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22.白翼竜、子守歌を歌・・・唸り声を響かせる


 エイルが赤死病から回復した後、彼女は見違えるような成長を遂げた。エイルが1歳半になるころにはよたよたと走れるようになっていたし、言葉もずいぶんとはっきりしてきた。もうそのころには赤死病の痣もほとんど消えていた。


 ヴェルガルドに関しても、見違えるように発展していった。最初はただのスラムか廃墟だったような城下街も人の住んでいる部分の補修はほぼ完了し、元々備えられていた水道設備もある程度動くようになっていた。


 だが、竜民(ドラクル)で技師を担当している者曰く、水道として使っているものに関してまだ何らかの機能があるのではないかと言うことだった。ただ、水路として使う分には全く困らないのでヴェルは詳細な調査に関しては後回しとさせた。


 交易に関しても、かなり取引の規模が大きくなり樹海に交易用の道路が出来た。道路にはミネヴァが雇った魔術師たちによって幾重にも魔物避けの結界と、そしてオルゴ―によって侵入者を迷わせる結界が貼られた。オルゴ―が仕掛けたのは特定の符を持たない部外者には道路が見えず、よしんば何かの拍子に道路に侵入しその道を辿ろうとしても樹海の奥深くに迷い出る凶悪な結界である。


 ミネヴァが雇った交易商やその連れの中には、ヴェルガルドを気に入り住みたいという変わり者もごくまれにいた。かなり厳しい審査の上であるが、それでもヴェルガルドの人口は少し増え、30人ほどとなった。


 ヴェルガルドが活気づくということは、自然とその長であるヴェルも忙しくなるということだった。ほとんど顔出しや下の決めたことの承認しかしないが、それでも日課の空中散歩に行く時間や機会も減っていた。


 そんなこんなで気が付けば、 ヴェルがエイルを拾ってから、3年の月日がたった。


 そんなある日の夜のことである。


「~~~~♪」


 フレイアがテラスで子守歌を歌っている。これから初夏になろうという時期であり、涼し気な風がテラスを撫でている。


 その近くでは、グレンが毛布にくるまって寝そべっている。


 彼らの視線はテラスから見える星に釘付けだった。澄み切った大気の向こうに見える星空は天文台でもお目にかかれない宝石箱のような輝きである。


 2歳のころからグレンとエイルはこの時期は外で寝たいとねだり、ヴェルやフレイアもそれを許していた。


「人間の子守歌か・・・」


 ヴェルはフレイアの歌い声を聞きながら、呟く。3年前からフレイアの子守歌をヴェルは聞いていた。しかし、歌と言う文化をヴェルは知らなかったので、最初はなぜ高い声でフレイアが鳴くのか理解できなかった。


 しかし、3年も一緒にいれば、その音の高さやリズムが心地よい響きとなることはヴェルも理解できたし、その心地よさを感じるようにもなっていた。


「あら、興味がおありでしたか?」


 フレイアが振り返り、ヴェルに話しかける。


 フレイアもこの3年でずいぶんと成長した。以前は乳飲み子を抱えた痩せた少女だったが、この3年で大人の女性としての艶やかさを出すようになった。いや、ヴェルにはいまいちピンと来なかったが、レギスや竜民(ドラクル)の男性に言わせると、かなりの美人と言うことだ。実際、たびたび男性に逢引の誘いを受けているところをヴェルは見ている。そして、男側が全員撃沈されているところもだ。


