第九節―――冥きを想う
「〝未来仮称・冥想踏破〟、天使憑依―――Ⅰ」
私がそう詠唱すると、どこからともなく無機質な声が響く。
『申請受諾。管理機構〝愁海天使〟を憑依召喚……成功しました』
私はハサンに〝未来仮称・冥想踏破〟を叩きつけて一時的に退かせると、その斬撃の跡から次元の裂け目の様なものが現れる。それは広がっていき、やがて私の身体を通すほどの長方形へと姿を変えた。
私はその次元の裂け目の様なものを走り抜ける。
すると、通ったところから〝告死天使〟の冥想鎧武が、新たなる冥想鎧武へと染め上げられる。黒い兵装から、水色と黒色を主体とするボディーに炎を象ったマントがつけられる。兜は相変わらずバイザーを展開するのみであるが。
そして私は、その鎧の名を告げる。
「冥想鎧武―――〝偽典・愁海天使〟」
「……! その姿は……そうか。貴様は成れたのか」
ハサンは私を睨みつけて言う。その目線はどこか、何か負の感情―――嫉妬か羨望か、どれかは分からないが―――を含んだものであった。
この姿になると、なぜか私はその全てを掌握できた。
管理機構〝愁海天使〟―――地球上に存在したあらゆる負の感情や、それに関連する情報を集め、有限の魔力を保全するために再利用するための、この宇宙の外側に位置する世界の管理機構。ミーカーイールの本尊である。
その能力の全容は、〝愁海天使〟内に蓄積された魔力を含んだ水を召喚すること。今はまだ、この能力までしかアクセスすることはできない。
「それでも、試す価値はある!」
私はハサンに向けて〝未来仮称・冥想踏破〟の剣先を向ける。さぁ、反撃の時だ。
「来たれ、嘆きの涙よ! 〝愁海天使〟、駆動開始!」
剣先に水の球体が集まる。それは段々と小さく、またさらに多く圧縮され、その質量は今や剣の持ち主である私にさえ重力の影響を与えるほどになっていた。私の立っている場所が重さでひび割れる。
「―――射貫け、愁嘆涙砲・咎人地獄!」
私は、その溜まりきった水流を、今、解放する!
剣先に滞留していた水の塊は私が〝未来仮称・冥想踏破〟で一突きすると指向性を持ったエネルギーの奔流として、一つの閃光となり射出される。
ハサンはその閃光を当たり前のように避ける。私は身体強化を施した腕力でその閃光をハサンの方に向ける。そうして円状になる様にハサンは動き回った。それを追うように私は愁嘆涙砲・咎人地獄の貯水量がなくなるまで打ち続けた。
だが、それもすぐに尽きる。
「くぅっ!」
「……尽きたか。ならばここで殺す」
ハサンはその隙を見逃さず、こちらに一直線に向かってくる。その手に握られた剣はすでに私の首を落とそうと、その高さに固定されている。
剣をふるう。私はその抜刀速度に対応できない。だが―――一矢報いるならば。
「罠しか、ないでしょ!」
「なっ……しまっ」
パチン、と指を鳴らすと、愁嘆涙砲・咎人地獄で射出した水が炎へと変わる。その炎はハサンの身体を焼き尽くす。
「アアアアアアアアアアア!!!!」
原理は単純である。〝愁海天使〟の管理する魔力は未だ何者にもなっていない『原初の魔力』。どの属性にも属さないもの。それゆえに―――何者にもなれる。この現実世界に顕現する時の初期状態が水属性なだけであって、本質的に無色ゆえに途中で属性を切り替えることが可能である。私が行ったのは、『原初の魔力』を水属性から火属性へ、一部だけ闇属性へ変えただけだ。
だがその火属性の魔力の本質は地獄の炎。魔力を磨けば磨くほどに、その炎は徐々に現実の火から地獄の聖なる炎へと移り変わる。まだ何にも穢されていない純然たる『原初の魔力』ならば、その特性は顕著に表れる。
「でも、多分これでも倒せない……!」
「……正解だ。だが、効いたぞ、その、炎……!」
燃焼する魔力が消える。その炎の中からは傷だらけのハサンが、よろよろとした足取りで私に近づいてきた。
「まだ終わっていない……構えろ。貴様が、オレを殺すまで―――この戦いは終わらぬ!」
「本性出てるんですけど!」
私は足元に水属性の『原初の魔力』を発生させ、一気に凍らせる。それを滑りながら、ハサンに向けて水流を放つ。
「―――裁定せよ、愁嘆涙剣・法王裁定」
