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第七節―――神が殺す者

「わかりました……では、では! ではではでは! あなたに最後の試練を授けましょう! 来なさい、地獄の審問官。―――冥想覇者(マーリク)、ハサン・サッバーフよ!」


 アズラーイールは、そう、明瞭な口調で言い放った。……ハサン・サッバーフだと? 私はその名を聞いた時、すぐに困惑する。


「え、それってどういう……?」


 だが、その疑問の答えは、その直後に明かされることになる。

 私がアズラーイールにそれを問いかけようとした時の事であった。不意に、私が背を向けている方向から背筋を切り裂くような、今にも殺されそうな、そんな殺気が感じられたのである。

 バッ、と勢いよく振り向くと、そこには幽然として、男が立っていた。そう、どこにでもいそうな、ただの男である。見かけ上は。だが、私は無害そうには決して思えなかった。なぜならば、その男―――どこにでもいそうで、どこにもいないのである。私と同じ『系統別魔術:紛暗魔術』を、高水準で使っているのである。そのようにして、彼は世界に自然に溶け込んでいる。だから、「どこにでもいそう」と思えたのだ。


「ふむ……して、何の用かな? 地獄の裁判長よ。もっとも、あなたが実体となって起動していることから、大体の想像はつくがね」


 そう、男は言った。その声はどこにでもありそうな雑踏、その中にいつも紛れ込んでいる様な、そんなぞっとするほどに普遍的なものであった。

 改めて男を観察すると、青がかった黒髪を後ろで結び、金色の瞳を人良さそうに細めている。服装は祭祀にも、戦士にも、裁判官にも見える不思議な衣装であった。だが、それ以上の情報が何一つとして分からない。

 そしてアズラーイールは男からの問いに答えた。


「想像がつくのならそのまんま行ってほしいんですけどねぇ。一応、問いに答えましょう。私があなたを呼んだ理由は、この娘の試練の相手としてです」

「ほう! 実に三(・)十(・)年(・)ぶ(・)り(・)の求道者か。久しくその責務を忘れていた」

「……では、何を想像していたのです?」

「いつも通り『死者裁ききれないから適当に罪あるやつ全員殺してー。ついでに地獄に落としといてー』とか言う、地獄の裁判長にあるまじき願いだが」

「う、うるさいですね! 今は良いのです。今は」

「……まあ、いいだろう。それで、あなたは何者かな、お嬢さん」


 質問の矢じりがこちらへ飛んできた。私は緊張していることがバレないように、過剰に気丈にふるまう。


「わ、私はニーナ・サッバーフ。暗殺教団の長にして、『四大天使』の試練に臨むものよ!」

「ふむ、気丈にふるまうのは良いが、そう緊張するものではない。肩の力を抜くと良い、我が孫娘よ」

「ま、孫娘……」

「ああ。真実を言ったまでだ。その様子だと、アブドゥルは死んだか」

「え、なんでそのことを……」


 私が気丈にふるまっていることをすぐに暴くと、男は情報の波をぶつけてくる。

 え? まず、目の前にいる男は私の祖父と名乗った。すなわち―――ただハサン・サッバーフと呼称された別人ではなく、本当のハサン・サッバーフであった、ということである。

 それならば私の父親であるアブドゥル・サッバーフの事を知っているのにも辻褄が合う。そして父が死んだことを当てられ、動揺してしまう。


「ふむ、やはりか。あいつもここの一歩手前まで来たが……私にたどり着く前に確か……どこだったか」

「『正義』ですね。あそこであなたの投影体に負けて、霊廟への挑戦権を失っています」

「そうだそうだ。ミーカーイールの作り出した私の投影体に負けたんだ。我らの一族は、生まれつき力を霊廟に預けている。だからこの霊廟を突破できなければ、我らは弱いままだ」


 それに続いて、男―――ハサン・サッバーフは言い放った。


「だから、やつは死んだのだ。弱いままだから」


 その一言が、私の逆鱗に触れた。


「は?」

「む、怒らせてしまったか。申し訳ない、がこれは事実だ。私を倒したところで、この事実は覆ることはない」


 そう言われて少し黙ってしまった。だが、私の怒りは収まらない。


「それでも、自分の父親が貶されて黙っている奴はいないでしょ! ……いいわ、叩きのめしてあげる」

「その意気だ。私としても、早めに戻りたいのでありがたい」


 ハサンは私の奥にいるアズラーイールに向かって告げる。


「……だそうだ。もう始めてもいいのではないかね、アズラーイール」

「わかりましたよ、っと。では、この試練の内容を説明します。内容はただ一つ。彼を打ち倒してください。現在の冥府の主を討伐することが試練です。

 そして、求道者よ、あなたの持っているすべての武器が使用可能です。魔力、〝般若波羅蜜多(ミーカーイール)〟、〝菩提薩婆訶(ジブリール)〟、〝色即是空、空即是色(イスラーフィール)〟、そして〝是大神呪(わたし)〟。なんでもござれな戦いです」

