第19話 超賢者は二度昏倒する
狩猟小屋を見つけた後、結局それ以外の小屋は見つけられないまま時は過ぎた。
――そうして迎えたのがヨルシャミとの約束の日だ。
早朝の空気を吸い込み、伊織は見張りをしながら呼吸を整える。
逃げ込むヨルシャミがこれから来るかもしれないから、とミュゲイラとリータも小屋の周囲を警戒していた。早く見つけられるならそれに越したことはない。
伊織は小屋の中で待機し、静夏は出入り口の前に立っている。
伊織も外で見張りたかったが再び野生動物が現れれば下手をするとこちらが助けられる立場になってしまう。それは情けないことこの上ない。
それに加えてヨルシャミとの約束通り室内にも誰かいたほうがいいだろうということになったのだ。
仕方なく室内で待機している間、伊織は再び部屋のあちこちを見る。
(狩猟っていってもやっぱり銃はないのか……)
ベレリヤで飛び道具といえば弓矢が最もポピュラーだという。
仕組みに魔法を利用した銃のようなものなら探せばあるんじゃないか?
伊織はそんなことを思ったが、どうやらマジックアイテムはあってもそこまで技術力の高い代物はまだ存在していないようだ。少なくとも現地人であるリータたちの目の届く範囲には。
(リータさんの魔法弓術を銃の形にするってパターンは……、うーん)
そもそも彼女たちには銃の概念がない。
魔法で作り出すとしても弓矢の形状になる。
故意に弓矢の形にして放つのもイメージが容易な形にすることでコントロールの精度を上げるために編み出された方法らしい。
つまり魔法弓術士が慣れ親しんだ形状以外で作るのは無意味なわけだ。
魔法弓術士は広義で魔導師の一種だが、世間一般で魔導師と呼ばれる者のように多種多様な魔法を使えるわけではない。
そのため銃の形をした物を扱う可能性があるとすれば高位魔導師だが、そう呼べる存在は人間だけでなく魔導師の才能に恵まれた異種族にも少ないと聞いている。
母数が限られた中で、わざわざ遠距離系の魔法を銃のような形にする者は――よほどの偶然が重ならなくては現れないだろう。
銃は伊織にとって強い武器の代表格だった。
そのため少し残念に思ってしまう。
(普通に飛び道具を使う人でも魔導師でも銃を選ぶ可能性は低い。この世界で銃を見る機会は一生ないかも)
何か別の形で縁があれば嬉しいんだけど、と思いながら伊織は頬を掻いた。
(……そういえばヨルシャミは魔導師なのかな?)
魔導師についても考えた繋がりでそんな疑問が浮上する。ヨルシャミは自称『超賢者』などという突飛な自己紹介をしていたが、やはり魔導師なのだろう。
夢路と呼ばれるような場所に現れて契約魔法を使ったくらいなのだから。
伊織は力が強いからとヨルシャミから魔導師に間違えられたことを思い出す。
本当に自分が魔導師だったらどれだけ嬉しかったか。
もし魔導師なら母親とは違うアピールで人助けができる。
しかし実際には精神――魂の力が強いだけ。
物理以外で攻撃された時にようやく力を発揮することができる受け身な力だ。
使い方をもっとよく知って応用ができればいいが、師となる者がいない以上それを学ぶには独学になってしまうため手探り状態はまだまだ続きそうだった。
(みんなをサポートする魔法だけでも使えたらいいのに。……あ、魔石って僕でも使えるのか後で聞いてみよう。もし使えるなら暗い夜道を照らしたり目眩ましに使えるかも。そうそう、例えばああいう光みたいな――へっ!?)
