第21話 一緒に行こう
目的のためなら手段を選ばない剣呑な組織『ナレッジメカニクス』
存在しないとされている神。
その神と会う方法を知っているからと脳を別の体に移植されたヨルシャミ。
ヨルシャミによりもたらされた情報をどう扱うべきか話し合いながら、伊織はただひとつ確かなことを自分の中で再確認していた。
他人の体であるため見た目、性別、年齢はあてにならないが――か弱そうな女の子でなくても、ヨルシャミは助けを求める人だ。なら助けてあげたい、と。
(それに……不出来な僕に初めて助けを求めてくれた人だ)
ベタ村でゴーストゴーレムから助けた少女は伊織としては自分が巻き込んだ被害者だと感じていた。
迷子になっていたのならいつかは餌食になっていたかもしれないが、あの瞬間に関してはゴーストゴーレムを引きつけた伊織が突っ込んだ形になる。
そしてミストガルデやミュゲイラを助けたのは静夏だ。
伊織は眷属の残党退治を手伝っただけだ。少なくとも本人はそう思っている。
母親のように誰かを救いたいと思い続けてきた。
そんな自分に初めて直接助けを求めてきた人だからこそ助けたいと強く思うのかもしれない。
伊織はそう自覚した上で――それがヨルシャミにとって助かるための手段のひとつに過ぎなかったとしても、最後までやり遂げたいと思っていた。
人を救うのに相手の感謝は必要不可欠ではないのだから。
「そうだ、小屋でのこと!」
伊織が考え込んでいるとヨルシャミがポンッと手を叩いた。
「イオリ、お前が私をキャッチした件についてだ。前にも言ったが予知の結果は覆らん。しかし微々たるものながら予知の結果からズレたのは一体何故なのかずっと考えていたのだ」
それがわかったのかと全員が注目するも、ヨルシャミは「言っておくがまだ解明はしてないぞ」と付け加えた。
「とりあえず考えつく可能性としては三つ。『あの予知の光景は逃亡時ではなくまだ先のことである』と『私の見間違え』と……」
「よ、予知に見間違え?」
「私は基本的に映像で見えるのだ、運が良ければ周辺の情報もわかるが酷いノイズがある。……で、三つ目」
仕切り直したヨルシャミは伊織に視線をやる。
それがなぜか今までの視線とは違って感じられ、何かを見透かそうとしているかのようで伊織は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「三つ目は『イオリが干渉することでズレた』だ。――笑ってしまうほどアホな予想だが、イオリ、そしてそっちのガタイの良い者。お前たちは魔力の質が違う」
ヨルシャミは伊織と静夏を指して不可解なものを見る目をする。
「これは私の持論だが……魔力は生き物だ」
「生き物? 魔力がですか?」
魔力が生き物だという説は現地人であるリータたちも初めて聞くのか思わずオウム返しに聞き返した。
こういった反応に慣れている様子でヨルシャミは軽く頷く。
「生きていられるなら形にこだわらない生き汚さを持つ正真正銘の生き物だ。しかし大気中に漂っているとそのうち霧散して死を迎える。死を回避するため人の体に寄生し、対価として自身の一部を事象に変化させること……それが魔法の正体なのだ」
仮宿に収まっても安心はできない。生き物である魔力には餌が必要だ。
その餌となるのが寄生先の魂だという。
餌といっても魂自体を食べるわけではなく、生命活動の際に発生するエネルギーを食べているらしい。
そのエネルギーは人間には不要なものであるため、共存の成り立つ寄生関係だとヨルシャミは説明した。これも持論だというが自らも魔法を操る魔導師として自信のある説のようだ。
世間で言われる『魔導師としての才能』の有無は魂がこのエネルギーを多く生み出せるか否かで決まる、と言いながら再び伊織たちを見た。
「魔力は餌によって性質を変えるのだ。お前たちは魂そのもの、魂が纏うオーラ、そして魔力の質に至るまですべて見たことがない。まるで……そう、まるで他の世界から現れたような突飛な魂だ」
