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14.白翼竜、交易を始める

「ばれたって?

 次の答えによってはお別れよ。

 あなたの頭と胴体がね」


 カミラの厳しい目線にミネヴァはぶるぶると震える。しかし、それでもしっかりと口を開く。


「た、たまたま合流したというのは嘘です。

 ちゃんとヴェルさんのところに行く馬車があの道を通ることを知っていて合流しました」


 冷や汗を流しながらもミネヴァは言葉を紡ぐ。


「ほう、どうやってそれを知ったというのだ」


「ええっとですねぇ。

 一か月前に竜が飛んでいるのが見つかりました。見つかったあたりで奴隷商人と用心棒の死体が見つかりました。でも、馬車と奴隷は見つからない。

 馬車の(わだち)は世界樹のほうに向かっていました。方々の目撃情報だとかを聞いても、やはり奴隷馬車らしきものが世界樹のほうに行っているらしい。

 ・・・で、それっぽい馬車に当たってみたら、ビンゴってわけです」


「それを一人でやったわけではあるまいて?」


「もちろん、配下の者にやらせました。あと、後片付けもです。

 ・・・実は、わたし、バイエルン家の傍流の子でして」


「ほう、バイエルン家!」


 ここで一番に反応したのはオルゴ―である。といっても人間の勢力図に詳しいのはオルゴーくらいしかいないのだが。


「知っているのか、オルゴ―」


「そりゃぁ、ワシが人間だったころからの名家じゃ。

 商業で言えば、王国五指に入るくるいのな」


 オルゴ―によるとバイエルン家は王国の中枢から端の港までの流通を司る豪商であった。生粋の貴族ではないが、その莫大な財産を背景に落ちぶれた貴族や有力者を中心として縁戚関係を築いている。


 魔物と人間の戦争においても、多大な物資を売り払い、もうけをだしているということだ。


「ということは、人間側のスパイか何かか?」


 ヴェルがギロリと睨みつけるとミネヴァはあたふたしながら、それを否定しはじめた。


「いやいやいや、違いますよ!わたしなんぞ、バイエルン家の傍流も傍流でごぜえます!

 片田舎のホビットの商人に目をつけたバイエルン家が母を金で無理やり娶り生まれたのがこの私。

 母は「よくも生まれてきた」と憎まれ口。産ませた父も「所詮は亜人の子」と顧みもしません。

 属してはいますが、バイエルン家は我が不倶戴天の仇でごぜえます」


 追い詰められているにも関わらず、ミネヴァは流暢な多弁になる。レギスの話ではホビットというのは呆れるほどの多弁とは聞いていたが、こんなところでもその性質は活きてくるかとヴェルは舌を巻いた。


「では、お前は一体何がしたいのだ」


「それはもちろんにっくきバイエルン家をぎゃふんと言わせることでごぜいます。

 と言っても、傍流の傍流となれば使える金も限られて、バイエルン家直属の流通も使用不可。

 なれば、流通を自ら開拓するほかありません。そこで目に着けたのがヴェル様の領地と言うことです」


「どういうことだ?」


「ほほ、白翼竜のいる土地は王国の目が届かないからのぉ。

 それこそ奴隷市の開催地によくなるくらいじゃ。それにヴェル様は争わない人間には積極的には攻撃しないから、何も知らない善人には怖し、市井を荒らす大悪党には厳しく、大立ち回りしない小悪党には優しいといったところか。

 違うかの、小悪党の小童よ」


「へへぇ、その通りでございます。見た所、死霊王オルゴ―様でございますか。さすがの慧眼。

 魔物が支配する土地は人間には暗黒も同然でございます。もちろん、バイエルン家の流通も目もここまでは届きません。

 それにここで採れる薬草や果物、その他諸々の値も流通しなければ沸騰状態!

 ですから、わたしは人間の寛容なヴェル様のお膝元で商売をさせていただければ、と!」


 そう言って、ミネヴァは再度平服する。それはダンゴムシが丸まっている姿にも似ていた。


「なるほど、お前の事情はわかった」


「では!」


「だが、お前に商売をさせて、何の得が俺にある?