部屋の中央に突如現れた眩い光を見て伊織はぎょっとした。
ついさっきまでこんなものはなかった。
本当に瞬きをひとつしている間に現れたのだ。
光の中はよく見えなかったが、そこに亀裂のようなものが走ったのを伊織は見逃さなかった。
なにせその亀裂は白色の中では目立つ真っ黒な色をしていたのだから。
そんな亀裂があっという間に広がっていく。
正体がわからず伊織は呆然としたままそれを見つめていた。
静夏たちに急いで声をかけるのが得策だということはわかっているが、つい先ほどの経験から目を離した瞬間に再び大きな変化をしそうで判断が遅れてしまう。
「あっ……」
亀裂が完全に開ききり白い空間は黒い穴のようになった。
まさかこれが世界の穴なのかと伊織は身構えたが、なぜかそこまで邪悪なものには感じられない。単に目の前に新しい道ができた程度の感覚だ。
そんな不可解な穴から緑色の髪をした少女が転がり出てきたのを見て、伊織は慌てて両腕を伸ばしながら前へと跳んだ。
見事にボスンッとキャッチしたものの、踏ん張るのに適した体勢ではない。
伊織はそのままヨロヨロとよろめいて尻もちをつく。劣化した床板は凄まじい音を立てたが幸いにも貫通するような事態にはならなかったようだ。
その音に気がついた静夏が「どうした!」と小屋に駆け込んできた。
「その子は……」
伊織の腕の中で気絶している少女。
その顔は、伊織が夢で会ったヨルシャミそのものだった。
***
こんな小屋では埃っぽくて落ち着けない。
そこで一行は意識の戻らないヨルシャミを連れて村まで引き返し、寝起きのために整えた廃屋に体を横たえた。ここも掃除しきれていないが小屋よりはいいだろう。
ヨルシャミは青い顔をしており呼吸も浅かった。
四肢も驚くほど冷たく、廃屋に戻るなりミュゲイラが火を起こして暖める。そのおかげか一時間も経つ頃には顔色もだいぶ良くなっていた。
だが依然として意識はないままだ。
ちゃんと目覚めるのか。
医者を呼んできたほうがいいだろうか。
しばらくそうやって四人で話し合ったが、結論が出る前にヨルシャミが髪と同じ緑の睫毛に縁取られた瞼を薄く開いて唸った。
「ここは……」
「あ、えっと、大丈夫? もし飲めるなら水とか――」
ゆっくりと上半身を起こしたヨルシャミは目を丸く見開き、ややあって伊織を指さして叫んだ。
「フジイシイオリ……イオリか! 約束を守れたようだな、でかした!!」
「一瞬前まで気絶してたとは思えないくらい声がでかい!」
「適当に服を頂戴して転移魔法で脱出したのはいいが、予想以上に魔力が体と馴染まなくてな、暴発して気を失っていたのだ。あのまま小屋に放置されていたら衰弱して命を落としていただろう」
そんなにも絶妙なタイミングだったことに驚きと安堵を同時に感じつつ、伊織はヨルシャミを受け止めた時のことを頭の中で反芻する。
意識のない人間があの位置から落下すれば、打ち所が悪ければそれだけで命を落とす可能性があった。そして怪我をしなくても寒い小屋に放置されていれば死んでいたかもしれない。
今は持ち直しているが、あの時のヨルシャミはそれほどか弱い印象が強かった。
「うん、なんとか君が穴から出てきた瞬間に受け止められてよかった」
そうしみじみと呟くと「出てきた瞬間?」とヨルシャミは怪訝そうな顔をした。
なにがそんなに気になるのかと伊織は疑問を口にしかけたが、言葉になる前にヨルシャミからの質問が飛ぶ。
「お前、私を受け止めた後に床に置いたか?」
「へ?」
「予知では床に転がっている私が見えた。そして現に無茶苦茶に転移したというのに予知の通りの小屋に出た。それは予知の結果が回避不可能が故のことだ」
そこまで言ってヨルシャミは伊織をじっと見る。
真っ直ぐに射抜かれるような視線に伊織は体を強張らせた。
「しかし――イオリ、お前は私を受け止めたという。もしそのあと床に寝かせていないのなら、予知で見た光景が覆ったことになるのだ」
これはおかしい、とヨルシャミは首を傾げる。
かと思えば唐突に立ち上がり、気合を入れるように拳を振り上げた。
「ふはは、不可思議なことを追求するのは燃えるから好きだ! この気持ちを自身への鼓舞とし、状況を打開するためにも早速調……べ……ぐえ」
「うわっ!?」
途端にサーッと顔色が真っ青になったヨルシャミは風に吹かれて倒れる棒きれのようによろめいた。
慌ててそれを支えた頃にはヨルシャミの意識は再びなくなっており、伊織はゆっくりとヨルシャミの体を寝かせながら苦笑いする。
その姿を覗き込んだリータも同じ表情をしていた。
「なんというか、想像以上にパワフルな子ですね」
「でしょう……」
「一晩放っておかれただけで死に至るくらい弱ってる、って自分でもわかってるっぽかったのにこれだもんなぁ。自覚なく無茶するタイプの奴か?」
ミュゲイラにここまで言われるほどの無茶っぷりである。
病み上がりに高テンションで立ち上がって叫んだようなものだ。
もし次に目覚めたら一番最初にしばらくは安静にしているように伝えよう、そう伊織は心に決めた。
(でも……予知が不完全だったっていうのは気になるな。なんでなんだろ?)
倒れていたか否かなど伊織にとっては些細な差にしか思えない。
しかしヨルシャミにとってはこの小さな差が非常に引っ掛かるようだ。
だからこそ気にしていなかった伊織ですらヨルシャミのリアクションに引っ張られて興味が湧いていた。
安静にしていてほしいが気にはなる。
体調の変化をチェックしながらゆっくりとなら質問できるかな、とそこまで考えた伊織はヨルシャミの顔を見下ろす。
眠っている姿は尊大で個性的な発言をする人物には見えず、深窓の似合う大人しい美少女にしか見えない。
それでいて顔色が悪く弱った様子は――前世の静夏を彷彿とさせた。
(うん、まずは回復が最優先だな)
そう思い直し、伊織はヨルシャミに自分の上着を優しく掛けた。