「……!」
どんぴしゃりで言い当てられた伊織は息をのんだ。
一方で真に受けていないのかリータは戸惑った様子を見せる。
「マッシヴ様はたしかに不思議な存在ですけれど、それは聖女であるからで……」
「聖女? 聖女……その聖女たる所以が私は気になるのだ」
「――母さん」
伊織は静夏にそっと声をかけた。
ふたりとも対応はベタ村にいた頃から決めてある『旅先では信頼できる人物に何か良いきっかけがあるまでは積極的には話さないでおこう』だ。
つまり転生者であることは特別必死になって隠してはいない。
ヨルシャミは実際に会ってから日が浅いが、その知識量を見ていると打ち明けることでメリットがあるように思えた。
リータとミュゲイラも一緒に旅をすることで信頼できる人物だとわかっている。
情報を悪用はしないだろう。そもそも旅の本来の目的からは少し外れているヨルシャミ探しも快く手伝ってくれたほどの『良い人』たちだ。
そう感じているのは伊織だけでなく静夏も同じようで、伊織が何を言いたいか呼ばれただけですべて伝わった様子だった。
「三人とも、それについて我々から話すべきことがある」
聞いてくれるか、と静夏は両手の指を組んで言った。
***
「――っ転生者!? しかも存在しないはずの神による指名で!?」
「マッシヴの姉御たちヤベーしスゲーじゃんか!」
経緯を聞いたリータは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をし、ミュゲイラは語彙力をなくした。
一部の人間だけとはいえ、転生者であることはベタ村では最初から受け入れられていたため伊織にとっては新鮮な反応だ。
ふたりは仰天していたが、そこに否定や拒絶の感情は含まれていない。
現に疑うことなく「前世はどこにお住まいだったんですか?」「マジで筋肉は神のご加護によるものだったんっすね!」などと多方向から食いついている。
そうだ、ヨルシャミは? と伊織が視線を向けると、ヨルシャミは――口元に指を添えてぶつぶつと呟き続けていた。
まるで思考モードに入った探偵のようだ。
「他の世界からの転生……なるほど、この世界には世界そのものの神にも手を出せない決まり事があるが、外なる者ならそれに干渉できるということか。侵攻は世界の病……その治療者はまさしく救世主か、ふむ……」
「え、ええと、ヨルシャミ?」
伊織は目の前で手の平を軽く振ってみる。
ヨルシャミは気がつかない。驚くべき集中力だ。
「要するに外なる者だからこそ予知にも干渉でき、魔力の質も異なるというわけか、なんだこれは……本当に初のケースばかりではないか! イオリ!」
「うぉわっ!」
突如意識を向けたヨルシャミは伊織の両肩を掴むと瞳を輝かせて言う。
「憂鬱なことばかりだと思っていたが――俄然興味が湧いてきた! お前たちは面白い、故に私もその救世の旅に同行させてもらおうではないか!」
「ヨ、ヨルシャミがいいなら……」
「いいに決まってるだろう! ……ああいや、しかし冷静になって考えてみれば……私はこれからもナレッジメカニクスに狙われるかもしれぬ身。しかも魔法は想像以上に不安定だ。お前たちにとってはお荷物でしかないな……うぅむ……」
ヨルシャミは自分の売り込むべきメリットを探して考えを巡らせているようだ。
伊織は首を傾げる。
「え……お荷物とか関係なくないか?」
「何を言う、救世の旅なのだぞ。安定した立場と安定した力を持つ者で編成されたパーティーでなくては務まらんだろう。悔しいが今の私は最盛期よりもだいぶ劣る」
「それを言うなら僕なんてお荷物中のお荷物だぞ。そりゃ転生者のひとりだけど……母さんみたいな助け方はできないし……」
滑稽で愚かな自分を思い返した伊織は小声になっていくのを感じながら言った。
ヨルシャミを救えたのもひとりの力ではない。
もしもたったひとりで転生していたら成し遂げられていたかどうか怪しいと伊織は感じている。
