10.白翼竜、赤子に名前を授ける
「皆からはいい案はないのか?」
その夜、またヴェル達は赤子の名前を決める会議を行っていた。と言っても、相変わらず誰からもいい案が浮かんでこなかったのだが。
「む~、人間の感性ってよくわからないし~。
いっそ、フレイアに決めてもらえば~?」
「いえいえ、この子はヴェル様が拾われた子。であれば、ヴェル様こそがその子の名前を授けるのが一番よろしいかと」
ハティの提案もフレイアは固辞する。
「うむ、そこでだな。
俺がもう一度、この娘の名前を考えてみたのだが、良いか?」
「あなたの発言を止められる奴なんて、この中にいませんよ。ヴェル様」
「ワシも気になるから、そのまま続けてくれんか」
「よし。
皆も知っての通り、この子はこのテラスで拾った。
このテラスの真上を見てほしい」
一同が、顔を上げるとそこには青々としげった大木の枝と葉が見えた。それは遺跡全体を包むかのように広がっている。繁りが薄いところからは星光が覗いている。それらは彼らにとって見慣れた風景だった。
「見上げろて言ったて~、木の枝と空しか見えませんよ~?」
「・・・世界樹ですかな?」
「そうだ、オルゴ―。
この樹はどうやら人間に言わせると世界樹とかいうらしい」
「人間の下らない迷信ではあると思うけど。
樹そのものからは何も感じられないし」
「カミラ、だがそれでも人間が大切としている教えだと聞いた。
で、世界樹の麓のこの遺跡でこの子が見つかった。
つまり、この子は、この樹の落ちた実。そうは考えられないか?」
「それは素敵な、考えだと思います」
「ロマンチストすぎじゃないの~」
「こら、スコル!」
「いい。確かに我ながら、ロマンチストかもしれない。
だが人間の考えに基づくならば、世界樹の実は未来を繋ぐものらしい。
そこでだ。この子の名前に人間が信仰している世界樹の根本で未来を司る女神エイルの名を授けたいのだが、どうだろうか」
「ほう、そりゃいいですな!」
オルゴ―は膝をぽんと叩き、賛同の意を示した。乾いた音がテラスに響く。
「確かに赤子を世界樹の実になぞらえて、未来を司る女神の名とするなら、きっとその将来は安寧なものとなりますじゃ」
「ふーん、私にはよくわからないけど~、響きがいいからいいんじゃないですか~」
「私も綺麗な名前だと思います」
「ううむ、出来れば勇ましい戦女神の名前を与えたかったのですが。
ヴェル様のお考えがそうであれば」
「そうね。ヴェルが良ければ、それでいいわ」
一同の賛意を聞いて、ヴェルはフレイアのほうへ顔を向ける。
「どうだろうか、フレイア。
エイルの名前は、これで?」
フレイアは一瞬だけ驚いた顔をして、それからくすくすと微笑んだ。
「・・・む、何かおかしなことでも言ったかな?」
「あら、申し訳ありません。
でも、ヴェル様。これでいいもなにも、もう呼んでいるじゃないですか、この子の名前を」
「あ」
確かにヴェルは「この子の名前がエイルでいいか」と聞かずに「エイルの名前がこれでいいか」と聞いていた。
「よほど、気に入らしていたんですね、その名前。
であれば、私から何も言うことはございませんわ」
「ううむ」
微笑むフレイアに何も言い返せず、ヴェルはぽりぽりと頭の鱗をかいた。その様を見て、魔物一同も軽く微笑んだ。
「ふふ、よかったわね、
ヴェル様から素敵な贈り物をいただけて」
フレイアは胸に抱いた赤子に微笑みながら語り掛ける。
「む、名前がついたのだから名前で呼んでやればいいだろう」
「それはいけませんよ」
フレイアはヴェルの目を見ながら語り掛ける。
「ヴェル様が親なんですもの。最初にこの子に名前を呼んであげるのはヴェル様でないと」
「お、・・・親?」
「そうですよ。ヴェル様が拾われて、ヴェル様の意思でお育てなさっているんですもの。人間であれば親も同然です」
「む、むむ。俺が親かどうかは別として、そうだな。ここの領主として、この子に名前を授けないとな」
ヴェルはそう言って、フレイアに抱かれた赤子に向き合う。
「・・・小さきものよ。人間の赤子よ。
お前に白翼竜ヴァ=ヴェルが名を与える。
お前の名前はエイルだ。
未来を司る女神の名において、お前の未来が安寧であることを願う」
ヴェルは人間の名づけの本に書いてあって、儀礼の言葉を真似て、赤子に名前を授けた。
フレイアの胸の中の赤子は意味を理解していないのか、目をぱちくりしていた。
「・・・ううむ、よろしくな、エイル」
ヴェルは翼の一辺をそっと、フレイアの腕の中の赤子に差し出す。
赤子はそれを見て、微笑み、翼を両手で握り、弄ぶ。
「よかったわね、エイル様」
フレイアはその赤子の様子を見て、ほっとしたように微笑んだ。
「ふあぁぁぁ~、だぁ~」
赤子はフレイアの手の中で何も知らないそぶり笑う。
ヴェルはそれを見て、小さく微笑んだ。
こうして、世界樹の麓に捨てられた赤子にエイルという名前がつけられたのだった。




