第20話 渡る世界は謎ばかり
――数日後。
伊織はヨルシャミが回復するのを待ち、改めて助けを求めた理由を訊ねた。
白湯を啜りながらヨルシャミは薄緑色の瞳で伊織を見る。
時刻は夜、光を揺らめかせる火の魔石に照らされた表情は思案するものだったが、返答はそう長く待たずにあった。
「ふむ……とりあえず私もお前たちが魔法知識の薄い一般人だということは把握した。そんな者にどう話せば伝わるのかさっぱりでな、故に発端から話そう」
自分や母親はともかくリータさんたちは魔法知識を持ってるのでは?
伊織はそう思ったが、恐らくヨルシャミにとっては初歩も初歩すぎて『魔法知識がある』とは呼べないのかもしれない。
現にフォレストエルフは基本的に光源の確保と魔法弓術にしか魔力を活かしていないのだ。
低級のものとはいえ魔石が豊富に採れる土地の影響だろうが、光源の確保も魔石に頼ることが多い。これは人間にも共通して言えることだった。
ヨルシャミは「よーく聞け!」と己の胸元に手を当てる。
「私は超賢者として名を馳せし魔導師中の魔導師! 古今東西ありとあらゆる魔法を繰り、新奇なる魔法を創生せし者!」
「名を馳せてたわりに誰も知らなかったけど……」
「なっ、水を差すな! 腰を折るな! お前たちが無学なだけだ!」
ヨルシャミは咳払いをして話を続けた。
「……で、あるからして。私を狙う者も数多くいたわけだ。その中に特殊な組織も含まれていた」
「特殊な組織?」
「魔法、医学、科学、力学を用いた機械工学など様々な技術を融合させ、バランスを保ち勢力を拡大していた組織だ。名は『ナレッジメカニクス』――隠れ蓑の多い組織ではあったが、これも聞いたことがないか?」
伊織が顔を上げてリータとミュゲイラを見ると、彼女たちも初めて耳にするのか首を傾げていた。
「その、そもそも……」
「む? なんだ、言ってみろ」
「魔法と医学はわかります。科学も大きな都市では研究されていると聞いたことがあります。でもキカイコウガクって何ですか?」
「そこからか!?」
ヨルシャミは思わず立ち上がりそうになったのをぐっと堪える。
ほとんど回復はしたが、また無茶な動きをして倒れては元も子もないと理解しているようだ。そのまま「私も奴らから得た知識だが、そこまで一般的ではないのか」とぶつぶつと言っている。
しかしそれでも会話全体を通して違和感があるのか首を傾げていた。
「しかしなんだ……? さっきから微妙に話が合わないのだが」
不思議そうにしつつもヨルシャミは再び自分の言葉を継いだ。
「とりあえず話を戻す。ナレッジメカニクスはこの世のありとあらゆるものを自分の手で暴き、理解することを目的とした組織だ。学び知ることこそ力なり、というわけであるな」
「学校みたいだな……」
翻訳がされている場合は精査しても意味がないが、伊織が前世の感覚で名称を聞くと本などから知識を得て機械学を学ぶ組織のように感じられる。
しかしヨルシャミの説明を聞く限り分野は更に多岐にわたるだけでなく学び方も異なるのでは、と疑問が浮かぶ齟齬があった。
伊織の例えを聞いたヨルシャミは眉を下げて笑う。
「ふは、そんな良い存在であるものか。まあ私も組織の思想自体はわかるが……あやつらは学びを盾に侵してはならぬ領域を侵し、目的のためならば善悪すら投げ捨てる者たちだった」
伊織は現実に引き戻された気分になりながら耳を傾ける。
ヨルシャミは今度は自身の頭を指した。
髪でも頭皮でもなくその更に内側を指している。
「ナレッジメカニクスが求めたものがここに山ほど詰まっているのだ。その中でも特に喉から手が出るほど求めていたのが――この世に存在しないはずの神と会う方法である」
「存在しないはずの……神?」
「そう、万物にはそれらを司る神がいるが、長い間これだけは絶対に存在しないとされていた……『この世界そのものの神』だ」
万物に神がいるのなら自分たちが暮らす世界そのものの神もいるのではないか。
そう考えた魔導師や学者は過去にも沢山いたが、結局それを証明することはできなかったという。他の神も普通は物理的に目にできるものではないが、加護を得た者や加護を与えられた種族などが観測されている。
ヨルシャミの説明を耳にしてリータとミュゲイラはきょとんとした顔をした。
「た、たしかに存在しないはずの神、ですね。この世界は幾多もの神々で形作られているっていう考え方が一般的なので……えっ? 本当に? いるんですか?」
「昔そういう絵本は読んだけど完全に創作って形だったぞ」
リータたちにとってもこの世界そのものの神というのはありえない存在らしい。
伊織はそっと静夏を見る。
世界そのものの神。
それは――自分たちをここへ招いた人物なのではないだろうか。
現時点で出ている情報を聞く限り伊織にはそうとしか思えなかった。
静夏もそう感じていたようだが、まずは話を全部聞いてみようと伊織に目配せをする。その間にもヨルシャミの話は続いていた。
「自ら作り出したものではあるが……そのような神に会う方法などこの世に出してはならぬものだと私もわかっていた。故に知らぬ存ぜぬを通していたのだ……が」
