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18.白翼竜、飛ぶ決意をする

 その昼のことである。ヴェルの住む遺跡の前には竜民(ドラクル)が集まっていた。彼らはエイルが病気であることをどこかから聞きつけて集まっていたのだ。彼らからしたら、エイルが居なくなってしまえばヴェルが自分達をここに置く理由がなくなり、また奴隷か流民になってしまう恐怖があった。


 ただ、それ以上にヴェルから人の子として育ててほしいとされ、竜民(ドラクル)一同で養育してきたエイルに愛情があった。


「エイル様がご病気だとか・・・」

「治るんでしょうか?」

「俺にもわからん。

 何かあれば、アンタたちにも伝えるから家に戻ってくれ」


 対応をしているのはレギスである。彼もまたエイルの病態に対して不安があった。


 レギスはヴェルからエイルのことは聞いていた。彼女を治せるかもしれない医者のこともである。だが、そこには一抹の不安があったのだ。


(果たしてヴェル様がそんな遠くまで飛ぶか、いや、周りがそれを許すかどうか)


 まさにその懸念していたことがテラスで話し合われていた。


―――


「魔王の同盟者、その部下としては反対じゃな。

 わざわざ王国の領地まで飛んでいくなぞ危険じゃし、下手に人間を刺激してしまえば、この地に大きな争いをもたらすことになるやもしれん」


「オルゴ―の言うことはわかるわ。

 この地が人間側からも半場放置されていたのはヴェルが領地拡大をせずに縄張りだけを意識していたからよ。

 そのヴェルが人間の王国の上を飛んだら、きっと邪推される」


 テラスでは一旦の休憩を挟み、医者の元へ行くかどうかの議論がされていた。


 ヴェルは是非もなく医者の元へ飛んでいこう言ったが、そこに待ったをかけたのがカミラとオルゴ―である。


「だが、飛ばなければエイルの命は保証できない」


「飛んでも保証はできないわ。

 ミネヴァの話だとあくまでも、赤死病が蔓延した村を滅びから救っただけで全ての患者の命を助けたわけではないというし」


「それに今は『狼の冬』じゃ、どうやって僻地から医者を連れてくる?

 お主が抱えて飛んでも、その医者は凍え死ぬじゃろうて」


 それは確かにヴェルも気にしていたことだ。フレイアを連れてきたときもフレイアは気を失うくらいのショックを受けていた。そんな飛行を今の時期にやれば人間は死んでしまうだろう。エイルと連れていくにしろ、医者を連れてくるにしろ、それが問題である。


 だが、大きな問題はもう一つあった。


「もし、お主が意を決して人間の僻地まで飛んで、それでもエイルが死んだらどうするのじゃ?

 お主は一人の捨て子のために、魔王の領地でもあるここを危険に晒すことになるやもしれんのじゃぞ。

 そうすれば、魔王はお主を同盟を反故したものとみなすじゃろう。

 それは一人の人間の、他人(よそ)の子にすべき行為ではあるまい」


 ヴェルにとって魔王の同盟者という地位なぞ、魔王に『強い竜が同盟していますよ』という看板を貸してやったにすぎない。そういう意味ではヴェルはその地位だとか意味に価値は感じていなかった。


 だがもし、ヴェルが人間に見つかり、それを契機に人間がヴェルの領地を攻めたら魔王はどうするであろうか。ヴェルを同盟者としての資格なしとして、人間の攻勢に合わせ、ヴェルの命とこの土地を狙うだろう。さらに言えば、粛清対象の養っていた竜民(ドラクル)の命はないだろうし、部下であるオルゴ―たちも危うい立場になる。


 オルゴ―の問いは魔王の同盟者としての立場を考えろ、と言っているのではない。部下の魔物と数十人の竜民(ドラクル)の命を抱えるヴァ=ヴェルにとって、エイルはどのような存在か、それだけのリスクを抱える価値があるのだと言ってみせろと言っているのだ。


 だが、ヴェルの答えは既に決まっていた。


「・・・俺は飛ぶ」


「一人の人の子のためにか」


「そうだ。あの日、エイルを拾ったときから、俺はエイルの命に責任を持たなければならなくなったからだ」


「部下と領民とを天秤にかけてもか。

 命に責任をもつという意味ではワシらにも責任をもつべきじゃあるまいか」


「俺にとって命は不平等だ。俺だってオルゴ―が死んだら悲しむし悼みもする。

 だが、エイルに何もできずに死なせたら、今日ここにある俺が死んでしまう、まるっきりその後のことが想像できなくなってしまう。

 魔王の同盟者としても、ヴェルガルドの長としても、お前達の首領としても、そう言った役割を担う今の俺という存在はエイルがあってこそだ。

 ・・・俺はエイルの運命に対して、俺自身で出来ることをして俺自身が納得したいんだ。そうしなければこれからの俺は俺のなすあらゆることに納得できなくなってしまう」


「くく・・・そうか。

 まあワシの扱いが軽いことよ!

 じゃが、ヴェル様。お主の意思はようわかった。

 ヴァ=ヴェルとして全ての在り方がエイルによって成立しているならば、ワシもお主の忠実な部下として彼女を助けねばなるまい。

 ならば、ワシらからこれ以上言うことはない。のう、カミラ」


「ええ、そうですね。

 ・・・ミネヴァ、運んできて!」


 カミラがテラスの端に声をかけると、ミネヴァとスコル、ハティが何やら大きなモノを運んできた。ヴェルはそれが馬につける鞄に見えた。最もその大きさは何十倍も大きかったが。


「なんだ、それ」


 あっけにとられて見ているヴェルに対して、ミネヴァが得意そうに答える。


「これはヴェル様用の胸当て鞄篭(カーゴ)です。

 将来的にはヴェル様に商品をはこん・・・じゃなかったこんなこともあろうかと造っておいたんです。

 このサイズなら人間も十分入れますですし、オルゴ―さん達に魔術をかけてもらえば防寒暴風耐衝撃もばっちりです!」


「・・・オルゴ―、カミラはこのこと知っていたのか」


「まあ、のぉ。

 知ったのはついさっきの休憩中じゃが」


「でも、ただ気まぐれで助けたいなんて中途半端な気持ちでは行ってほしくなかったから、あなたの気持ちをはっきりしてもらう必要があったの。

 それですぐにでもこれを持ってこようとしたミネヴァには口止めしたわけ」


「そうか。

 どうやらお前達にも余計な心配をさせたな。

 だが、これで人を運ぶ問題はなくなったな」


「そう言うことです!

 医者のいる土地までの地図も用意済みなのです。土地慣れしているので、ガイドにはわたしを連れて行ってくださいです。医者さんとも顔見知りではありますですので。

 あとここには医療の道具ないのでエイルさまを医者の住家まで連れて行くのです」


「わかった。

 出発は」


「医者のいるところまではヴェル様の翼でも1日かかるですので、いくら魔術をかけていても完ぺきに外気の影響は消せないことを考えて、明日の明け方にするです」


「よし、ではそれまでに物資の準備、エイルの看病を頼んだ」


「はい!」


 そうして、ヴェルとエイルの飛行の準備が進められた。


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