15.白翼竜、城下を見下ろす
季節は巡る。それと共に世界も色を変えていく。夏には世界樹は蒼く色づき、秋になればその隅々までを紅く染めた。そして、冬になれば樹海は雪によって純白の海へと姿を変えた。
また、竜民の生活も急激に変わっていった。元々は石の塊だったような遺跡群は周りの樹海や世界樹から取られた木によって補修されていった。雪の積もるテラスから見る城下町は、死んで風化を待つ状態から、辛うじて意を吹き返したかのようだった。
「ヴェル様、また城下町を見ていらっしゃるのですね」
遠くを見るヴェルに声をかけるのは、フレイアだった。近くの森で採れた魔物の毛皮で作られた服を着ている姿は暖かに見えた。こうしてみると、竜民たちの風体も様変わりしていた。ここに来た頃は薄汚れた服ばかりを着ていたのに、今やそこらへんの人間よりもかなり上等な服を着ている。
ミネヴァの寄贈もそれなりに生活向上に役立っていたが、竜民の者に手芸が出来る者がいたからこそである。レギスやスコル、ハティ達、オークや人狼は獲物を狩っても、剥いだ毛皮をそのまま着たり、必要なければ捨ててしまっていた。それを竜民の者が引き取り、服に仕立てたのだ。
人数も少ない竜民に服は行きわたり、最近ではミネヴァが買い取っているくらいだ。
「あぁ、気まぐれに引き取った人間だが、こうしてみるとなかなか面白い。
まあ、勝手にここの名前をヴェルガルドと名付けたり、自分達を竜民と名付けたり、俺の威光を利用するというのは考え物だがな」
「それはヴェル様を慕っていらっしゃるからですよ。
ふふ、それにしても変わるものですね」
「何がだ?」
ヴェルが不思議そうに聞くと、なおさらおかしいのかフレイアはくすくすと笑った。
「私が召し上げられたときは全く興味がなさそうだったのに、こうして人に興味を持たれているじゃないですか。
1年前だったら、自分の名前を利用されても絶対に気にされてませんでしたよ」
フレイアは魔物の毛で作られたブラシでヴェルの鱗を掃除する。エイルとグレイがある程度、落ち着いて来た時期からこうしてフレイアはヴェルの面倒を見るようになっていた。最初は拒絶していたヴェルだが、だんだんとフレイアのブラシが気持ちよいことがわかり、今ではされるがままだった。特にこの時期だと霜や雪、そこからの錆がつくため、フレイアのブラシは心地よかった。
気持ちよさに目を細めつつ、ヴェルは城下町をもう一度見る。
確かに以前に比べて、他人――これには、レギスたち魔物も含む――と関わることが多くなったとヴェル自身も感じていた。竜民の者たちは良くヴェルに相談事を持ちかけた。
――言葉をしゃべらない魔物がコワイ。
――交易について意見がある。
――オルゴ―様の息が臭い。
――ハティちゃん、ぺろぺろ。
もちろん、ヴェルは最強格の竜ではあるし年季もあるが、人間の相談事は埒外だ。そうすると自然、部下の魔物と関わることも多くなった。
この一年で会話をした回数は、ここ十数年の会話全てを集めても足りないくらいだった。
「興味を持ったというか、持たされたというべきだな。
俺の下で騒がれるのも嫌だから、いやでも関わらないといけない。
そうして関わっていたら、いつの間にか人間の営みを目で追っていた」
「そうであれば、最初に興味を持たせたのは、エイル様ということですね」
「だぁ!」
テラスの端、木製の囲いの中でエイルが応えるように声を上げる。エイルとグレンはフレイアがヴェルの相手をしている間、そこで遊んでいることになっていた。囲いの中はオルゴ―が掛けた複数の守護魔術によって、外気の刺激から守られおり、また特定の人物以外は侵入ができないようなっていた。
グレイとエイルは先ほどまで二人で積み木遊びをしていたのだが、どうやらグレンは疲れて先に昼寝を決め込んだらしい。ここまで大きくなると赤子にも個性が出てくる。例えば、グレンは乳妹をよく気に掛けるがのんびり屋であり、エイルは利発で好奇心が強く魔物たちも恐れず、何よりヴェルと一緒にいることを好んだ。
ここ一年でエイルも随分と成長した。ヴェルは人間の子供がこんなに成長が早いのかと驚いたら、オルゴ―に笑われた。
『人間の赤子はむしろ成長が遅い方じゃて』
今や、エイルはつかまり立ちをし、おぼろげながら言葉らしきものを喋るようになっていた。
「だぁ!ああぁ!おおあぁん!」
エイルは自己主張するように木製の囲いをばんばんと叩く。
「ふふ、エイルはお父さんが好きなのね」
「・・・お父さんではない」
ヴェルはエイルに心を許していたが、フレイアからエイルの父扱いされるのは避けていた。所詮拾った子供であり、いつかは離れる運命であるし、何より種族が違う。それは竜と人では寿命が違うことを意味した。別れは単純に親離れだけではないのだ。
そう思うと、決してこの子の父親にはなれないし、なってはいけないのだとヴェルは考えていた。
「あら、申し訳ございません、ヴェル様。
ところでエイル様は」
「よい、近くに」
フレイアはエイルを抱きかかえヴェルの方へ歩いてくる。
「こうしてみるとずいぶんお綺麗になりましたね」
呟くフレイアの視線の先のエイルは、その銀雪のような白い髪に包まれていた。そして、その瞳は虹彩の名に相応しく、虹色に輝いていた。光の具合によって何色にも見え、時には幾重にも色の層重なって見えるのだ。これは万華鏡と呼ばれる吉兆を表す特徴だという。
「この世界樹の子として、名付けたのだ。
そして、今や竜姫と竜民に言われている子でもある。
それくらいの器量がなければな」
そう言いながら、ヴェルは熱くなった鼻息を軽く漏らす。ここで先ほど呆れていた竜民からエイルが褒められていることに得意になっていることにヴェル自身は全く気が付いていない。
今やエイルは竜民から竜姫と呼ばれ尊ばれていた。それも彼女が契機となり、自分達が奴隷から解放されたのだから当然でもある。ちなみにフレイアも竜民からはエイルに次ぐ地位として扱われている。
「さ、エイル様」
フレイアはエイルをヴェルの顔元に近づける。
「おああん!だぁあ!」
エイルは笑いながら、ヴェルの顎に頬ずりをする。堅い鱗を通して、赤子の柔肌とその体温がヴェルに伝わった。
一年前から感じているその感覚を、愛おしく思いながら、ヴェルは自らもエイルへ小さく頬ずりをした。その柔い体を壊さないように、破壊の具現ともいわれた白翼竜は細心の注意で頭を揺すったのだった。
次回から少し重い話が入ります。




