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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第878話 あの時から、あの時よりも

 空を飛ぶ魔獣も、以前とは比べ物にならないほど存在した。

 その中の一匹が数多の蛾が連なったような細長い姿で宙を舞い、口から粘着質な糸を撒き散らしてヒトたちの動きを鈍らせる。

 地上からその動きを目で追っていたミカテラは狼型の魔獣を召喚獣で防ぎ、その間に青い炎で弓矢を作り出すと蛾を射った。


 頭部を狙った矢は回避されたものの、外れはせず長い胴体に命中する。


「やっ……ったァ!?」


 魔獣の体液が噴き出し、眼下にいたミカテラたちに降り注ぐ。

 体液が予想以上に多かった上、糸状にせずとも一定の粘着性を持っており足場が更に悪化した。糸の材料が体内に液体としてストックされていたのだ。

 そんな液体の噴き出す傷口を見たところ消化器官などは見当たらず、まるでこの時とこの用途のためだけに生まれたような魔獣だった。


 魔獣は細長い体に等間隔に作られた弁を持っているらしい。

 まだ沢山の体液を残している様子で、傷をものともせず再び糸を吐き散らしだす。


「ミカテラ、あいつ物理で攻撃しちゃダメだわ。射ったついでに傷口を焼いて!」

「魔法弓術が得意なフォレストエルフでも超難しいんだってそれ!」

「ならここは私がッ……」


 ベラは大きな炎の球を作り出すと蛾の魔獣に向かって打ち出した。

 しかし炎の球は大きくとも動きが遅く、糸を少し焼いただけで簡単に避けられる。

 悔しげなベラが舌打ちしている間にコンドルやハゲタカに似た魔獣も空高くから急降下してきた。


「こんなの……ヨルシャミさんたちの訓練よりはマシよ!」


 襲われかけた仲間の前に炎の壁を作り出し魔獣の攻撃を防ぐ。

 しかしそんなベラの真後ろに迫っていたネズミが固い前歯を剥いた。

 ネズミといっても人間サイズである。歯茎にはびっしりと触手が生えており、噛みついた相手を離さないよう抱き込むためにわらわらと動き出す。


 そんなネズミの脇腹を真横から吹き飛ばし、あっという間に燃え上がらせたのはベラによく似た容姿の女性による炎の球だった。

 炎の球はベラの作り出したものと同じサイズだというのに倍以上のスピードで動き、ネズミを燃やした後も止まらずに空中でクンッと曲がると蛾の魔獣までもを巻き添えにする。

 目をぱちくりさせたベラは仲間をサポートしながら口を開く。


「マ、ママ!?」

「ベラシェーライラティカ、油断大敵よ」


 そこに立っていたのはベラの母でありベタ村の高位魔導師、ベルだった。

 伊織が目覚めるまでの間、静夏と共に世話をしてくれた女性である。

 彼女の魔法による手助けがなければ伊織は目覚めてすぐ動き回れる肉体を維持することができず、ヨルシャミを助けに行くこともできなかっただろう。


「世界の危機だと聞いて私も志願したのよ。ほら、ちゃんと前を向いて適切なタイミングで防御!」

「……!」


 ベラは娘よりも心酔した聖女マッシヴ様を取った母に複雑な気持ちを抱いていた。

 しかし久しぶりに母の顔を見た瞬間、そんなもやもやとした気持ちが吹っ飛んでしまったのを感じる。あとでそれを拾い集めて文句を言ってやるんだから、と決意しながらベラは炎の壁を作り出した。


「わかってるわ。ミカテラ! 新手の飛行魔獣が来たから射ってちょうだい、防御は私が受け持つわ!」

「了解!」


 ベラの指した先から新手が現れ、ミカテラが狙いを定めた。

 母に成長を見せつけてやりたい気持ちはある。

 あの時から――ママが去ってからこんなにも成長したのよ、と。

 だがここで遠距離攻撃に適任なのはやはりミカテラだ。出しゃばりすぎてその判断を誤るわけにはいかない。ベラはそう判断した。


 そんな娘の行動を見ながらベルは口元の端に笑みを乗せた。

 成長したわね、と小さく呟きながら。


     ***


 ステラリカは慣れない様子でリーヴァの背にしがみついていた。

 リーヴァがようやく前進をやめたところで「こ、ここですね!?」とややひっくり返った声で言う。


「はい。ステラリカさん、宜しくお願いします! もし落ちそうになったら絶対に助けるんで!」

「大丈夫です、なんのこれしき……!」


 ステラリカは事前に予行としてワイバーンの姿をしたリーヴァの背中に乗ったことはあったが、やぐらを作るにはその状態から地面を覗き込まなくてはならない。

 魔法の効果範囲に入れるためにある程度は高度を下げてはいるものの、まだ相当な高さだ。見下ろすだけでくらくらするほど高い。


 深呼吸したステラリカは地面をしっかりと視認し、土の魔法で頑丈なやぐらを作り出す。


 強度は南ドライアドたちの住居やラクダ小屋を作った時よりも増強してあった。

 あの時点で雨風に曝されても数十年耐えられる代物だ。そこへ上乗せされた強度はリーヴァが体当たりしても一度では崩れないほどだという。

 その上へ降り立った伊織、ヨルシャミ、ナレーフカはぐらつきもしないしっかりした足場に賞賛を送る。


「これなら大丈夫そうです、ありがとうございます!」

「よかった……じゃあ私たちは次のポイントへ向かいますね」


 ステラリカはこれから同乗しているベンジャミルタの転移魔法で第二やぐらの設置予定地に飛ぶことになっていた。

 予定地には先行して仲間たちが向かい、邪魔な魔獣を少しでも減らしてくれているはずだ。

 ベンジャミルタは三人に軽く手を振ってみせる。


「イオリ君、ステラリカさんとやぐらのことは任せておくれよ。じゃ!」

「イオリさん、ご健闘を!」


 転移魔法でステラリカとベンジャミルタが去ったのを確認し、リーヴァがふわりと舞い上がってこちらへ向かってくる白鳥に似た魔獣の喉を噛み切った。

 そのままここは自分に任せてくださいと言うように咆哮を轟かせる。

 伊織はリーヴァに頷くと頭上に広がる大穴を見上げた。


(あの時よりも大きく見える……)


 本当に大きくなっているのか、精神的な問題か。

 そのどちらでもやるべきことは決まっていた。


「イオリよ、準備はいいな?」


 ヨルシャミはそう問いながら影で作り出したロープ――影の糸をより合わせて作ったものを命綱として伊織、ナレーフカ、そして自身の体にくくりつけながら問い掛ける。

 その問いへの答えも随分と前から決まっていた。


「大丈夫だよ、始めよう」


 伊織は暴れそうになる心臓を宥め、心を落ち着かせながらそう返す。

 不思議と口に出すと緊張が空気に溶けるようにして目減りした。

 伊織はヨルシャミの薄緑の瞳をじっと見つめた後、一旦目を閉じると――次に瞼を開いた時には再び頭上を見上げ、金色の糸と針を両手から作り出していた。

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