわら集まってきて、気づいたら俺の机の周りが女子に囲まれていた。


 クラスの男子たちが遠くから信じられないものを見る目でこちらを見ている。


「神木……お前……」


 隣の席の田中が絶句しながら呟いた。田中は俺の唯一の友人で、いつも「お前は存在が薄い」と言ってくる正直な男だ。


「俺に聞くな」俺は小声で返した。「なんか知らないうちにこうなった」

「お前、昨日まで空気だったよな?」

「俺の認識でも空気だった」

「なんで急に……」

「全国模試が二位だったらしい」

「……は?」


 田中の「はい?」は、昨日の俺と同じ顔をしていた。


 そのとき、また教室の扉が開いた。


 今度入ってきたのは、一目見てただ者じゃないとわかる男だった。


 長身で、金髪(校則ギリギリのやつ)で、顔が良くて、なんか全体的にオーラがある。


 3年B組、生徒会副会長、剣道部のエース……草壁悠斗くさかべゆうとだ。


 全校で知らない人間がいないレベルの有名人が、なぜ2年の教室に来ているのか。


「神木透ってどいつ?」


 草壁先輩が教室全体に声をかけた。


 全員の視線が一斉に俺に向いた。


「……え? あ、俺ですけど」


 草壁先輩は俺を見つけると、ズンズン歩いてきた。そして俺の目の前で立ち止まり、真っ直ぐ見下ろしてきた。


「お前、先週の剣道の見学授業で何したか覚えてるか?」


 先週の……剣道?


「体育で剣道の授業があって、外部指導に来てた先生が俺たちに打ち込みの指導してたやつですよね?」

「そうだ」

「えっと……俺は普通に受けてただけですけど」

「普通じゃなかった」

「……はい?」


 また来た。この「はい?」のラッシュ。


「外部指導の大石先生、今年の全日本剣道選手権に出てた人なんだ」草壁先輩が続ける。「あの人が、お前に打ち込みをかわされたって言ってた」

「え? あ、でもあれは単純にビビって避けただけで……」

「大石先生に言わせると、お前の動きは『完全に重心を読んでた』らしい」

「重心……?」

「剣道未経験者が、全日本レベルの選手の重心を読んで回避できると思うか?」


 思えない。そりゃ思えない。


「俺、剣道部に入ってくれないかと思って来たんだけど」

「えっ、いや、俺は運動も普通で……」

「大石先生が直々に弟子入りを要求してる」

「……は い ?」


 俺の「はい?」は、この二日間で七回目だった。


---


 放課後。


 俺は頭を抱えながら帰路についていた。


 隣を歩く田中が、遠い目をしながら言う。


「整理しようか。昨日から起きたことを」

「お願いします」


 田中が指を折り始めた。


「まず、全国模試二位。次に、生徒会長・天宮凛にライバル認定。そして、クラス一の美少女・桜庭ひよりに友達認定。さらに、先輩エース・草壁悠斗に剣道部スカウト。そのうえ、全日本レベルの剣道家に弟子入り要求。以上」