 今、フレイアは腰まで伸ばした小麦色の髪を後頭部にまとめている。その髪が星空の光を受けて、きらきらと輝いている。


「まあ、な。

 フレイアがその歌でグレンやエイルを寝かしてしまうのは魔術みたいで、いつも驚かされている」


「ふふ、大したことはありませんよ。真心を込めて歌えば、子供も穏やかな気持ちになって寝てしまうのですから。

 でも、もしヴェル様の言葉を借りるなら、母親はそれだけで一種の魔術を使えるのかもしれませんね」


「自分の子供だけにか?」


「いいえ、エイルさまもきちんと寝かせられていますでしょう?」


「む、確かに。俺自身がそう言ったのにな。

 いや、エイルもフレイアの子供みたいなものだろうが・・・」


 ヴェルは苦笑しながら、羽根の先で頭を描いた。こういった仕草は本来竜はする必要がないのだが、自然とヴェルも人間の真似をするようになっていた。もちろん、彼自身にはその自覚はないが。


「そうそう、父親だって子守歌を歌ってあげられますよ。

 私の父もかつてはわたしに歌を歌ってくれました。

 どうです?ヴェル様も」


「・・・俺が、子守歌を?」


 ヴェルは一瞬ためらった。というのもヴェルは歌なんぞ歌ったことはないからだ。そんな自分が上手く歌えるだろうか。


「おとーたんのおうた、ききたい!」


 と、そこにヴェルの胸元から声がした。エイルである。


 ヴェルと一緒に寝る機会があるとき、胸元の羽毛がエイルの指定席であった。


 エイルはその白い髪と万華鏡(カレイドスコープ)の瞳を輝かせながら、ヴェルの胸元にしがみつく。


「エイル、もう寝なさい」


「いや!おとーたん、おうたききたい!」


 ヴェルが困ったように言っても、エイルはやめなかった。普段、誰かの意も介さないヴェルもこれには困り顔だった。


「ふふ、ヴェル様歌ってあげましょう?

 大丈夫です。私の後について歌えば」


「う、うむ・・・。

 エイル、歌を歌ってあげるから、きちんと寝るんだぞ」


「うん!」


 エイルは満面の笑顔で頷く。


(まあ、これを見れたからよしとしよう)


 ヴェルは心の中で呟くとフレイアのほうを見た。


「では、はじめてくれ」


「はい、では。

 ~~~♪」


 フレイアの明るい高い声がテラスに響き渡る。


(よし、では・・・)


 数テンポ遅れて、ヴェルがその声に合わせて喉に音を響かせる。


「××▲●◎×~!」


 その声はテラスごと、テラスの柱を揺らす咆哮・・・いや、歌声であった。


「・・・」


「・・・」


「うわぁぁぁぁん」


 数拍歌っただけでフレイアもヴェルも黙り込んでしまった。そして、その衝撃にグレンが飛び起き、泣いている。

 どう聞いても人間の歌ではなかったことは明白だった。


「ま、まあ、ヴェル様を歌を歌った経験は少ないでしょうから、練習をすれば上手くなれますよ」


「そ、そうだといいのだが」


 グレンを落ち着けながら精一杯のフォローをする、フレイアにヴェルは内心冷や汗をだす。


「・・・エイル、大丈夫か?」


 一番近くにいたエイルにヴェルは視線をむけると


「Zzz・・・」


 エイルはヴェルの胸元で小さくくるまって眠っていた。


「エイル様、すごいですね・・・」


「ああ、俺の娘ながらな」


 エイルの胆力の強さに驚くフレイアにヴェルも同意する。


(子守歌についてはきちんと練習しておこう。

 だが、まあ)


 エイルの可愛い寝顔を見れただけでよしとしよう、とヴェルは考えた。


―――


 一方、ヴェルガルドの見張り台にて。


「なあ、さっきヴェル様の唸り声が聞こえなかったか?」


「ああ、聞こえた。こんな夜中に唸り声を出すなんてよほど苦しいことでもあったんだろう」


「・・・俺、明日の朝、ガレノス先生から薬もらってくる」


「人間の薬なんて効くかよ」


「でも、何もしないよりましじゃないか」


「・・・それもそうだな」


 翌日、ヴェルの下に竜民(ドラクル)から大量の薬が届いたという。


 もっともヴェルはそれを見て、首をかしげるばかりであった。

しばらくこんな感じでまったりとした話を書いていきます。

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