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11.元奴隷たち、竜の住家を目指す


 エイルが拾われてから、一月ほどが経とうとしていた。ヴェル達はこれといって特筆することもなく、一日一日がゆっくりと過ぎていった。


 といっても、エイルやグレンの夜泣きがあるため、以前に比べればずいぶんと煩くなった。それでも不思議とヴェルは赤子の夜泣きに苛立たなかった。


「いつも申し訳ありません」


 フレイアはいつものように謝りながら赤子をあやす。


「よい。エイルは俺が近くにいないとなかなか寝付かないからな」


 テラスには木で作られた粗末な小屋があった。フレイアと赤子たちの寝室である。遺跡の中の寝具などは殆ど腐り、風化し果て、石造りの台の上では寝にくいというわけで、レギスたちと周りに落ちてた枯れ木を組んで作ったのだ。


 世界樹から落ちた枝なども利用しているせいか、粗末な作りでありながら、それなりに頑丈であった。


(そうは言っても、かなり隙間風が入るだろうし、雨風に吹かれたら壊れてしまいそうだな)


 ヴェルの横でエイルをあやすフレイアとその背後の小屋を見ながら、ヴェルは思った。今は比較的穏やかで温かい気候であるからいいが、これからの時期は寒かったり暖かったりするのだから、その時はどうすればいいのか。


(人間の大工でもいれば、もう少しましなものが作れるだろうが、魔王の同盟者の元に来てくれる者などいないだろう)


 と、ここでヴェルはふと一月前に助けた奴隷たちのことを思い出した。


(あれの中で、手工業に長けた者がいたかもしれないな)


 と言っても、もう一月も来ないのだ。きっとどこかに逃亡したのだろう。もう追いかけることだって出来ないはずだ。


(まあ、いざとなればオークと人狼(ワーグ)たちに頼むとするか。

 レギスだったらドワーフやホビットへの伝手もあるだろうし)


 ようやく泣き止んだエイルを木の小屋に連れて帰るフレイアを微睡んだ目で見つめながら、ヴェルはそう思った。


―――


「走れ!走れ!!」


 遺跡の前に広がる樹海の中を数台の馬車が駆け抜ける。殿の馬車の荷車には短く茶髪を切り揃えた偉丈夫、元奴隷の御者アンディが立っている。


 その手には弓矢が構えられていた。そして、足元の床板には剣と短槍が数本突き刺さっている。見れば、全身が傷に覆われていた。


 切り傷、噛み傷、それに打撲や火傷。


「■■■■■■■■■■■!!!」


 その殿の馬車を魔物が襲う。炎のような体毛と水晶の爪牙を携えた大型の猫科の化け物がアンディに飛び掛かる。


「おせぇやぁ!!」


 アンディの指から矢が放たれる。一般の矢よりも幾分重い鉱石と木を使ったそれは、大気を切り裂き化け猫の口の中を見事に貫通する。


「ギャッ!」


 化け物は肺から息を吐き出すと即死した。と言っても、アンディに飛び掛かった勢いは消えるわけでもない。


「ほっ!」


 アンディもそれを見越して、こちらに飛び掛かってくる化け物の死体を避ける。といっても完ぺきではない。化け物を避けた後、アンディの頬に赤い筋が出来、そこから血が噴き出す。新しい傷がその皮膚の上に描かれた。


「■■■■■■■ッ!!」


 さらに二匹目が跳びかかる。今度は弓を引き絞る時間なぞない。


「ほらよっと!」


 アンディは弓を馬車の床に放るや、床に刺さった槍を引き抜き、そのまま飛び掛かる獣を串刺しにする。当然、獣は即死する。


 ぎしり、ぎしり、とアンディの全身の筋肉が音を立てる。体重が何倍もある獣の勢いを槍だけで殺したのだから、当然だ。


「ぐっっ、ぅ!」


 アンディは槍を思い切り振りまわし、勢いだけで獣の体を引き抜く。


「■■■ッ」


 続いて飛び掛かろうとした獣にその死体があたり、数秒後にははるか遠くに転がっていく。


「アンディさんッ!どうですか!?」


 殿の馬車の馬を走らせている、元奴隷から声がかかる。


「あぁ?今ので今回の襲撃は防いださぁ!

 次はどうだかわからんがな!」


 アンディも叫んで返すが、そこには濡れた音が混じる。少なからずアンディの口の中は血で濡れていた。魔獣の血が入ったか、口を切ったか、それとも内臓を傷つけたか、それはアンディにすらわからなかった。


「くそっ!やっぱり魔物なんて信じるんじゃなかった!

 普通に襲ってくるじゃないか!」


「そう言ってやりなさんなぁ。

 はせ参じるのに遅くなったのはこちらの責任さぁ!

 とりあえず、遺跡に行かねえと話にもなんねぇ」


「そうそう、遺跡に早く行くです!」


 元奴隷以外にアンディに返す声がする。殿の馬車の荷台、その端にボロ布をまとった少女がいた。彼女は一か月前の奴隷馬車にはいなかったメンバーである。


「そっちは死活問題、こっちは商売の問題なんですからね。

 あ、アンディ、これどうぞです」


 その少女はアンディに飴玉ほどの丸い陶器をいくつか渡した。


「なんだ、これぇ?」


「あっ、食べようとしないでください。

 それ、爆弾ですから!」


「おいおいおい、危険なもの渡すなよ」


「まあ、魔物を追い払うくらいしかできないですけどね。

 アンディさんの強肩なら十分役に立ちますですよ!

 ほら、次の魔物来ましたよ!」


 少女が声を上げた方向を見ると、今度は人の赤子ほどの蜂が数匹群れを作って飛んできた。


「ほら、ほら、投げてください!」


「ええいっ!」


 アンディが陶器を投げると、蜂のうちの一匹にぶつかった。


 閃光と轟音。それはそれなりに離れた位置にいたアンディも踏ん張らないといけないほどの衝撃だった。


「お、うおぉぉ!?」


 再び空を見ると、蜂はいなかった。遠くなっていく地面にその残骸らしきものが転がっていた。


「・・・魔物を追い、払う・・・?」


「ぉぉぉぉッ」


 アンディが冷や汗をかきながら、横を見ると少女が目を輝かせて、その様を見ていた。


「すごいです!報告以上です!

 これなら対魔物戦にも、いえ、ゴブリンとかが使える投擲武器として魔物にも売れるかもです!」


「おい、ミネヴァ!?

 お前ぁ下手したらこの馬車ごと吹っ飛んでいたんだぞ!」


「まあまあまあ、いいじゃないですか!魔物を倒せたんですし。

 あぁ、それよりも次はこっちを使ってみませんですか!?」


 こちらに次は機械仕掛けの弓を渡そうとする少女、ミネヴァを見ながらアンディは苦虫を噛んだような顔をする。


(なんで、こいつを拾ってしまったんだが)



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