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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第879話 見えざるその筋肉で

 人工的に作られた穴と比べ、成熟した世界の穴は悍ましい大きさをしている。

 加えて太陽光を遮るせいでミッケルバードの一部は夜のように暗いままだった。


 瞳孔が暗さで開いた影響か、穴の奥に潜む赤黒さまでよく見える気がする。

 初めて直面した時に感じた絶望感を思い出しながら伊織は金色の糸と針をふわりと浮かせて穴の端に向かわせた。

 伊織の魔力により作り出された針と糸はニルヴァーレと同じくミッケルバード内なら伊織から離れていても消えることはない。風を切る音を響かせながら一直線に進み、魔獣が邪魔をしようとしても糸を切ることは叶わなかった。


(……穴の端から端まで把握できるのはこの位置が一番だけれど)


 針と糸が端へ辿り着くまでにかかる時間だけで大きさがひしひしと伝わってくる。

 だが伊織は心折れることなく指先で針を操り、端へ到達するなり空中に針先を突き刺して侵入させた。

 ――ここからが難しいところだ。人工のワールドホールより大きいということは針が見えない場所を潜る時間が長くなる。

 的確に反対側のふちへと出るよう伊織は瞬きも惜しんで凝視し続けた。


(長い……やっぱり糸に使う魔力だけでも相当なものになりそうだ。けど大丈夫)


 自分にはヨルシャミたちがついている。

 伊織は一瞬呼吸を止めると腕を斜め上へ突き上げた。

 すると反対側のふちから金の針の先端がきらりと現れ、そのまま一気に引っ張り上げられる。


「ッよし……!」


 穴が巨大なため縫い合わせは段階的に行なわれる予定だ。

 伊織は一段階目分として十分な長さの糸を作り出すと、最後に結び玉を作ってから針を思いきり引く。

 結び玉は煌めきながら暗い空を飛び、穴のふちまで到達し――その瞬間、腕を力一杯引かれたような衝撃に伊織は歯を食いしばった。

 縫い合わせようにも穴が大きすぎてあまりにも固いのだ。


(それに、これは……っずっと開きっぱなしだから、生まれたてだった人工の穴より硬質化してるのか?)


 そんな予想はイメージに反映されてしまい、鉄を縫い合わせているような気分になる。

 いや、実際には鉄よりも固いのではないか。

 そんな思いが心の中に充満しかけたが、しかしそれは予想していたことでもある。

 こんな世界の敵を簡単に閉じれるはずがない。伊織は大きく息を吸うと自身の中にある魂を意識した。


 母の静夏は肉体の筋肉と共に絶大な力を授かった。

 そして伊織は他の誰よりも強大な魂の力を授かった。

 強い魂。それはいわば母にとっての筋肉のようなものだ。


 細い金の糸をまるで極太の荒縄のように引く伊織を足元に集まった防衛班が見上げる。その中にはベレリヤ出身者も数多く居た。

 彼らは伊織が苦戦していると知るや否や、魔獣を切り伏せながら口々に言う。


「インナーマッシヴ様! 頑張ってください!!」

「インナーマッシヴ様、どれだけ固く感じられようとも貴方の力ならシルクの布のように縫い合わせられますとも!」

「昔カザトユアに立ち寄られたと聞きました! 俺の故郷です! インナーマッシヴ様、その名産の布を思い出してください! 素晴らしい手触りでとても縫いやすいものです!」


 数々の声が真下から届く。

 途中から聞き取りやすくなったのはヨルシャミが風の魔法で補助をしたのだろう。

 つまりこの声は伊織のイメージを邪魔するものではなく、助けになるものだと彼が判断したということだ。

 伊織は握り込んだ拳から一切力を抜かず、口元をほんの少し持ち上げる。


「ッ……僕さ、あの呼び方めちゃくちゃ嫌だったんだよね……!」

「ははは、何度も頭を悩ませていたな」

「そう、っ……でも嫌だったからこそ、言葉に込められた意味が凄くよく浸透してくるんだ」


 伊織の性格的に、嫌なものほど詳細にイメージしてしまう。

 だがそれが今は力になった。

 広く親しまれている筋肉信仰の影響か、民衆はどの土地でも絶大な魂の力を持つ伊織をインナーマッシヴ様と呼ぶ。表にはない深層筋の名にあやかって。

 つまり魂の力も目に映らぬ筋肉として見ているのだ。


 筋肉なら苦も無くイメージすることができる。

 母の、静夏の荘厳で美しく力強い筋肉だ。


 人々に呼ばれるたび伊織の中でそのイメージが固まっていく。

 ――この世界で生まれ変わってから、伊織は個としてではなく『聖女マッシヴ様のご子息』として見られることが多々あった。個として見られたいと思ったこともある。

 しかしそれと同じくらい、母のようになりたいとも思ってきた。

 それを両立するならば。


「……ッ僕もマッシヴ様になる!」


 吠えるようにそう言い、関節を軋ませ糸を引く。

 それはさながら途方もなく大きなバーベルを持ち上げる静夏のようだった。その姿を幻視したヨルシャミは瞬きをやめて伊織を見る。

 インナーマッスルも筋肉だ。

 伊織は喉の奥から声を絞り出し――


「だから僕も、マッシヴ様だ!!」


 ――目に見えぬ筋肉で金の糸を引き、ぱっくりと口を開けていた世界の穴の端を引き寄せ縫い合わせた。

 歓声がミッケルバードのあちこちから上がる。

 世界の穴は強大だが、閉じることが出来る驚異だと誰もが認識した。

 伊織と共に並び立っていたヨルシャミも、ナレーフカもそうだ。呼吸を整える伊織の背に柔らかく触れ、ヨルシャミが小さく頷いて言う。


「あぁ……お前の言う通りだ、イオリ」

「……ヨルシャミ」

「お前は誤った道を歩まされたが、こうして皆に希望を与えることができた。これはまさに」


 血流が止まるほど力み、真っ白になった伊織の手に己の手を重ねてヨルシャミは微笑んだ。


「マッシヴ様であり、救世主だ」

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