するとヨルシャミは目を丸くした。
「む? お前は私を救ったではないか」
「……え、と。でも」
「厳密にはここにいる皆に救われた形になるのだろうが、よく考えてみろ。お前が私の言葉を信じなければ私は死んでいたのだぞ? 私はイオリに救われた」
これは覆らぬ事実だ、とヨルシャミは断言する。
そう、今までのように尊大な様子で事実だと確定させた。
伊織は眩しいものを見るように目を細めるとヨルシャミの薄緑色の瞳を見る。
嘘を言っているようには見えない。
きっと彼の中ではもう動かぬ事実になっているのだと伊織もようやく理解した。
「救った……」
――そうか、救った本人からこう言われるとこんなにも嬉しいのか。
ずっとずっと願ってきたことが達成されたのだ。そう伊織は目頭が熱くなるのを感じた。
そこでヨルシャミはふふんと笑う。
「救われた礼もちゃんとするつもりだぞ、超賢者は義に厚いのだ。しかし予想していたよりも魔法が上手く使えんし、金もない故に悩んでいたが。我が愛する混沌従者の杖イデアスクワィアがあればまだ安定したのだが、あれは捕まっていた施設に置いてきてしまっ……どうした?」
「い、いや、なんでも」
伊織は慌てて目元を拭い、そして笑みを浮かべてヨルシャミの頭を撫でた。
撫でただけで髪がサラサラしていることがわかる。
親愛の気持ちを伝えようと手を動かしたまま伊織は微笑んだ。
「一緒に旅をするメリットとデメリットなんて気にしなくていいよ。それにヨルシャミは回復したら僕らから離れるつもりだったんだろうけど……僕は君がこれからも狙われるかもしれないのなら守らなきゃって思ってたんだ」
だから、と伊織は続ける。
ここで難を逃れてもナレッジメカニクスがいる限りヨルシャミに安寧は訪れない。
本人はあっけらかんとしているが、倫理観をなくし人権を無視して強制的に脳移植をされるなどという非道なことまで行われたのだ。
目覚めた、そして逃げたと知れば追ってくる可能性が高い。
助けるなら最後まで助けきる。
伊織はそう思っていた。
それ故の『だから』である。
「――ヨルシャミ、一緒にいこう」
そう優しく言うと撫でられたままヨルシャミは視線を上げた。
また頬も耳も真っ赤だった。
(あっ、夢の中で怒られたのにうっかり撫でちゃった……!)
伊織はしまったという顔をする。
救えたと自覚できたことが嬉しく、そんな浮ついた気持ちのままヨルシャミを見た瞬間に撫でたいと思ってしまったのだ。
しかし今この時まで夢路で撫でるなと怒られたことを忘れていた。
元が男性だったのなら撫でられ慣れていないのかもしれない。
それどころか、もしかすると屈辱的だと感じているかもしれない。なにせ子供から撫でられたようなものだ。
伊織が知らないだけで撫でること自体に文化的な意味がある可能性もある。
(それにそもそも男女関係なく唐突に頭を撫でるのは失礼なことなのに……いや、母さんならなんか許せちゃうけど……)
なぜか静夏の大きな手なら許せてしまうのは世界の不思議のひとつである。
兎にも角にもまた怒らせてしまう。
伊織が軽率な行動を反省しながら慌てて手を引こうとすると、ヨルシャミは喉の奥から絞り出したような声で言った。
「……撫でるな阿呆」
たったそれだけだ。
誘いへの返事代わりなのか――夢の中のように殴られることはなかった。
***
ナレッジメカニクスに狙われた超賢者ヨルシャミ。
そんな彼を加えた聖女一行は再び救世の旅へと出発した。
大きな目標はあるが、それを達成するまでの道のりは予想もつかない。
伊織にも学ぶべきことは数多くある。
そんな未来はヨルシャミの予知のように明瞭ではない。
いつかナレッジメカニクスとも相見えるだろうという予感もしている。
しかし伊織は前を向いていた。
遥か遠い道のりでも。
未知なることばかりでも。
ヨルシャミのように自分の手で救える人が他にもいるのなら――不安も未知もなにもかも、伊織が足を止める理由にはならないのだから。