 お前は金を手に入れるが、俺にとってはうるさい人間の出入りが増えるだけではないか」


「ははぁ、ヴェル様にももちろん得はございます。

 そう、こちらをどうぞ」


 と、ミネヴァは背負っていた革袋を降ろし、袋をあける。


「ほう・・・」


 そこには金や銀の粒が詰まっていた。


「ヴェル様のような竜は金銀で体を冷やすと聞き及んでいます。

 であれば、わたしの儲けの1割をこうして金銀に替えて納めさせていただきやす。

 これはその手付金だと思って下せえ」


「なるほど、それはいい代価かもしれん。

 だが、1割だけか?」


「う、うう・・・。ですが、ヴェル様は何もせずとも金銀が手に――」


「1割だけか、と聞いたのだ」


 ヴェルの問いにミネヴァは息が詰まったような顔をする。ミネヴァからしたら、これから商売を始めるにあたって様々な準備をしなければならない。場合によってはかなり多額の借金(利子付き)をしなければならないかもしれないのだ。


 そんな彼女からしたら、売り上げの1割はかなりギリギリの範囲だった。


「・・・1割2分で」


「2割だ」


「ひぇっ」


 今度こそミネヴァは首を絞められたように顔を蒼くする。


「そ、そんなに払ったら、わたしが首を吊りますよ・・・」


「俺にとってはお前が首を吊ろうが、どうでもいいがな。

 今の生活に不便はしていないわけだし」


「う、ぐぅ」


「ヴェル様、それくらいにしてあげたらどうでしょうか?」


 ぐぅの音も出ずに涙目になるミネヴァに助け舟を出したのは、フレイアである。


「ほう、では、フレイアはどうすればいいと思う?」


「そうですね。

 例えば、ミネヴァさんは生活品などは扱っていますか?」


「も、もちろんでございます。

 ベッド、タンス、梯子にスプーンなんでもございます。

 あ、お子様をかかえていらっさいますですね。それではあればこのような遊具も」


 そういうとミネヴァはどこからともなく手のひらサイズの玉を出した。ミネヴァがそれを手の中でふるとシャラシャラと音がなる。


「これはニカワで固めた皮の玉の中に乾いた木の実を入れたものでございます。

 年頃の赤んぼに投げてあげると大変喜びまして、はい、ほれほれ」


 ミネヴァはそう言いながら、フレイアの腕の中にいるエイルとグレンに近づき、球を振って音をならす。


「きゃっきゃっ」


 二人ともそれを見て、楽しそうに笑っている。


「ど、どうでしょうか、ヴェル様、このように色々な商品を提供できるわけですます!」


 汗だくになり顔を引きつらせながら自分を売り込もうとするミネヴァを見て、フレイアはくすくすと笑ってしまう。それにつられてヴェルも笑ってしまった。


「ふふ、ヴェル様。こういうのはどうでしょう?

 ミネヴァさんが買いたがっているもの、つまりここで採れるものを城下町に住む人たちに採ってもらいます。

 ミネヴァさんはそれを物品と交換してもらいます。まあ、ミネヴァさんもここで採れたものをかなりふっかけて売るんですから、それなりのレートで交換してもらえますよね?」


「は、はい、もちろん!

 むしろ、お金という仲介手段がない以上、誠心誠意良品と交換させていただきますです!」


「それに、ミネヴァさんは素材の採取に余計な仲介業者を挟まなくてすみますし、その方がバイエルン家にばれなくて都合がいいでしょう」


「はい、はい!その通りでございます!」


「・・・それは俺に何の得が?」


「城下町の人々の生活に余裕が生まれます。

 ヴェル様は彼らの余裕が増えた分、僅かずつ税を納めて貰えばいいのです。

 民が豊かになれば、その分酔い仕事道具を買ったり、工夫する余裕が生まれて、より効率的にお金を稼げるようになりますわ。

 最初は僅かな額しかあつまりませんが、続けていけば莫大な額になります」


「となると、俺に入ってくる金は将来的にはより多くなるわけか」


「そうです。

 ここでミネヴァさんに無理に重い負担をかけて短い寿命の交易をするより、軽めの負担にしてヴェル様の民を豊かにする道を考えた方が得策ではないでしょうか」


 なるほどフレイアの言う通りである。ここでミネヴァから金を分捕っても自分の体を冷やす金が多くなるだけだが、ミネヴァの造る流通とやらを使えば民全体が豊かになり、その結果として自分の体を冷やす金もより多くなるのだ。


「なるほど、確かにフレイアの言う通りだな。

 ミネヴァよ、今の条件はできるか?」


「は、ははぁ、できますです。やらせてくださいです!」


 ミネヴァは再び平伏する。ここまで平伏されると赤い癖毛も相まって、まるで地面に落ちた紅葉みたいだった。


「そうか、では先ほどの捧げものについてだが」


「も、もしかして――」(下げてくれるんです!?)

 

「1割3分だ」


「ぎええええええぇぇ!」


 竜のいるテラスに、ハーフホビットの悲鳴が上がった。


―――


 こうして遺跡に、20人ばかりの元奴隷たちの集落ができた。彼らは自分達を竜民(ドラクル)と呼んだ。それは竜によって奴隷という繋がれた立場から解放されたことを意味する。彼らはヴェルと自分達の住む遺跡をヴェルガルドと名付けた。


 ミネヴァの協力もあり、生活に必要な物資も滞りなく配給され、ヴェルガルドは村として機能を始めていった。


 エイルはその中ですくすくと成長していった。


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