結論:四天文書
「『神聖領域』―――展開! そして性質変更、〝神が殺す者〟を結界中枢に!」
「これは……ッ、がああああああっ!」
〝神が殺す者〟の持つ、切り刻んだ範囲を世界ごと押しつぶすという性質。それを付与した『神聖領域』は、入るもの全てを圧殺せんとするものとなり果てる。
そして、ホース・ニルガルの外装が崩れ、中からハサンが顔をのぞかせた。
「今だ!」
私は先程空中に放り投げた〝未来仮称・冥想踏破〟を跳んで掴むと、その勢いのままホース・ニルガルの首に向かって刃を突き立てる。
「その首、もらい受ける!」
刃が、ハサンの首へするり、と入る。そのまま私は体を回転させて、首を切った。
首の切断面から、鮮血が勢い良く噴き出す。その返り血は、私の顔を、身体を、赤黒い血の色へ染め上げて行った。その血を吸収するかのように、〝未来仮称・冥想踏破〟が光を放ちながら姿を変える。
いつの間にか光の粒子となったハサンの遺体をちらりと見た後に、〝未来仮称・冥想踏破〟を見る。すると、〝未来仮称・冥想踏破〟は通常の片手剣より少し伸びており、炎の輪があった場所には〝冥想覇者〟に似た光の輪が、相も変わらず回転している。
それに見惚れていると、どこからかパチパチと拍手をする音が聞こえる。
振り向くと、そこには戦いの途中には姿を一切現さなかったアズラーイールが笑顔で立っていた。
「ハッピーバースデーってやつですね、求道者」
「こんな誕生日があってたまるか! ……いや、割とあるかも」
私はまだ父がこの世を去って間もなくの頃を思い出していた。私もまだ教団の教主になったばかりで、何も経営術なども知らないとき、人に頼ることをせず、いつも神の敵を殺していた。あの時の記憶が思い出される。
「あるんですか、このトンチキバースデーの経験。もはや可哀そうになってきます」
「そうだな。誕生日にまで教団の業務に追われる孫の労働環境に涙を禁じ得ない」
「って、アンタが作った教団でしょ……ッ?! は?!」
私が殺したはずのハサンがなんかぬるっと存在しているのだが。さっき首をはねたばかりなのに、その首は斬られた跡すらなく繋がっている。
先程までホース・ニルガルの装甲に包まれていた身体は火傷した様子もなく、青白い肌が時折文官のような服の隙間から垣間見えるだけである。
「な、なんで……私、アンタの事殺したはずじゃ……」
「おお、昔読んだ推理小説と同じ反応をしている。やはり人と言うのは小説での表現と似たような行動をするのだな」
「私が解説しましょう!」
おお、私がハサンが生存していたという事実によって勝手に空気にしていたアズラーイールが解説してくれるらしい。
「ではそれの原理から……」
「いや、普通に死んでるからこれ以上死なないだけだ」
「え、私の説明パートは?」
「そんなもの必要ないだろう」
「ひどっ! アズラーイールちゃん泣いちゃいますよ~」
「勝手に泣いておけ。そもここ数百年泣いてないだろう。今更人間ぶったって意味ないぞ」
「ありゃ、気付いてましたか」
「何年いると思ってる」
んー、とアズラーイールは首をひねって考えるそぶりを見せて
「三百年ぐらい?」
「私が死んだのは八十年前で私が冥府の代理人となったのはその二百年ぐらい前だから大体そのぐらいか」
「は? 冥府の代理人になるとそんな長生きすんの?」
「ああ。だが」
そう言ってハサンは一息入れて、言葉を紡ぐ。
「お前が後任に決まったからな。やっとゆっくりできるさ」
「どゆこと?」
「この霊廟の試練と言うのは疑似的な〝世界の守護者〟となるための試練だ。そして我々が守るのは冥界。地上の〝守護者〟とは役目が違う、管理機構を循環させるための管理人だ。管理人となると、〝世界〟から大きなバックアップを得られる」
「ほうほう」
「そしてその力は次の〝守護者〟が選定されるまで有効だ。そして……その後継者とは、お前だ。ニーナ」
