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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第一章

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第20話 渡る世界は謎ばかり

 ――数日後。


 ヨルシャミが完全回復するのを待ち、伊織はなぜ自分に助けを求めたのか訊ねた。

 白湯を啜りながらヨルシャミは薄緑色の瞳で伊織を見る。

 時刻は夜、光源として赤く輝く魔石の光に照らされながら彼女は口を開く。


「ふむ……とりあえず私もお前たちが魔法知識の薄い一般人だということは把握した。だからそんな者にどう話せば伝わるのかさっぱりでな、故に発端から話してやろう」


 自分や母親はともかくリータさんやミュゲイラさんは魔法知識を持ってるのでは?

 伊織はそう思ったが、恐らくヨルシャミにとっては初歩も初歩すぎて『魔法知識がある』とは呼べないのかもしれない。

 現にフォレストエルフは基本的に光源確保と魔法弓術にしか魔力を活かしていないのだ。

 その光源確保も人間同様魔石に頼ることが多い。低級のものとはいえ魔石が豊富に採れる土地の影響かもしれなかった。

 ヨルシャミは己の胸元に手の平を当てる。


「私は超賢者として名を馳せし魔導師中の魔導師! 古今東西ありとあらゆるものを召喚し操り魔法を繰り、新しい魔法すら創生せし者!」

「名を馳せてたわりに誰も知らなかったけど……」

「なっ、水を差すな! 腰を折るな! お前たちが無学なだけだ!」


 ヨルシャミは咳払いをして話を続けた。


「……で、あるからして。私を狙う者も数多くいたわけだ。その中に特殊な組織が含まれていた」

「特殊な組織?」

「魔法、医学、科学、機械学など様々な技術を融合させ、バランスを保ち勢力を拡大していた組織だ。名は『ナレッジメカニクス』――これも聞いたことがないか?」


 伊織が顔を上げてリータとミュゲイラを見ると、彼女らも初めて耳にするのか首を傾げていた。


「その、そもそも……」

「なんだ、言ってみろ」

「魔法と医学はわかります。科学も大きな都市では研究されていると聞きました。でもキカイガクって何ですか?」

「そこからか!?」


 ヨルシャミは思わず立ち上がりそうになったのをぐっと堪える。

 ほとんど回復はしたが、また無茶な動きをして倒れては元も子もないと理解しているようだ。そのまま「私も奴らから得た知識だが、そこまで一般的ではないのか」とぶつぶつ言っている。

 しかしそれでも会話全体を通して違和感があるのか首を傾げていた。


「しかしなんだ……? さっきから微妙に話が合わないのだが」


 不思議そうにしつつもヨルシャミは再び自分の言葉を継いだ。


「とりあえず話を戻す。ナレッジメカニクスはこの世のありとあらゆるものを自分の手で暴き、理解することを目的とした組織だ。学び知ることこそ力なり、というわけであるな」

「学校みたいだな……」

「ふは、そんな良い存在であるものか。まあ私も組織の思想自体はわかるが……あいつらは学びを盾に侵してはならぬ領域を侵し、目的のためならば善悪すら投げ捨てる者たちだった」


 伊織は現実に引き戻された気分になりながら耳を傾ける。

 ヨルシャミは今度は自身の頭を指した。

 髪でも頭皮でもなくその更に内側を指している。


「ナレッジメカニクスが求めたものがここに山ほど詰まっているのだ。その中でも特に喉から手が出るほど求めていたのが――この世に存在しないはずの神と会う方法である」

「存在しないはずの……神?」

「そう、万物にはそれを司る神がいるが、長い間これだけはいないとされていた『この世界そのものの神』だ」


 ヨルシャミの説明を耳にし、リータとミュゲイラはきょとんとした顔をする。


「それは……た、たしかに存在しないはずの神、ですね。この世界は幾多もの神々で形作られているっていう考え方が一般的なので……えっ? 本当に? いるんですか?」

「昔そういう絵本は読んだけど完全に創作って形だったぞ」


 リータたちにとってもこの世界そのものの神というのはありえない存在らしい。

 伊織はそうっと静夏を見る。


 世界そのものの神。

 それは――自分たちをここへ招いた人物ではないだろうか。


 現時点で出ている情報を聞く限り、伊織にはそうとしか思えなかった。

 静夏もそう感じていたようだが、まずは話を全部聞いてみようと目配せする。

 その間にもヨルシャミの話は続いていた。


「私も自ら作り出した方法ではあるが、この世に出してはならぬものとわかっていた。故に知らぬ存ぜぬを通していたのだ……が」


 ヨルシャミは少し言いづらそうに口をもごもごとさせる。

 この瞬間だけは見た目の年齢相応に見えた。


「ううむ、これはちょっと恥ずかしいことなのだが致し方ない。――業を煮やした奴らに捕まり無理やり知識を吸い出されそうになった故、心臓を触媒にし何が起ころうが眠り続ける魔法を自身にかけて凌いだのだ」

