第六節―――「冥想」-Angel No.Ø-
Fatality...
イスラーフィールに「慈愛」の試練の間から追い出された後、私は霊廟の中央に位置する広間に戻ってきていた。しばらくアズラーイールを探してもどこにもいなかったからだ。
この広間をよく観察するとここを中心とした三本の道が広がっており、それぞれが「忍耐」、「正義」、そして「慈愛」の試練の間へとつながっていることに気づいた。しかし、それならば最後の一つ「冥想」の試練の間へとつながっているはずの通路がない。で、あるから私はこの広間のどこかに隠されているのではないかと思い探している最中なのだ。
だが、いくら探しても何も見つからない。
「なんなの、ほんと……」
私は疲れ果てて、イスラーフィールと初めて接触した広間の中央にそびえたつ大樹の下に腰を下ろした。
深呼吸をしながら、ゆっくりと『神聖魔術・神に癒されたるもの』を全身へ回していく。魔神になったから正属性の魔力を自力で生み出せるの助かる。
先ほどイスラーフィール相手に憤怒の波動が発動してしまったために全身の筋肉が痛い。あれは自らの怒りの感情を魔力に変換して無理やり基礎身体能力を向上させる仕組みだからだ。
私の身体をほのかに暖かい光が包んでいく。
「ふぃ~」
つい気の抜けた声が出てしまうが、仕方ないだろう。一度イスラーフィールに治癒してもらったからと言ってそのすべてが治ったわけではないし、先ほどの試練で結構な精神力を使ってしまった。メンタルを回復させないと次の試練に響く。
そして『神聖魔術・神に癒されたるもの』によっておおよそすべての損傷が回復されると、私はその時点で魔術の行使をやめた。次の試練は最後の試練ということで今までよりもキツイものになるだろうから、魔力を温存しておくことに決めたのだ。しかし……
『はい、「慈愛」の試練は突破となり、最後の試練へ赴くことになります。最後は「冥想」の試練。恐らく「正義」の試練よりかは容易でしょうが、それでもあなたが〝気づかなければいけないこと〟に気づけなければ絶対に突破はできずそこで性根尽き果てるでしょう』
あれはつまり、どういう意味なんだ? 〝気づかなければいけないこと〟って、なんだ?
私が物思いにふけっていると、
「悩み事ですか、求道者」
「うおお!」
目の前から声がして反射的に大声をあげて驚いてしまう。しかし、その声の主をよく見てみると、黒い修道服、あるいは喪服のようなものに身を包んだ黒い翼をもつ天使―――すなわちアズラーイールがそこに悠然とたたずんでいた。相も変わらず背中には命を刈り取る形をした鎌が十二本浮いており、先ほどよりは小さくなっているものの、危なっかしく回転している。
「アズラーイール、様」
「様付け、ですか。なるほど敬虔な事ですが……この場では不要です。どうぞアズラーイールとお呼びください」
「あ、アズラーイール……あなたが呼びに来たということは、つまり……」
「ええ、試練の時間です。求道者、あなたの疲労も回復されたところでしたので、呼びに来ました。どうぞこちらへ、一歩」
不思議な言葉回しに困惑しつつも、私はアズラーイールに言われるがまま一歩踏み込んだ。すると、
バンッ! という音とともに地面がまるで扉が開けられたかのように割れ、私は真っ逆さまに下へ落ちていった。
「きゃああああああああ!! アズラーイール!」
「すみませんね、こうしないと試練の間へ行けないもので」
アズラーイールは穴の上から私を見下ろし、そう言った。
そしてそのあと。
ぐしゃり、とおとがして。
しかいがあんてんする。
――――――活きよ、活きよ。
「―――ハッ! ……ッ」
私は何者かの声によって目が覚める。勢いよく起き上がると、背中も頭もズキズキと痛い。ぼぉっとする頭を振ることによって何とか強制的に起動させると、辺りの状況が入ってきた。
私はどうやら穴に落ちた後、その真下に落ち切ってしまったらしい。辺りは薄暗い荒野が広がっており、遠くにはぼんやりと火のようなものが見える。火事だろうか?
