優しい嘘
気づけばヒロはリリアの部屋の前まで来ていた。
スラムを出た後、ギルドを訪ねたものの、リリアの姿はそこになかった。他の受付嬢に聞くと、「あ、リリアちゃんなら、最近は日曜日は固定で休むようになったのよ」と言われ、含みのあるニヤニヤとした笑みを向けられてしまったのだ。行動を起こそうとした途端にこれである。まったく、からかわれてばかりで恥ずかしい思いをしたが……そんなことはもうどうでもいい。
深呼吸を一つ。迷いはもうない。
ヒロは意を決して、リリアの部屋の木製ドアをコンコンとノックした。
数秒の沈黙のあと、ガチャリと鍵の音がして扉がゆっくりと開く。
そこに立っていたのは、見慣れたギルドの受付嬢の制服姿ではなく、柔らかい素材のワンピースに身を包んだリリアだった。
いつもはきっちりと髪をまとめ、凛々しくシャキッとした仕事顔の彼女しか見ていなかった。その綺麗な姿にはこれまでも何度も目を奪われてきたが、目の前にいる「普段着」のリリアは、どこかあどけなさが残る、びっくりするほど女の子らしい雰囲気を纏っていた。
予想外の破壊力に、頭で考えるより先に口が勝手に動いていた。
「か、可愛いっ……!」
そのあまりにも素直すぎる直球の感想を聞いた瞬間、リリアの白い頬は一気に沸騰したように真っ赤に染まり、言葉を失ってその場で固まった。
ヒロの目の前で固まっていたリリアはパタパタと両手で真っ赤な頬を仰いで、なんとか気を取り直した。
「も、もう……! いきなりそんなこと言わないでよ……っ」
それでもどこか嬉しそうに目元をほころばせたリリアは、「ほら、立ってないで中に入って」と、ヒロの服の袖を軽く引っ張って部屋へと招き入れた。
リリアは「すぐにお茶淹れるから!」と慌ててキッチンへ向かい、やがて湯気の立つカップを二つ運んできた。小さなテーブルを挟んで向かい合い、二人で静かにお茶を啜る。
少し落ち着いたところで、リリアは不思議そうな顔をして小首を傾げた。
「どうしたの、ヒロくん?何かあったの?」
その問いかけに、ヒロはごくりと唾を飲み込んだ。
喉元まで、「リリアさんが『寂しい』って言ったから、会いたくなって……」という言葉が出かかっていた。だが、なぜかそれをそのまま口にしてはいけないような気がして、ヒロは咄嗟にぐっと飲み込んだ。
「さ、寂しくてさ……っ」
心臓がうるさいほどに鳴り響く。顔が熱くなるのを自覚しながらも、ヒロは逃げずにしっかりとリリアの目を見つめ、震える声を絞り出した。
「り、リリアさんに会いたくて……来たんだ」
ヒロの絞り出すような声を聞いた瞬間、リリアの手元でカップが小さく揺れた。
驚きに目を見開いた彼女の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。言葉を探すようにわずかに唇を震わせたあと、リリアはふっとこれ以上ないほど柔らかく、愛おしさに満ちた笑みを浮かべた。そして、テーブルの向こう側にあった小さな隙間を埋めるように、そっとヒロの手へと自分の手を重ねてくる。
ヒロの「寂しい」という嘘とは違い、その手のひらの温かさは、嘘偽りなくまっすぐ伝わってきた。
もう言い訳も、迷いもいらない。ヒロはぎこちなさを隠すこともせず、ただしっかりと、その小さな手を優しく包み返した。
外から差し込む穏やかな日曜日の午後の光が、静かな部屋の中で二人の影を優しく溶かし合わせていく。胸を締め付けていた不安や気恥ずかしさはどこかへ消え去り、ただ心地よい温もりだけが、二人を柔らかく包み込んでいた。
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