「なんかさらっと凄いことを言われたような……」

「恥ずかしいことなのかそれ?」

「恥ずかしいわ! 舐めプしていたら足元を掬われたのだからな! ああもう言うつもりはなかったのに余計なことを!」


 ミュゲイラの質問に噛みつくように言った後、ヨルシャミは頭を抱えて唸る。

 口が滑りに滑るのは夢路の魔法の影響というより、この子の性格のせいだったのでは? と思わずにはいられなかったが、伊織は深呼吸して心の中にしまっておいた。

 この世には言わない方が良いこともある。


「ま……まあ、長くて数年の設定だったのだが、イレギュラーが起こった。ナレッジメカニクスは私の脳を取り出して別の体へと移植したのだ」

「は!?」

「あいつらにとっても簡単なことではなかったようだがな」


 ヨルシャミは白湯を飲み干して器を置く。

 日常の動作だが、話している内容は日常ではない。


「しばし試行錯誤されたのち放置、その後移植で触媒たる心臓と切り離されたため魔法が解けて目覚めてしまったようなのだ。更には新しい体と私の魔力が馴染まず不安定極まりなくてな……まあこの体は檻の代わりでもあったのだろう」


 恐らく触媒が切り離されてもすぐに目覚めたわけではない。

 むしろ封印に用いた魔法が暴走した結果、当初の制限時間を無効にし、目覚めは時間をかけ徐々に行なわれることになった。そうヨルシャミは予想を口にする。


 そうしてヨルシャミが覚醒する頃にはナレッジメカニクスの興味は別のところへ移っていたのか監視の目が緩かったという。

 脳移植などするほど追い求めていたものとはいえ、長期間眠ったまま何も進展がなかったならそういうことも起こりえるかと伊織は納得した。

 故にナレッジメカニクスもすぐに目覚めに気がつかなかったのではないか、とヨルシャミは更に予想する。


 言葉を失っている面々の代わりに静夏が口を開いた。


「そこで不安定な魔法を使ってあそこまで逃げてきた、ということか」

「うむ、不安定故に自分の魔法で死ぬ可能性もあったが、そこに自動予知が起こり、少なくとも私はあの小屋までは逃げおおせることがわかった」


 ヨルシャミが言うにはその確証を得たからこそ夢路の魔法で魂の力が強い者――要するに魔導師に助けを求め、自分を助けてもらおうとしたらしい。

 戦えない医者やただの村人に助けを求めるよりは回復魔法や攻撃魔法も使える可能性が高い『強い魔導師』に頼った方がいいと考えたわけだ。


 余力から見て一度だけ、しかも短時間しか使えない夢路の魔法。

 その夢の繋がった先にいたのが伊織だった。


「よもやこんな子供が引っかかるとは思っていなかったが」

「僕としてもまさか自分が引っかかるとは思わなかったよ……」

「しかしまあ、完遂したことには礼を言おう。ありがとう」


 存外素直に礼を述べ、ヨルシャミは緑色の髪の毛を摘まむ。

 本人に言うと怒られそうだが、尊大な物言いも含めてなんとなく妹のようだ。

 正確には伊織には妹がいたことがないため想像でしかないが、なんとなくそんな感じがする。そう思っているとヨルシャミが言った。


「それにしても私と相性が悪いと思ったらこの髪色に耳……ベルクエルフか?」


 脳を移植されたというのが本当の話なら、ヨルシャミ本人もこの体のことをほとんど知らないということになる。

 訊ねてみると顔はガラスに映った姿を見て大まかに把握していたが、細かなところは見ている余裕がなかったのだという。


「相性が悪いっていうのは?」

「この世に三種のエルフがいるのは知っているだろう?」


 伊織がこくりと頷くとヨルシャミは摘まんでいた毛先を離して言った。


「私は元は三種のうちのひとつ、エルフノワールの出だ。この種はほとんどのベルクエルフが持つ水の属性と相性がすこぶる悪い。それ以外には、まぁ」


 ヨルシャミはなんでもないことのようにそれを口にした。


「肉体の性別が違うからな」

「……」

「……」

「……」


 伊織、リータ、ミュゲイラの三人は顔を見合わせる。

 静夏は腕組みをして言った。


「……世の中不思議なことばかりだな」


 まったくもってその通りである。

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