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21.白翼竜と竜姫、帰る


「うむ、もう動いても大丈夫だろう」


 ガレノスから家に帰る許可が出たのは、それから一週間後だった。もうエイルの肌には赤い痣もほとんど残っていない。ガレノス曰く、しばらくは痕が残るが成長すれば消えるだろうとのことだ。


「ガレノスさん、本当にありがとうございました」


 フレイアは深々と頭を下げる。


「いや、俺も医者としての本分を果たしただけだ」


「いいえ。

 もう引退してからはどの誘いの手も断ったとお聞きしていたので、エイルのことも断られるかととても気が気ではありませんでした」


 フレイアの言葉を聞いて、ガレノスは少しきょとんとした顔をするがすぐにフレイアが何を言ったのかに気がついた。


「ん、あぁ、ミネヴァからそう聞いているのか。

 あいつらの誘いは断っているのは確かだが、医者を辞めたつもりはない。

 ・・・まあ、貴族たちのお飾りの御用医者だとか、商家の商売道具だとか、そんな誘いばかりに嫌気がさしたから隠遁したと思ってくれ」


 ガレノスは窓の外を見ながら、呟いた。


「それにしても・・・」


 そのままガレノスは窓の外の巨影、ヴェルをみやる。

 その足元ではエイルがヴェルの足に抱き着いていた。


「竜に人の子がああも懐くとはな」


―――


「おとぅたん!」


 エイルはもうすっかり元気になり、足取りは危ないが、それでも一人歩き回れるようになっていた。またその発音も舌足らずながらはっきりしたものとなっている。


 今もこうしてエイルはヴェルの足元で転がって遊んでいる。


「エイル、あまり走り回ると危ないぞ。

 まだ病み上がりなんだ」


 エイルを娘として認めることをはっきりとフレイア達に示した後、ヴェルはエイルへと父親として振舞おうとした。この一週間でヴェルのエイルに対する態度は随分と柔らかくなった。と言っても、かなりぎこちないものだったが。


「おとぅたん!」


 わかっているのか、わかっていないのか、エイルはヴェルの足回りをふらふらと歩きまわる。が、ふいに足を柔い土にとられ、転んでしまう。


「うっ」


「エイルさま~!?」


 倒れ泣き出しそうなエイルを見たスコルがすぐに駆け付けようとする。が、ヴェルはそれを翼で制止させる。


「スコル、大丈夫だ」


 そう言って、ヴェルは倒れたエイルの前に自分の爪先を指し出す。


「うっ・・・うっ・・・」


「大丈夫、大丈夫だ、エイル。

 俺の爪先に掴まって立ってみろ」


 エイルはその小さな両手でヴェルの爪先をつかみ、よろよろと立ち上がる。


「よくやったな。エイルは我慢強いな」


 ヴェルは立ち上がったエイルの頭をその羽根で静かに撫でてやる。そうすると先ほどまで涙をためていたエイルはにっこりと笑った。


「おとぅたん!」


 そうして、またエイルはヴェルの足元で遊ぶのだった。


―――


 いよいよヴェルガルドに帰る日がやってきた。ガレノスは自宅の庭先にヴェル達の見送りに来ていた。


「世話になったな。ガレノス。

 おかげで俺の娘を失わずにすんだ」


「なに、医者の仕事をしたのだ。

 それに見合う十分な報酬ももらったし、余計な礼は言わんで結構だ」


 ガレノスはそう言って、ヴェルからもらったアクセサリーを掲げる。それこそガレノスが報酬として受け取ったものである。これだけでガレノスは数年は遊んで暮らしていけるだろう。


「その礼はエイルのために守りをくれたあんたの領民に行ってやれ」


 続くガレノスの言葉にヴェルは首肯する。竜民(ドラクル)がエイルのためにと言って渡してくれた守りが結果的に役に立ったのだ。彼らには感謝してもしきれない。


「それ、とだな・・・」


「む、エイルへのやり残しがあるのか?

 それとも報酬への不満か?」


「・・・いや、お前の住んでいるヴェルガルドって言ったっけ?

