表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/1106

第17話 みんなで爽やかマッスル体操

 息苦しい夢を見た。

 ――そう思った伊織だったが意識がはっきりとしても苦しい。

 息苦しいどころか息ができないと気がつくのにそう時間は要さなかった。


 いやなにこれ!? と飛び起きたところで伊織は顔面にウサウミウシがのって爆睡していることに気がついた。

 そりゃ顔の穴という穴を塞がれれば苦しいわけだと納得する。

 引き剥がした後もウサウミウシはすぴすぴと気持ち良さそうに眠っていた。


「ウサウミウシ専用のベッドとか必要になりそうだなぁ、……ん?」


 時間はわからないが早朝のようだ。

 まだ辺りが薄明るくなってきたところで、あちこちに夜の名残りが見て取れる。

 そんな中、外から人の気配がして伊織は首を傾げた。


 室内を見回すとリータはまだ毛布に包まって夢の中のようだったが、静夏とミュゲイラの姿がない。


 鼻ちょうちんを出しているウサウミウシを枕の上にのせ、リータを起こさないようにそうっと外に出てみると――朝露滴る清々しい朝の景色の中、静夏とミュゲイラが揃ってボディビル大会のようなポージングを決めていた。


 しかもそこへ射し込んだ朝日が当たっている。

 スポットライトを浴びたかのようにキラキラして神秘的である。


(なんで?)


 予想外の光景に呆けている伊織の存在に気づかず、ふたりはにこやかにサイドチェストのポーズに移った。

 胸元、腕、背中、脚などの筋肉の厚みを強調しながらしばらくそのポーズを維持する。次に背面を向けて両腕を曲げながら背中を強調するダブルバイセップスだ。

 そこへ小鳥が飛んできて肩にとまる。


(だからなんで?)


 朗らかな雰囲気とムキムキした雰囲気が調和していたが、伊織にはなにがなんだかわからない。わかりたくないのかもしれない。


 呆然としている間にふたりはアブドミナル・アンド・サイに移った。

 両手を頭の後ろに置き、腹筋と脚を中心に見せていくポーズだ。

 くびれた腰を彩るシックスパックと外腹斜筋は彫刻のようで、男でも女でも見惚れる代物だったがとりあえず伊織は視線を外す。


 すると延々と無言でポーズを取っていたふたりがようやく伊織に気がついた。


「伊織! 起きていたのか……いや、起こしてしまったか?」

「えっ、あっ、いや、たまたま起きただけだよ。そっちはそのー……なに、今の?」


 正直に訊ねると静夏は嬉々として腕の筋肉を見せながら言う。

 ごく当たり前のことのように。


「マッスル体操だ」

「余計に謎が増えた!!」


 静夏は朝日に目を細める。

 あまりにも立ち姿がさまになっているため、なにやら宗教画のような雰囲気が滲み出ていた。ベタ村の住民なら拝みそうだ。


「筋肉の神の恩恵に与ろうという古くから伝わる体操だな。体操中は言葉を交わさず、笑みと筋肉だけで語り合うのが作法だ。こうして伊織たちが起きるまで毎朝やっていたんだが、最近ミュゲが加わってくれるようになったんだ」

「マッシヴの姉御とマッスル体操をできるなんて光栄っす!」

「それ毎朝やってたんだ……」


 とんでもないことを知ってしまった気分になりながら伊織は遠くを見る。

 これまでも伊織が眠っている間に毎朝行なわれていたわけだ。


 筋肉信仰ここに極まれりである。

 この概念に対して伊織は初めこそ違和感でいっぱいだったが、母親が筋肉に恵まれた姿のためいつの間にか受け入れていた。


 この世界に存在するとされている八百万の神の中では『筋肉の神』がもっとも広く知られ、日常の一部になるほど受け入れられているのだ。

 特にベタ村の周辺はその信仰が厚く、だからこそ静夏が聖女マッシヴ様であるとすぐに浸透したのである。


 実在するかはさておき他にも様々なものを司る神がいるそうだが、伊織はまだこの世界の宗教や信仰の文化については勉強が追いついていない。

 つくづく不思議な世界だなぁと伊織が思っていると、ミュゲイラにつんつんと肩をつつかれた。


「せっかく起きてきたんだしさ、イオリもやろう! マッスル体操!」


 そんなラジオ体操に誘うみたいな気軽さで!?