「……一個も意味がわからない」

「そうだよな」田中が頷く。「お前、昨日まで空気だったよな」

「空気だった」

「なんか変わったか? 自分で」

「何も変わってない。昨日と同じく惰眠して、同じく学校来て、同じく飯食って」

「だよな……」


 田中は少し黙ってから、真顔で言った。


「お前もしかして、ずっと天才だったんじゃないのか」

「ないない」

「でも説明がつかないぞ」

「俺が一番説明したい」


 夕暮れの道を、二人でしばらく無言で歩いた。


 ふと、田中が「あ」と声を上げた。


「そういえばさ、透」

「なに」

「入学式のとき、覚えてるか。体育館の裏で迷子になってたやつ」

「俺のことか。覚えてる。場所がわからなくて、なんかうろうろしてた」

「そのとき転んだ女子がいて、お前が助けたんだろ」

「……ああ、なんか段差に躓いて荷物ばらまいた子がいたな。拾っただけだけど」

「その子、天宮凛だったんだけど」


 俺の足が止まった。


「……嘘だろ」

「マジだ。俺、遠くから見てたから覚えてる」

「えっ、でも天宮さん、昨日初めて話しかけてきたじゃん」

「ああ。たぶん、模試の結果で『あのとき助けてくれた人だ』って気づいたんじゃないか?」


 なるほど。それは……わかる。わかるが。


「でもライバル認定は別の話だろ」

「そりゃそうだ」田中は首を傾げた。「三点差は三点差だからな」


 またわからなくなった。


 俺はため息をついた。


「とりあえず、俺は何も変わってないと思う。普通の人間だと思う」

「でも周りの評価が変わったな」

「……うん」


 空が赤い。

 街灯が一つずつ点いていく。


「なんか、こわいな」


 俺が呟くと、田中がおかしそうに笑った。


「何が怖いんだよ」

「意味がわからないのが、怖い。自分で自分の説明がつかないのが」

「まあ……確かに気持ち悪いな、それは」

「だろ」

「でも逆に考えれば」田中が続ける。「天才って、大体そういうもんじゃないか? 自分じゃ気づいてないやつ」


 俺は田中を見た。

 田中はにやりと笑った。


「お前が一番俺を知らないんだよ、神木透」


---


 その夜。


 俺は布団の中で天井を見つめながら、今日一日を反芻した。


 全国二位。

 重心を読む動き。

 天才。


 どれも俺のイメージと合わない。

 俺は普通だ。普通の高校生だ。


 なのに……なんで?


 スマホに通知が来た。


 見知らぬ番号からのメッセージだった。


 開くと一言だけ書いてあった。


『明日の放課後、屋上に来なさい。話がある。                                         天宮凛』


 ……なんで番号知ってるんだ。


 あと屋上、鍵かかってるだろ。


 俺は「わかりました」と返信しながら、自分の日常が何かとんでもないものに変わりつつある予感を、うっすらと感じていた。


 でも同時に、こう思っていた。


 俺は何も変わってない。普通だ。

 全部、なんかの間違いだ。


 きっと明日になれば全部説明がつく。


---


 翌日の朝、昇降口を入ったところで、御影先生が待ち構えていた。


「神木」

「……あ、おはようございます」

「昨日の話の続きをしたい」

「えっ、いきなり?」

「今しかない。五分くれ」


 先生は俺を廊下の隅に連れて行き、ごそごそとファイルを取り出した。


「お前、小学校の成績表、覚えてるか」

「え……普通でしたよ。全部3とか4とかの」

「三年生のとき、理科の実験で何かしたか」

「三年生の理科って……磁石とかやりましたっけ」

「そう。そのとき担任が報告書を書いてる」


 先生はファイルの中から一枚の紙を取り出した。俺に見せる。


 タイトルに「特異児童報告」と書いてあった。


 俺の名前があった。


「……なんですかこれ」

「要するに、お前の担任が『この子の問題解決アプローチが他の子と根本的に違う』って報告したんだ」

「小学三年生の俺が?」

「磁石で砂鉄の実験をしたとき、お前だけ実験手順を全部無視して、独自の方法で正解を出したらしい」

「…………覚えてないです」

「そりゃそうだろ、三年生だもんな」


 先生はファイルを閉じた。


「神木。お前は今まで、自分の能力に気づかないまま生きてきた可能性がある」


 俺はしばらく黙っていた。


「先生」

「なんだ」

「俺、別に何もした覚えないんですよ。全部、普通にやってただけで」

「それが問題なんだ」先生が言った。「無自覚なんだよ、お前は。自分の才能に」


 無自覚。


 その言葉が、朝の廊下に静かに落ちた。


「……俺、天才なんですか」


 俺は聞いた。自分でも馬鹿みたいだと思いながら、でも聞かずにはいられなかった。


 先生はしばらく俺を見てから、こう言った。


「わからん」

「ええ……!」

「ただ、普通じゃないのは確かだ。それだけは言える」

「フォローになってない!」


 先生はちょっとだけ笑ったような気がした。気がしただけかもしれない。


「今日の放課後、俺の部屋に来い。話がある」

「先生……あの、放課後って天宮さんにも呼ばれてて」

「天宮と俺、どっちが大事だ」

「……先生で」

「よし、来い」


 先生は颯爽と職員室に戻っていった。


 俺は天宮さんへのメッセージをどう書くか考えながら、とりあえず一時間目に向かった。


 ちなみに天宮さんには結局「先生に呼ばれたので明日以降でもいいですか」と送ったら、三秒後に「わかった。でも逃げないでね」と返ってきた。


 逃げないけど逃げたい。


---


 午後の授業中。


 英語の長文読解。


 先生が指名してくる。


「神木、第三段落を訳してみろ」


 俺はちらっと教科書を見た。


 一回読んだ。


「えっと、『現代社会における自己認識の欠如は、個人の潜在能力を著しく制限する。多くの場合、能力者は外部からの評価によって初めて自己の才能に気づく。これはつまり——』」


 すらっと訳した。


 教室がシーンとなった。


「……神木、それ正しい」先生がぽつりと言った。「模試並みに正確な訳だな」

「え? そうですか?」

「ちなみにこのクラス、長文読解の平均点が全学年最下位なんだが」


 俺は首を傾げた。


「難しくなかったですけど」


 クラスから「は?」という声が、見事にハモった。


 桜庭さんが「透くんすごすぎ……!」と目を輝かせた。

 田中が「あいつ……」と遠い目をした。

 天宮さんのクラスは三つ隣だが、なんかこの話が届きそうで怖い。


 俺は居心地悪く視線を落とした。


 難しくなかったのは本当だ。

 ただ読んだだけだ。


 でも……みんなには難しいのか?