ヨルシャミは少し言いづらそうに口をもごもごとさせる。
この瞬間だけは見た目の年齢相応に見えた。
「ううむ、これはちょっと恥ずかしいことなのだが致し方ない。――ある時、業を煮やした奴らに捕まり無理やり知識を吸い出されそうになった故、心臓を触媒にして何が起ころうが眠り続ける魔法を自身にかけて凌いだのだ」
「なんかさらっと凄いことを言われたような……」
とんでもない魔法を使ったんじゃないかという気持ちが伊織の中に湧く。
ミュゲイラは別の疑問が湧いたのか「恥ずかしいことなのかそれ?」と首を傾げていた。むしろ凄いことをしたのではと思ったらしい。
「恥ずかしいわ! 舐めプしていたら足元を掬われたのだからな! ああもう言うつもりはなかったのに余計なことを!」
ミュゲイラの質問に噛みつくように言った後、ヨルシャミは頭を抱えて唸る。
こうして口が滑るのは夢路の魔法の影響というよりも持ち前の性格のせいだったんじゃ? と伊織は思わずにはいられなかったが深呼吸して心の中にしまっておいた。
この世には言わないほうが良いこともあるのだ。
「ま……まあ、長くて数年の設定だったのだが、イレギュラーが起こった。ナレッジメカニクスは私の脳を取り出して別の体へと移植したのだ」
「は!?」
「初めからやらなかったところを見るに、あやつらにとっても簡単なことではなかったようだがな。もしくは簡単に決められることではなかったか」
ヨルシャミは白湯を飲み干して器を置く。
日常の動作だが、話している内容は日常ではない。
「しばし試行錯誤されたのちに放置、その後は移植で触媒たる心臓と切り離されたため魔法が解けて目覚めてしまったようなのだ。更には新しい体と私の魔力が馴染まずに不安定極まりなくてな……まあこの体は檻の代わりでもあったのだろう」
恐らく触媒が切り離されてもすぐに目覚めたわけではない。
むしろ封印に用いた魔法が暴走した結果、当初の制限時間を無効にし、目覚めは時間をかけ徐々に行なわれることになった。
ヨルシャミはそんな予想を口にする。
そうしてヨルシャミが覚醒する頃にはナレッジメカニクスの興味は別のところへと移っていたのか監視の目が緩かったという。
脳移植という暴挙に出るほど追い求めていたものとはいえ、長期間眠ったまま何も進展がなかったのならそういうことも起こりえるかと伊織は納得した。
故にナレッジメカニクスもすぐに目覚めに気がつかなかったのではないか、とヨルシャミは更に予想する。
言葉を失っている面々の代わりに静夏が口を開いた。
「そこで不安定な魔法を使ってあそこまで逃げてきた、ということか」
「うむ、不安定故に自分の魔法で死ぬ可能性もあったが、そこに自動予知が起こり、少なくとも私はあの小屋までは逃げおおせることがわかった」
ヨルシャミが言うにはその確証を得たからこそ夢路の魔法で魂の力が強い者――要するに魔導師に助けを求め、逃げた未来の自分を助けてもらおうとしたらしい。
戦えない医者やただの村人に助けを求めるよりは回復魔法や攻撃魔法も使える可能性が高い『強い魔導師』に頼ったほうがいいと考えたわけだ。
余力から見て一度だけ、しかも短時間しか使えない夢路魔法。
その夢の繋がった先にいたのが伊織だった。
「よもやこんな子供が引っかかるとは思っていなかったが」
「僕としてもまさか自分が引っかかるとは思わなかったよ……」
「しかしまあ、完遂したことには心からの礼を言おう。ありがとう」
素直に礼を述べたヨルシャミは緑色の髪の毛を摘まむ。
意味があってのことではなく照れ隠しによる行動のようだ。
――本人に言うと怒られてしまいそうだが、伊織にとっては尊大な物言いも含めてなんとなく妹のように感じられた。
正確には伊織には妹がいたことがないため想像でしかないが、なんとなくそんな印象を抱いてしまう。きっと親近感を感じた影響だろう。
そんなことを考えていると弄っている髪に意識が向いたヨルシャミが言った。
「それにしても私と相性が悪いと思ったらこの髪色に耳……ベルクエルフか?」
脳を移植されたという話が本当ならヨルシャミ本人も肉体のことをほとんど知らないということになる。
訊ねてみると顔はガラスに映った姿を見て大まかに把握していたが、細かなところは見ている余裕がなかったのだという。
つまりどこの誰なのかもさっぱりわからないということだ。
「相性が悪いっていうのは?」
「この世に三種のエルフがいるのは知っているだろう?」
伊織がこくりと頷くとヨルシャミは摘まんでいた毛先から手を放した。
「私は元は三種のうちのひとつ、エルフノワールの出だ。この種はほとんどのベルクエルフが持つ水の属性との相性がすこぶる悪い。それ以外には、まぁ」
ヨルシャミはなんでもないことのようにそれを口にした。
「肉体の性別が違うからな」
「……」
「……」
「……」
性別が異なると魔力の流れ方も異なるため操作しづらい、などと話し続けているヨルシャミの前で伊織、リータ、ミュゲイラは顔を見合わせる。
静夏は落ち着いた様子で腕組みをし、四人分の感想を口にした。
「……世の中は不思議なことばかりだな」
まったくもってその通りである。