 そんなツッコミを入れかけ、この世界にラジオはないなと飲み込む。

 そうこうしている間に静夏にまで「そうだ、健康にも良いぞ。やろう!」と誘われてしまった。凄まじい加勢である。


「い、いやー……けど僕、見ての通り必要最低限の筋肉しかないから……」

「知ってるか、あたしらは立って喋って生きてるだけで筋肉の恵みを受けてるんだぞ。だからマッスル体操はすべての生きとし生けるものがやっていいんだ」

「随分受け皿が広いんですね!?」

「ほら、伊織」

「やろうって、イオリ!」


 ずい、ずいっと二本の逞しい手を差し出され、伊織は口の端を引き攣らせて半歩引く。本数は二本だが百本ぶんほどの圧がある。

 目を覚ますのに最適かもしれない。

 小屋探しのウォーミングアップにもうってつけかもしれない。


 しかし!

 しかしこれは自分には向かない!

 絶対に向かない! 向いているはずがない!


「……」


 ――そうわかっていながら、伊織は期待しているふたりの顔を見ていると誘いを断ることができなくなってしまったのだった。


     ***


 昼間よりも涼しい空気に頬を撫でられ、ゆっくりと目を覚ましたリータはきょろきょろと辺りを見回す。

 仲間が眠っていた痕跡は残っているがウサウミウシ以外の姿がない。


「あれ、誰もいない?」


 もしや魔獣に奇襲でも受けたのか。

 それとも村や小屋に関する新事実が判明して三人とも急いで出ていったのか。

 そんな想像が頭の中を駆け抜け、一気に夢から現実に引き戻されたリータは慌てて起き上がる。


(マッシヴ様がついてくれてるなら大丈夫だとは思うけれど……)


 後者ならまだいいが、前者なら最悪の事態も想定しなくてはならない。

 いくらマッシヴ様がいるとはいえ、例えば伊織やミュゲイラを人質に取られる等のイレギュラーが発生したらどうなるかわからないのだ。魔獣にそんな知識があるとは思えないが、前例がないからこそ完全に無いとも言いきれない。

 リータはそんな光景を思い浮かべながら息を整えて外に出る。


 サイドチェストをしている三人と目が合った。


「……」


 目が釘付けになるほどさまになっている静夏とミュゲイラ。

 なぜか赤くなって細かく震えている伊織。

 リータはもう一度丁寧に息を整えてから声を発する。朝の澄んだ空気にすべてがどうにもよくなりかけたが、口に出すべき言葉は決まっていた。


「なにこれッ!?」


 渾身の一言にミュゲイラが爽やかな笑みを浮かべて片手を上げる。


「よう、おはようリータ!」

「なんで普通に挨拶できるの!?」

「よかったリータさんは僕寄りの感性だ……!」

「イオリさんも何を普通に混ざってるんです!?」

「あっ、えっと、これには深い訳が!」


 リータにもこれが筋肉の神のマッスル体操だということはなんとなくわかるが、エルフには馴染みが薄いものだった。

 伊織も『マッシヴ様の息子』ならそれを毎朝行なっていてもおかしくはないが、この様子を見るに自ら進んでやっているようには見えない。


 リータから見ても伊織はお人好しだ。

 それが長所でもあるが、無理やり巻き込まれているのならもっと強く断ればいいのにと思うこともある。

 今回もそのパターンだろうかとリータが考えているとミュゲイラが手を引いた。


「いい感じに筋肉も温まってきたところなんだよ、リータも朝食の準備をする前にやらないか? 調子良くなるぞ!」

「やらないけど!?」

「リ、リータさん、あの、母さんがマッスル体操は大勢でやったほうが楽しいみたいなんだ、だからもしよかったら……」

「母想いなのは良いことですけど限度――……うっ……」


 みんなでマッスル体操をできる。

 そんな期待でそわそわとしている静夏を見てリータの動きが止まる。


 なるほど、伊織が敵わないわけだ。

 実子でなくても願いを叶えてあげたくなる。リータはそう理解した。


「……」


 リータも静夏には沢山守ってもらった。恩も山ほどある人物だ。

 自分が何か奪われるわけではない――とりあえず目に見えるものが奪われるわけではないのだから、ささやかな望みを叶えるくらい良いのではないだろうか。


 しかしムキムキとしたポーズである。

 リータは自分が一度もしたことがないようなポーズを思い返して耳を赤くし、心底迷った後「……し、仕方ないですね」と小さく答えた。



 はっと起きたウサウミウシはのろのろと壁を上り、壊れてただの四角い穴と化した窓から外を見る。

 外では静夏、ミュゲイラ、伊織、リータが力んだポーズを取っていた。


 ウサウミウシにボディビルポーズの知識はない。概念もない。

 そのためしばしぱちくりと瞬いた後――何が起こっているかわからないが平和なようだったので、ウサウミウシはそのまますやすやと二度寝したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