第12話 ふたりの償い
里に戻ると一行はすぐに族長の家へと連れていかれた。
そこでリータとミュゲイラの姉妹はこれまでの経緯をミルバに説明する。
まるで取調室のような雰囲気だ。
ふたりとも緊張していると表情や声から伊織にも伝わってくる。
ミルバはお茶を一口飲むとしばらく情報を咀嚼してからゆっくりと口を開いた。
「なるほど。己のためだけではなく他者のためでもあったのか。褒められたことではないが――それを聞いてどこか安心したよ」
「族長……」
「そしてフォレストエルフはこうあるべきだ、ともっとも強く思い込んでいたのは他でもない我々だったのかもしれないな」
フォレストエルフは弓矢や魔法を用いて狩りを行ない、むやみに体を鍛えない。
そんな固定観念で同胞の自由を縛っていたのは他でもない自分たちだとミルバは視線を落とす。
やはり身内に甘い。しかし甘くてもいいじゃないかと思えるのは、そこに思いやりが含まれているからだろうかと伊織は三人を見つめた。
「だが里を脅威に晒した償いはしてもらわなくてはならない」
「……あ、あたしはどんな償いでもするんで! 妹は許してくれませんか!」
「お姉ちゃん! さっき言ったでしょ、私にも一因はあるし子供の頃とはいえ決まり事を破ったことには違いないんだから償いは一緒に――」
言い争いを始めたふたりをミルバが両手で制する。
そしてそのまま静夏と伊織を見ると、どこか申し訳なさそうに言った。
「マッシヴ様、聞けばマッシヴ様たちはこれから世直しの旅に出られるとのこと」
「ああ、魔獣退治と……世界に開けられた穴を探し出して塞ぐ役目を担っている」
ミルバたちは『神様』の存在を知っているのだろうか。
伊織がじっと見守っていると、ミルバは目を伏せて「過去にも同じ役目を担った方々がいらっしゃいました」と口にした。
なんでも時折『神に遣わされたに違いない』としか思えない人々が現れ、世を救済しようと努力を重ねていたことを肌で感じていたという。
それは人間と接する機会が多い長命種、フォレストエルフだからこそ感じる機会の多い事柄だった。
「……私は……過去に出会ったそんな方たちの手伝いをしたいと思いながら、結局動けぬままここまで生きてきました」
ミルバは目を伏せ、そして深々と頭を下げる。
「恥を忍んでお願い致します。私は族長として里を離れられぬ身、代わりにミュゲイラとリータの姉妹を同行させてはくださいませんか」
「ぞ、族長……!?」
「この姉妹は才能がある、だからこそもっと外の世界で色々なことを学ぶべきだ、という下心もあります。その上で考えて頂きたいのです」
静夏は下げられたミルバの頭をしばし見た後、ふっと表情を緩めた。
「過酷な道を選ぶこともあるだろう。辛い体験もするかもしれない。それでもふたりが了承してくれるのならば、きっと心強い味方になる」
「マッシヴ様……!」
「先ほどの魔獣、あれを相手にした時に他者と協力することにより更に良い結果を手繰り寄せられると知った。私も学んだというわけだ」
静夏は大きな手を開閉させる。
敵を力だけで捻じ伏せることは今まで沢山あった。
しかし、あの時は誰かと協力したからこそあの結果に辿り着けたのだ。
静夏も誰とも協力してこなかったわけではないが、伊織を産んでからは初めてのことだ。それはとても得難い体験だった。
「旅に同行することでふたりが学べるように、私もまたふたりが同行することで学ぶことができる」
ならば断わる理由はない、と静夏は笑った。
ミュゲイラは目を輝かせて静夏の手をぎゅうっと握る。
少女漫画的な音ではなく筋肉と筋肉が軋み合うようなハードな音がしたが、伊織は聞かなかったことにした。
「マッシヴの姉御! あたしどこへだってついて行きます!」
「わっ……私もついて行きます!」
ふたりの返答を聞き、では決まりだなとミルバは頷く。
「見送りの祭りは開けないが、今夜は普段より少しだけ良い夕食にしよう。その後に準備をして明朝出発するといい。――マッシヴ様の手伝いをすることがお前たちの償いだ、しっかりと役立つんだぞ」
「ハイッ!」
「はい……!」
族長の温情と、マッシヴ様に同行してその助けになること。
それらにより仄かに赤くなったふたりの長い耳を後ろから眺めながら、伊織もほっと胸を撫で下ろした。
このままふたりが厳しい処罰を受けなくて良かったという安堵と、今後どんな魔獣と遭遇することになるかわからない旅路に頼もしい仲間が加わった安堵だ。
これでいざという時に静夏が危険な目に遭っても助けてくれる仲間ができた。
助け合える仲間だ。
「……」
できることならその筆頭は自分がよかった。
伊織は心の底から湧いてくるそんな感情を無視できなかった。
静夏によるナメクジ型の魔獣との戦い方、あれは岩場の魔獣と戦った時の応用だ。
偵察や索敵に使用した方法を別の目的に使ったのだ。それは静夏が自身の力を使いこなし始めているということでもあった。
伊織はまだそんな自分の力を応用する段階まで達していない。
助けるよりも助けられる側のままである。
「……リータさん、ミュゲイラさん、これから宜しくお願いします!」
伊織はじわりと湧く焦りの気持ちを抑えながら、今はただふたりの新たな仲間を迎えるために笑みを浮かべた。
***
その日の夜のこと。
様々な山菜料理やリータ曰く『珍しい』肉料理を振舞われた後、客人用のツリーハウスに通された伊織は窓から外の景色を眺めていた。
ミルバから聞いたところによると、次なる目的地のリカオリ山は今覗いている窓の方角にあるのだという。
さすがにここからは見えないかぁ、と伊織は呟く。
ヨルシャミとの約束があると思うと少し気が急いた。
「……うーん」
最近急いてばかりな気がする。
どれだけ背伸びをしてもすぐに成長することはない。
そうわかってはいるのだが、気がつくと色々と考えてしまっていた。
前世からの悪癖である。
火の番や見張りもいらないため、静夏はすでにベッドで寝入っている。
一般的なエルフ用に作られたベッドのため寝返りだけでミシミシと不穏な音を立てていたが、気にせず穏やかに眠る姿を見て伊織は頬が緩んだ。
昔――前世の頃は眠っている時も苦悶の表情を浮かべていることが多く、寝起きの眉間にしわの跡が残っていることもあった。
儚げな顔にそんなものがくっきりと残るほど苦しんでいるのに自分は何もできないと何度悔しく思ったことか。
今感じている焦りはそれに似ていた。
(でも……今は時間もあるし、僕も母さんも健康だ)
だから焦ることはないんだぞと己に言い聞かせたが、肝心の己がちゃんとそれを聞いてくれるかどうかはわからなかった。