 俺もそこに行ってみたいんだ。

 何せ通常では見つからないような珍種があるって言うし」


「おぉ!あのバイエルン家がどんなにお金を積んでも動かなかったガレノスがヴェルガルドに来るですか!?」


 ガレノスの言葉を聞いて、顔を輝かせたのはミネヴァである。


「王国で採れる素材で作れる薬だとか治療方法だとかの研究も行き詰ってきたし、いい思い出のない王国からしばらく離れたいしな」


「伝説の名医と呼ばれるガレノスがヴェルガルドに誘致成功・・・!

 これは、良い商売になるです・・・!」


「ミネヴァ~、まさかこれを狙ってガレノスのところを紹介したんじゃないの~」


「そ、そんなことないです!

 赤死病を治せるのはガレノスだけですから、そこに嘘偽りはないです!」


「ならいいけど~?」


 スコルとミネヴァの会話を無視して、ヴェルはガレノスに別れの言葉を告げる。


「ガレノスがヴェルガルドに来てくれるなら心強い。何せ近隣に村もなければ往診する医者もいないからな。

 近々迎えをよこそう。いや、俺が迎えにくる」


「はは、あんたが迎えに来てくれるなら、煩いバイエルン家の目にも止まらずにヴェルガルドまで行けそうだな。

 それを楽しみにしているよ」


「ならば、また近いうちに会おう、ガレノス!」


「ああ、じゃあな、ヴェル」


 そうして、ヴェルたちは飛び去った。


―――


 帰りの空路は、行きと比べて些か遠回りであった。行きは『狼の冬』の厚い雲に隠れて飛んでいたこと、また地上から空への視界が極端に悪かったことからほとんど人目を気にしないルートをとれたのだ。


 今は『狼の冬』が終わりを告げ、ほとんどの地域が快晴の空となっていたのだ。そうなれば、取れるルートは山々の尾根に隠れて飛んだり、地図でわかる限りの村や町を避けるルートとなるため複雑で大回りのルートにならざるおえないのだ。


 結局、ヴェル達がヴェルガルドに着くのはガレノスの診療所を出て二日目の夜となった。


「もうすぐ、着きますですね」


「そうね~、まあ、夜だし何にも見えないと思うけど」


 飛行というのは朝や昼はなかなか見られない景色が見られるため、ミネヴァにとって新鮮なものであったが夜はほとんど暗闇で時折遠くに街の光が見えるくらいなので退屈であった。退屈であっても見張りをしなければならないので、それなりにミネヴァにとって苦痛な作業なのだが。


「そうですね。もう竜民(ドラクル)も寝ている刻限ですし」


「そうそう~・・・ん?」


「どうかしましたです?スコル」


「いや、何か地平線に灯りが」


 スコルの視界には地平線の向こう、ちょうどヴェルガルドのほうに瞬く光が見えた。


 それどころか、近づくにつれ、その光がいくつものあるのがはっきりと見えてきた。


「ヴェルさま~、これって」


「ああ、そうだ。

 竜民(ドラクル)が待っていてくれたのだ」


 ヴェルの目にもしっかりとそれは見えていた。ヴェルがヴェルガルドの上空についたときに至っては、ヴェルを出迎えようと多くの竜民(ドラクル)が走り回り、かがり火を灯している姿さえ見ることができた。

 ヴェルはその目で竜民(ドラクル)を見据えて、不思議と彼らへの情を感じていた。同じ者(エイル)を想い、守ろうとした彼らをヴェルはもうただ拾ってきた人間とは思えなかったのだ。


「帰ってきたのだな、ヴェルガルドに」


 愛おしそうにそう呟くと、カミラたちが待つテラスへとヴェルはゆっくりと下降を始めた。


 ヴェルの胸の中にはいくつかの不安があった。人間は心身ともに魔物に比べて弱く脆い。それゆえに病気に限らず今回のようなことがこれからもあるかもしれない。その時に自分は常に納得し、正しいと思う行動を起こせるのか。


 だが、同時にヴェルは今自分の胸の鞄篭(カーゴ)で寝ているエイルを感じている。


 娘のために今回ヴェルは自分が納得できる行動をし、そして欲した結果を掴みとれた。


 ならば、きっとエイルが自分の傍に居る限り、自分は自分をつらぬけるだろう。ヴェルは鞄篭(カーゴ)を隔ててもなお感じるエイルの暖かさを胸にテラスへと降り立った。



――そして、父となった竜と人間の娘の生活は始まった。


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