 その感覚が、俺には全然わからなかった。


---


 放課後。


 先生の部屋……もとい、先生が使っている小さな相談室に来た。


 扉を開けたら、先生の他に知らない大人がいた。


 五十代くらいの男性。眼鏡をかけていて、白衣を着ている。


「神木、こちらは西城先生。うちの大学の附属研究機関から来ている」

「……研究機関?」

「ギフテッド教育の研究をしている先生だ」


 ギフテッド。


 俺はその単語を、どこかで聞いた覚えがあった。


「突出した知的能力や才能を持つ子どもたちのことを、ギフテッドと呼びます」西城先生が穏やかに言った。「神木くん、少し話を聞かせてもらえますか」

「……俺が、ギフテッドってことですか」

「可能性があります。今日は確認したいことがいくつかあって」


 俺は椅子に座った。


「あの、正直に言っていいですか」

「ぜひ」

「俺、何か特別なことをしてる自覚が全然ないんですよ。模試も勘で答えた問題が多かったし、剣道も普通に動いただけだし、英語も読んだら意味が入ってきただけで」

「ええ」西城先生は微笑んだ。「それが、一番大事な証言です」


 先生は手帳を開いた。


「神木くん、一つ質問します。今、この部屋を見渡して、何か気になることはありますか」


 俺は部屋を見渡した。


 本棚。机。蛍光灯。窓。カーテン。


「……カーテンの左端が三センチほどずれてますね。あと、本棚の二段目、一冊だけ逆さまに刺さってます。それと蛍光灯が微妙にちらついてますけど、交換時期が近いんじゃないですか」


 静寂。


「神木」御影先生が言った。「今のって意識して見たか?」

「いや、視界に入ってきただけですけど」


 先生と西城先生が、目配せした。


 なんか、確認が取れてしまった感じの、目配せだった。


「神木くん」西城先生が言った。「詳しい話は改めてしましょう。でも今日の段階で言えることが一つあります」


「……なんですか」


「あなたは自分が思っているよりも、ずっと多くのものを見ています。聞いています。感じています。それに自分で気づいていないだけで」


 俺は何も言えなかった。


「それは才能です。間違いなく」


---


 帰り道。


 一人で歩きながら、俺はさっきの言葉を反芻していた。


 才能。

 ギフテッド。

 普通じゃない。


 それが俺?


 俺は立ち止まって、夕空を見上げた。


 赤と青が混ざって、グラデーションになっている。


 何層もの色が。


 ……あ。


 俺、今あの空の色を、多分一般的な人間より細かく分解して見てるんだろうか。


 そう思ったら、なんか急に怖くなってきた。


 俺が「普通」だと思ってきたものが、全部「普通じゃない」のかもしれないなんて。


 スマホが振動した。


 田中からだった。


『明日、体力測定あるけど、お前また記録おかしいことになるんじゃないか?(笑)』


 体力測定。


 ……あ、そういえば去年の体力測定、反復横跳びで「計測不能」って言われたな。機械の限界超えたとかで。


 あれも説明できてないやつだ。


 俺はため息をついた。


 田中に返信を打った。


『説明できる自信がない』


 すぐに返信が来た。


『そこが一番面白いわお前』


 面白い。


 俺には全然笑えない状況なんだけど。


 でも……なんか、少しだけ。


 本当に少しだけ、わくわくしているかもしれない。


 この「わからなさ」の先に、何かがある気がして。


 俺は空を見上げながら、明日の体力測定を少しだけ楽しみにしている自分に気づいた。


 ……多分また「はい?」ってなるやつだ。


 でもまあ、それはそれで。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

「自分では普通だと思っているのに、周囲から見ると明らかに普通じゃない」

――そんな主人公を書きたくて、この作品を書き始めました。

神木透は、

俺TUEEE系というより、

“自分の異常さを理解していないタイプ”の主人公です。

だからこそ、

本人はずっと困惑しているし、

周囲との感覚のズレに戸惑っています。

でも、

「自分を知らない」というテーマは、

案外誰にでも少しあるものなのかもしれません。

これから透が、自分の才能や、周囲との関係や、

「普通」とは何かをどう受け止めていくのか、

楽しんでいただけたら嬉しいです。

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