第八節―――冥想覇者
「来い、我が孫娘。本当の『神聖領域』というものを教えてやる」
ハサンは悠然と立ち尽くしながら言うと、詠唱を始める。それは、私が今まで何気なく使っていた―――
「接続詠唱―――暗殺解禁、因数人体分解起動。権能降臨―――〝冥想覇者〟。魔術起動、固有魔術接続―――『四大天使』、接続完了―――」
接続詠唱! だが、私のものとはまるで違う、全文が盛り込まれている。伝わっているのは一節目の「暗殺解禁、因数人体分解起動」まで。それ以上のものは、伝わっていない。
「不思議か? 私が接続詠唱の全文を知っているのが。恐らく君には全文は伝わっていないのだろう。それもそのはず。この接続詠唱は我らが一族が約束の地―――すなわち〈理想郷〉にたどり着き、その神秘を再現しようとしてからの技術全てが詰まっている。それが悪用されないようにするのは、当然のことだ」
「……長い。簡単にまとめて」
「む、そうか。では簡単に言うとだな……この接続詠唱は強力すぎるが故に悪用されないため、霊廟の試練の最後にたどり着かなければ全文を知ることが出来ない、ということだ。そしてこれが、その権能の欠片であるもの」
そう言うとハサンは何もないところから生じた、あのアズラーイールが〝冥想神鍵・奈落聖別〟を差し込んだ空間の歪みに似たようなものから一振りの剣を引き抜く。それは、およそ大人の男性が二人並んだような大きさをした、規格外の大剣だった。全体の印象としては黒っぽく、本来柄があるべきところには天使の輪にも似た光の輪が回転している。
また、特筆すべきところとして、刀身には豆粒大の大きさの、ガラスで作られた玉―――異世界で言うビー玉のようなものが四つほどはめ込まれており、それらには上から順にØ、1、2、3と番号が振られている。
「覚悟は良いか。では行くぞ―――」
ハサンは剣を地面に突き刺し、呟く。
「〝冥想覇者〟、天使憑依―――Ø」
『申請受諾。管理機構〝告死天使〟を憑依召喚……成功しました』
どこからともなくそのような声が聞こえると、その次の瞬間に驚くべきことが起こった。
ハサンが突き刺したその剣―――〝冥想覇者〟が刺さっている割れ目が次々と広がっていき、そして割れたところから何か鎧の様なものが飛んでくる。
その鎧の様なものはハサンの周りを回転しながら、何かの合図を待っている様だ。
すると、ハサンが〝冥想覇者〟を引き抜いて言う。
「冥想鎧武〝告死天使〟―――」
ハサンがそう言うと、周りを回転していた鎧の様なものが我先にとハサンに装着されていく。足の先端から脛、もも、腹、胸、両腕と来て、最後に兜が、顔中を覆う機動を見せて、頭上に回転する光の輪が出現した。
「―――行くぞ求道者。剣を抜け」
私は言葉通りもう一度〝神に似たるもの〟と〝神が殺す者〟を構える。すると、ハサンは兜越しにやれやれと言った様子を見せて、
「違う、そう言う事じゃない」
「え?」
「私がさっきやったことを、君もやって見せろ。勝負はそこからだ」
私は一瞬戸惑ったが、すぐに先程ハサンがやっていたものと同じ接続詠唱を始める。
「接続詠唱―――暗殺解禁、因数人体分解起動。権能降臨―――〝冥想覇者〟。魔術起動、固有魔術接続―――『四大天使』、接続完了―――」
すると、どうだろうか。身体の内側に、今まで眠っていたのかというほど大量の魔力回路が接続される。そしてその魔力回路の先には―――胸から首筋にかけて刻まれた継承文様がある。そこに多量の魔力が流れ込み、ついに術式が起動する。
「おお……」
つい感動のあまり声が出てしまった。それもそのはずで、私の目の前にあの謎の空間の歪みが出現したのである。私はその空間の歪みに手を入れ、何かないか探る。すると、手を入れてからすぐの所に冷たく、硬い金属の棒のようなものがあることに気付く。私はそれを恐る恐る引き抜いた。