剣をふるうと、その斬撃に沿うようにして大量の水が流れ出る。それはハサンやその周囲のものを押し流すようにして広がり、溜まっていく。
「隙あり!」
私はパチン、ともう一度指をはじいて水の温度を急速に低下させ、水を凍らせる。
「―――オオオオオッ!」
「もう出てくるの?!」
あの分厚い氷の檻は瞬時にハサンの手によって粉々に切り刻まれる。
「まだだ、まだ足りん! 私を氷漬けにしたくば、地獄の最下層のその十三倍は持ってこい!」
「な、なにあの姿?!」
ハサンの姿は、面影がないほどに変わってしまっていた。
先程まで兜だったものは、人骨へ変わり果て、身体は燃え尽き灰となり、下半身は炎のスケルトンホースと一体化していた。目の中からは炎があふれ、それがまるで瞳の様にこちらを睨む。
「私は、我は、己は、オレは―――地獄の裁定者、その代理人。ハサン・サッバーフ……改めホース・ニルガル! 最後だ。このオレの、最後の戦いだ!」
剣をふるう音が、ブゥン、と響き渡る。その剣の風圧は残っていた炎や氷さえまとめて消し去った。
「ここからが本気ってマジで言ってるの?」
「オレの全身、全霊を込めた一撃を耐えるか、その前にオレを殺せ。そうすれば、ここに試練は終了する」
そう言うと、ハサン―――否、ホース・ニルガルは巨大な剣先をこちらに向けながら下半身の馬の脚で深く地面を踏み込む。その力はすさまじく、脚力だけで床に蜘蛛の巣状の亀裂が入る。
あれを喰らったら、絶対死ぬ。
そう思えるほどに気迫がすさまじい。
「くっ、なんかないかな……」
恐らく先程使った技はもう効かない、というか耐久力が上がりすぎているために傷一つつかないだろう。魔力回路で判断したホース・ニルガルの魔力属性は火と闇の二重属性。弱点である水と光の二重属性も付与されている愁嘆涙剣・法王裁定も、すでに弾かれた。
あとできること言えば……世界に働きかけること。
しかしそんな高度な魔術はまだ習得していないし、できるわけが……
「ん? 待てよ。……あれがなければ!」
私はそれを確認したのち、舞い上がる衝動を抑えて作戦を組み立てた。
―――勝機は見えた。
私は今日、『死』を超える。
「―――行こう!」
『応用魔術・雷光のごとく、俊足』を無詠唱で発動し、跳躍。ホース・ニルガルの頭上にポジションをとると、そこから『四大天使』をホース・ニルガルに向かって投擲する。
「―――暗術・奥義『肆解騎士・戴冠弓兵』」
「当たるものか!」
ホース・ニルガルは私が繰り出した『応用魔術・閃光のごとく、神速』も付与している投擲を軽々と避けた。普通ならありえないことである。なぜならば、今の『四大天使』の速度はコンパウンドボウと呼ばれる異世界の弓から射出される矢よりも速いのだから。下手すると雷よりも速いかもしれない。
だが、私の狙いはそれによる直接攻撃ではない。
私は地上に降り立つと、ホース・ニルガルの正面に立つ。
それと同時に、空中に渾身の力で〝未来仮称・冥想踏破〟を投げる。すると、冥想鎧武が解け、光の粒子となる。
「……何がしたい? そのままだと貴様は死ぬぞ」
「そうだね。死ぬかもね」
「ならば早く剣を構えろ。オレとて、丸腰の相手を殺すのはごめんだ」
ここで私は、強めに毒を吐く。
「早くしろよ、甘ちゃんかよ」
すると、すでに冷静な判断力を失っていたホース・ニルガルはその一言で堪忍袋の緒が切れたらしい。ものすごく大きな咆哮を吠えた後に、私を睨みつける。
「そうか、早く死にたいのなら初めからそう言ってくれればよかったのにな! オレをコケにしたこと、許してなるものか! 今ここで、死ね!」
ホース・ニルガルは踏み込んだ脚力を一瞬にして解放し、私に向かって剣を向ける。そのまま私の首を刈り取ろうとし―――壁にぶつかった。
「なっ―――」
「遅い。この言葉、アンタに返すわ」
私は自分自身にも『応用魔術・閃光のごとく、神速』をかけていたが故に、あの攻撃を避けることが出来た。……すべて、作戦通りだ。
そして私は叫ぶ。
「『神聖領域』―――展開! そして性質変更、〝神が殺す者〟を結界中枢に!」
ちなみにホース・ニルガルの見た目はMARVELのゴーストライダーを参考にしています




