部外者
和やかな空気の中、アルヴィンはゴホンと咳払いをして姿勢を正すと、真剣なまなざしを国王へと向け、地下で何が起きたのかをありのままに報告し始めた。
ヒロが不法に王宮地下に侵入したこと、そして何より、魔力灯の奇妙な瞬きに導かれるようにして、誰も辿り着けないはずの「魔力炉の前」まで自力で到達したのだという一部始終を。
アルバスは腕を組み、アルヴィンの報告を一言一句漏らさまいと真剣な表情で聴き入っていた。やがてすべてを聞き終えると、ふっと目を細め、静かに天を仰いだ。
「……そうか。久しぶりに、お目覚めになったか?」
その言葉の意味が分からず、ヒロが首をかしげる隣で、アルヴィンは困ったように厳しい表情のまま首を横に振った。
「いえ、陛下。いくら何でも、部外者の前であの扉を開くわけにはいきませんでしたので……」
アルヴィンのその言葉に、アルバスはあきれたようにふっと息を吐き出し、軽く手を振ってみせた。
「……お前は相変わらず、変なところで堅物じゃのう。まったく。そなたも自分で言っておったじゃろう。『魔力灯の導き』と。もはやヒロは部外者ではあるまいよ」
アルヴィンは観念したように深くため息をつき、肩をすくませながらヒロの方へとゆっくりに向き直った。
「……まあ、陛下もこうおっしゃってるし。行こうか、魔力炉へ」
そう告げると、アルヴィンはアルバスと連れ立ち、再び地下へと通じる入り口へ向けて歩き出した。
(……処分、されないのか?)
思いがけない展開にほっと胸を撫で下ろす。それどころか、あの日からずっと知りたかった「魔力炉」の正体を、あろうことか宮廷魔術師団長自らが見せてくれるというのだ。好奇心と期待に胸を膨らませたヒロは、足取り軽くアルヴィンの背中を追いかけた。
そのヒロの隣を並ぶようにして、アンとセバスの二人がついてくる。だが、先ほどまでの和やかな雰囲気とは打って変わって、アンもセバスもどこか浮かない、曇った顔をしていた。その表情にわずかな違和感を覚えつつも、ヒロの頭の中はまだ見ぬ魔力炉のことでいっぱいだった。
ひんやりとした冷気が漂う地下への階段を下りながら、ヒロは周囲の構造を細かく観察した。
来る時はアルヴィンに手を引かれ、処分への恐怖で頭がいっぱいだったため何も目に入っていなかったが、今の心持ちであればよく見える。
使われている石の積み方は、何世代も前の王都建築に見られる古い様式だった。手すりを留める金具の打ち込み方や、ひっそりと嵌め込まれたネジの形状に至るまで、現在主流のものとは異なる、けれど驚くほど頑丈で丁寧な手仕事の跡が残っている。何百年もの時を経ているであろうというのに、ただの一箇所も脆さや崩れの予兆を見せない。その卓越した技術に、ヒロは思わず息を呑んだ。
そんな職人としての感嘆に浸りながら歩いていると、あっという間にあの巨大な鉄の扉の前へと辿り着いた。
アルヴィンは他の者たちをその場で止め、一人で静かに扉の前へと歩み出る。それに呼応するように、セバスはアルバスとアンを庇うように前に出た。
アルヴィンが、幾重もの重厚な封印が刻まれた鉄の扉へとそっと手をかざす。
――その瞬間。
アルヴィンの全身から、これまで隠されていた膨大な魔力が一気に迸る。周囲の空間が震え、皮膚が痺れるような圧が押し寄せてきた。
「……すごい魔力量だ……っ!」
ヒロは思わず息を飲み、圧倒的な格の違いに冷や汗を流しながらその場に踏みとどまる。
アルヴィンの魔力が扉の鍵穴や魔導式へと注ぎ込まれた直後、地鳴りのような重い音を立てて、固く閉ざされていた巨大な鉄の扉が、ゆっくりと内側へと開き始めた。
アルヴィンは重厚な扉の脇にひょいと身をかわし、アルバスとアンに向けて、どうぞと手で先に入るよう促した。セバスも主君たちに寄り添いながら、静かに扉の向こうへと歩き出す。
「ほら、おいで!」
アルヴィンに手招きされ、ヒロはハッと我に返った。慌ててその後を追うように足を動かす。
扉の向こうに広がっていたのは、圧倒されるほど巨大な空間だった。
天井は遥か彼方に霞み、視界のすべてを飲み込むような巨大なドーム状の空洞。その中央には、何世代もの歴史を背負ってきたのが信じられないほど小さな「魔力炉」が鎮座していた。そこから放射状に伸びる無数の太い導管が、まるで血管のように壁一面へ張り巡らされている。ここから発せられる魔力が、王都全体のインフラを支えているのだと一目で理解できた。
(――やっぱり……)
職人の血が騒ぐ。作り自体は途方もなく丁寧で堅牢だが、同時に構造的な古さと、現代の基準から見れば無視できないほどの非効率な無駄があちこちに見て取れた。あの日の会議でヒロが提案した「改修の余地」が、これほど明確に目の前にある。
だが、そんな効率の是非なんて、今のヒロにとっては二の次だった。
頭を満たしたのは、純粋無垢なまでの知的好奇心。
この心臓部は一体どんな構造をしているのか。この膨大なエネルギーを生み出している動力源の正体は何なのか。
胸の高鳴りを抑えきれず、ヒロは思わず走り出していた。
前を歩いていたアルバスやアン、セバスたちを、こともあろうにひょいと追い越して、一直線に魔力炉へと駆け寄っていく。
「あっ、こらっ、ヒロくん!」
背後から慌てたようなアルヴィンの制止の声が飛んだが、今のヒロの耳には届かない。
衝動に駆られるまま、ヒロはついに、誰もが触れることを禁じられていた王国の核心――魔力炉の目の前へと辿り着いた。