その事実を聞かされた時、私の身体は衝撃のあまり固まってしまった。なに、私が―――
「〝世界の守護者〟?」
「そうだ。私に打ち勝ったお前は、今からこの冥界を守護する者だ。我々の教団の、秘された最重要任務。神の玉座を傍で守ることができる、それは最も喜ぶべきものだ。そうだろう」
「それは……」
ハサンの言葉に、私は―――してはいけない、否、感じてはいけないことであるが―――納得できないと思った。なぜだろうか。〝世界の守護者〟となることが、教えに順ずる最高の喜びだというのに。
だけれど……その時に、ふとクロムやフランソワの顔が浮かんできたのである。
……そうか、私はまだ、日常を失いたくないのだ。
だが、それは不信行為だ。天命は、受け入れなければ……
「……私は、その役を―――」
「―――だが、その前に一つわがままを聞いてくれ」
「わがまま……?」
「ああそうだ。……私も気が変わった。もう少し、神に仕えていたいと思う」
「―――それって……」
「皆まで言わせるなよ」
ふぅ、と息を吐いてハサンは私に背を向けてこの闘技場から出る。
その際に、彼は私にこう言いのこして去っていった。
「あまり、早く役を取るなよ」
いつの間にか現れていた石造りの門をハサンがくぐると、空間がねじれたように渦巻き状に歪み、ハサンがその姿を消した。
「……照れ隠しですね」
「分かってるわよ」
「案外鈍感ではないんですね、ニーナ・サッバーフという人間は」
はっとしてアズラーイールの方を見た。彼女が、私のことを名前で呼んだのである。
「認めたからですよ、不思議ですか? 私が、人の心がないような機械が、人を認めることが、そんなにおかしいですか?」
「いや、別に……」
「ま、どうでも良いですけどね、あなたの評価なんぞ。私、上位存在ですし」
「それを自分で言うの……?」
「さて! もう行きますか。審判官は仕事に戻りましたし、あなたは出る資格を手に入れた。なら、その受け継いだ力を現世へ還元する時ですよ」
いつの間にか自分の手に握られていた〝冥想神鍵・奈落聖別〟を、じっと見つめた。
「やり方は、分かりますね」
「……ええ」
「では、行きなさい。〝冥想神鍵・奈落聖別〟は、現世でのあなたの助けとなりましょう。復活の時です、ニーナ・サッバーフ!」
その宣言と共に、私は一歩踏み出して〝冥想神鍵・奈落聖別〟を空中に差し込み、回した。
「……行ってきます!」
開いた空間の歪みに、身をゆだねる。
そうして私は、暗い微睡の中に沈んでいった。
―――さらば、ひな鳥。ようこそ、死を運ぶ鳥よ。
―――あなたが、当代の「死」となりますように。
そんな呟きをぼんやりと聞きながら、私は目を覚ます。そこは、〝大霊洞穴〟にある霊廟の入り口前であった。
ひんやりとした岩肌を感じながら、私は倒れていた体を起こす。
その拍子に、ちりん、と何かを落としたようだ。足元に目を落とすと、そこには剣の柄ほどの大きさをした銀色の鍵が落ちた。
それをしゃがんで拾い、腰に掛けてあるポーチに入れる。
それと同時にポーチに入れてあった懐中時計を取り出し、そのふたを開く。
示す時刻は、午後零時。正午であった。そして日付は霊廟に入った三日後を指している。全く、三日後に目を覚ますとは、あまりにもベタな演出に笑いも出ない。昔、父と一緒に帝都に赴いた時、偶然やっていた劇場で、あの聖人の劇がやっていた。それと同じだ。
ざっと、〝大霊洞穴〟の地面を踏みしめる。地に足がついている。冥府にいたときはどこか物理的に浮ついていたような感じで、久々に感じる。
そして、私―――ニーナ・サッバーフは、三日後に新生した。新たなる力を持って、死より帰ってきたのであった。
《断章補完》四天文書/了
次からは第三部に入ります。もう少しお待ちくださいませ。