引き抜いていくと、それはハサンが持っている〝冥想覇者〟とは対照的な全体的に白い印象を受ける通常サイズの片手剣だった。刀身に四つのビー玉らしきものがはまっているのは同じであるが、柄の部分にあるのが回転する光輪ではなく燃え盛る炎の輪であるという違いがある。
ハサンの持っているものと見比べようとすると、ハサンが言う。
「違っているのは無理もない。私はすでに霊廟の試練を突破し、名実ともに冥想覇者となっているが……君はまだ霊廟を突破していない。それゆえに、剣の名も違ってくる。知らぬならば、私が告げよう。その剣の名は―――〝未来仮称・冥想踏破〟。
召喚の詠唱のとき〝冥想覇者〟の名で反応したのはそれと〝冥想覇者〟は本質的に同義だからだろう。これからは〝冥想覇者〟と詠唱中は呼ばずに〝未来仮称・冥想踏破〟と呼ぶと良い」
私はその剣をまじまじと眺める。そしてハサンがやったように、〝未来仮称・冥想踏破〟を地面に突き刺し、告げてみる。
「〝未来仮称・冥想踏破〟、天使憑依―――Ø!」
『申請受諾。管理機構〝告死天使〟の一部権限を憑依召喚……成功しました』
私の詠唱が終わると、ハサンの場合とは違って私の真上の空間が割れる。そこからいくつかの鎧の様なものが降ってきて、私の各部位に装着される。しかし未完成であるためか装甲の数はハサンのものよりも少なく、兜もバイザーを展開するにとどまった。
ならば、名乗るべき武装の名も違うのだろう。未完成であるこの鎧の名は―――
「―――冥想鎧武〝偽典・告死天使〟!」
「ふむ、良いセンスだ。私がこの霊廟の試練を突破した時も、その様にこの鎧を名付けたものだ」
まさかのハサンとネーミングセンスが一緒だった。まあ孫とお爺ちゃんだからね。仕方ないね。
「剣を抜いたからには命を懸けよ。いざ始まるは冥きを想う最後の試練。死を告げる者よ、ご照覧あれ!」
そう言うと、ハサンは〝冥想覇者〟を構えた。
「行くぞ、剣を構えろ。……死にたくなければな」
「……ッ!」
ずずず……と気を抜けば一瞬にして飲み込まれてしまいそうな、そんな殺気がオーラとして可視化される。それに気圧され、固唾を飲んですぐに〝未来仮称・冥想踏破〟を構えた。
私が〝未来仮称・冥想踏破〟を構えたのを見ると、ハサンは驚異的な速さで〝冥想覇者〟を伴った刺突を繰り出す。あの大きさの剣を持ちながら刺突を? そう思ったが、私はなんの迷いもなく刺突を防ごうとした。……しかし、不意に何を思い立ったのか私は刺突を回避するよりも自らの首を守った。
ガキン! と勢いよく金属同士がぶつかる。
「ほう、今のを防ぐか。殺気は心臓へ向けていたはずなんだがな」
「身体が勝手に動いたのよ!」
「ふむ。ならば冥想鎧武がもたらした影響なのだろう。管理機構〝告死天使〟は霊長の無意識に働きかけて死を回避し、さらに繫栄するように方向づけるものだ。それを直に纏っているのだから、危機感知能力は最大限に引き伸ばされていることだろう。
……ならば、次の攻撃も耐えられるだろうよ」
「! ―――くっ!」
私はハサンのあらゆる攻撃を回避、あるいは防御する。身体が勝手に動くのだ。だが、それはシステム自体を適応しているのではなく私の身体能力に依存しているものであって、本来のスペックそのものの万能さではない。
一瞬の隙を付かれて、肩のパーツが穿たれる。それと同時に肌が露出する。その分の機動力が、損傷率に比例するように減少した。一気に速度が低下し、体が重く感じる。それでも私は、ハサンに勝つ方法を探さねばならない。
状況を打開するために、私は一つ試すことにした。
「〝未来仮称・冥想踏破〟、天使憑依―――Ⅰ」