「つまり、倒せばいいのね?」

「ま、そうなりますね。―――そして、最後に一つ求道者へアドバイスを」

「なに?」

「あなたが今お持ちの『四大天使』ですが、今は全ての制限から解き放たれています。なので、今までそれらを覆っていた『異教外殻』が外れ、真の力を発動できます。それを駆使して、冥想覇者(マーリク)を打倒してください」


 私は、懐に差してある『四大天使』に意識を向けると、これまでにない魔力反応を感じることが出来た。それらの二本―――〝神が殺す者(アズラーイール)〟と〝神に似たるもの(ミーカーイール)〟を構えてハサンを見据える。


「用意が出来ましたか?」

「ええ、もちろん」

「―――では、これより、『冥想』の試練を開始します! では戦闘開始まで5、4……」


 ハサンの方に集中する。初撃を繰り出すために、意識を傾ける。


「3」


 じり……と足に力を入れる。スタートを切るためだ。


「2」


 最後に精神を落ち着ける。


「1」


 そしてハサンを殺すための軌跡を空中に描きながら―――


「―――開始!」


 その跡をなぞる様に全身を駆動させる。そして一歩も動かないハサンの首に、正属性の魔力を流して存在を反転させた〝神に似たるもの(ミーカーイール)〟を当てようとする。

 そのときだった。


「遅い」


 その一言で、私の手にある〝神に似たるもの(ミーカーイール)〟は弾かれた。目にも止まらない速さで、何かに弾かれたのだ。

 その答えは一瞬で明らかになる。

 ハサンの左手には、もう一本の〝神に似たるもの(ミーカーイール)〟が握られていたのである。

 なんで……と疑問を声に出そうとするが、その心の声を読まれたかのようにハサンは私に告げる。


「なんで……と言いたそうにしているが、そう難しいことではない。これは私の生前が形になったもの。すなわち〝世界〟からの贈り物(ギフト)である『固有魔術・四大天使(アル・マラーイカティ)』―――亡者を裁くものとしての、私の武器だ」


 ハサンには追撃しようとする気配がない。なので、もう一度攻撃を仕掛けてみる。左手に持った〝神が殺す者(アズラーイール)〟でハサンの空間全体に切り込みを入れる。そして一言、呪文を詠唱する。


「潰れろ!」


 瞬間、切られた空間が勢いよく閉じる。そしてぐちゃ、と気持ちの悪い、肉がつぶれたような音がその場に鳴るが、すぐに聞こえなくなる。

 これでやったか、と思った。

 だが、冥府の主が、このようなものでくたばるはずもないのだ。


「ふむ。良い判断だ」


 その言葉にぞっとして、私は先程までハサンが居た場所から飛びのき、刺さっていた〝神に似たるもの(ミーカーイール)〟を回収する。そして、土煙に包まれた空間に目を凝らす。

 するとそこには、ハサンが何事もなかったかのように悠然と立ち尽くしていた。


「な、なんで……」

「この作戦の欠点は、相手が〝神が殺す者(アズラーイール)〟の起こす『世界の崩落』という現象に抵抗しうる対策を持っていないと思い込んでいた点だ。だが覚えておくことだ。この世界の上位に位置する者達には、すべからく世界が起こす何らかの現象を無効化する術があるという事を。

 ―――これが、その一つだ」


 そう言うと、ハサンは一つの方角を指差した。そこにはナイフが一本、冥界の砂に刺さっていた。これに気付いた私は同様にその四隅を見渡してみる。すると、他の隅にも同じようにナイフが刺さっていた。

 私は、察する。やられた。


「『神聖領域』……!」

「そうだ。我々の本来の力はこの『四大天使』と『系統別魔術:紛暗魔術』を操ることだけではない。それらは後付けであり、この霊廟を打ち立てた我々の先祖があくまでも補助として生み出したものに過ぎない。我々の本来の力とは―――そう、約束の地を再現することだ」


 ハサンは立ち尽くしながら、続けた。


「来い、我が孫娘。本当の『神聖領域』というものを教えてやる」

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