「残念ながら火事じゃありませんよ、求道者」
「うおおおおおお! って、アズラーイール?」
「はい、いつでもあなたの隣に魂を刈りに来る『冥想』の審判、アズラーイールちゃんですよー。ぶい」
アズラーイールはそう言ってピースサインをした。ヴェールのようなもので表情は読み取れないので多少不気味ではあるが。
「……それで、ここはどこなの? 知ってんでしょ? あなたが連れてきたんだから」
「ええ、よく知っていますとも。まあ、知らないほうがいいかもしれないですけどネ」
「つべこべ言わずに教えなさいよ」
「はいは~い、まったく。今回の求道者はちょいと天使使いが荒いというか……」
アズラーイールが悪態をつくと、その空気感のまま、当たり前かのように気だるげに言い放った。
「地獄です、ここ」
「―――は?」
「だーかーらー、地獄ですよ、ここ。正確には地獄の一歩手前の〝冥府〟ですけどネ」
そのように言ってのけたアズラーイールに対して私の堪忍袋の緒は限界を迎え、彼女の胸倉につかみかかり、ブンブンと彼女を振り回した。
「何してくれてんの、ほんとに! 何地獄に連れてきてくれちゃってんのよ! 私どうやって帰ればいいの?! まさか徒歩で帰れなんて言うんじゃないでしょうね? まずまず地獄に来てるってことは、私一回死んだってこと?」
アズラーイールは私に振り回されて「ぐえぇぇぇぇ」とか呻いていると、口を開ける。
「ええ、まあ。一回じゃなくて現在進行形で死んでますけどネ、求道者」
「なぁぁぁにしてくれちゃってんのほんとにいいいいいいいいいぃぃぃぃぃ!!!!!」
「こんなんでビビってたら世話ないっすよ。ちょっと落ち着きましょ、ね? 私もそろそろ限界でエーテルをリバースしてしまうのですが」
アズラーイールの姿を見てみると、目を回しながら顔色をとても悪くしていた。罪悪感を覚えて手を放してやる。すると、アズラーイールはぐるぐると回転しながらその場にうずくまった。
「うぅ……は、吐く……」
「うぇっ?!」
そう言ってアズラーイールはえづいて、リバースしてしまった。すると、カラン、と金属音がした。あまり見たくはないが、それでも勇気を出して金属音がしたところを見てみると、そこには銀色に輝く一本の鍵が転がっていた。アラベスク文様の入った、奇怪な形の鍵である。
「これは?」
「うぅ……これは……礼装ですよ。―――其は冥界から『冥想』へ。神に挑むものを導かんとするもの。起動せよ、汝の名は―――〝冥想神鍵・奈落聖別〟」
仰々しい詠唱の後に、アズラーイールは空中に突如として現れた空間の歪みにその鍵、〝冥想神鍵・奈落聖別〟を差し込むと、そのまま右へ回した。するとガチャリ、と音をした。
どういう訳か、何もないところからずるり、と泥が沸き上がるように扉が現れた。まるであの〝越聖の閂〟とクー・フーリンを思い出させる。だが……それは違った。あの〝越聖の閂〟のような神聖さが感じられない。―――否、強すぎるが故にそれは例えるならば教会の様なものではなく、いつか父と行った禁足地のようなおどろおどろしいものであった。
シンプルな木造の扉を、黒色の天使は、ぎぃ、と開ける。
「さ、どうぞ。あなたの最後の試練です」
私は頷き、促されるまま扉を潜り抜けた。
すると、そこには四方が石の壁に囲まれた長方形の部屋にたどり着いた。部屋、と言ってもいいのだろうか。どちらかと言うと、屋外に作られた箱のようなものかもしれない。その証拠に、天井が開いており、そこから無数の星と空を塗りつぶした夜が見える。
そして後ろから再び、ぎぃ、と扉の音が聞こえた。振り返ると、その扉はすでに閉じられており、扉の前にはアズラーイールが鎌をもって立っていた。
「さあ、これから始めるは、あなたへの最後の試練。神が与えた、神に近づかんとするあなたへ向けた、最後の花束。あなたへ贈る―――死の試練」
続けて、言う。
「ここで死ねば、本当に死にます。他の試練の間で死んでも、あなたは自分の部屋で目覚めるだけですが……。今ここにいるのはあなたの魂そのもの。魂が殺されれば、例え身体が生きていてもそれは抜け殻なのでいずれ朽ちてしまう。―――あなたは、命を賭す覚悟、ありますか?」
私は迷わず答えた。
「―――もちろん!」
アズラーイールは微笑んで、すぐに怖い笑みへと変わった。
「わかりました……では、では! ではではでは! あなたに最後の試練を授けましょう! 来なさい、地獄の審問官。―――冥想覇者、ハサン・サッバーフよ!」




