それぞれの答え
魔力量の調査を始めてから、気づけば一ヶ月が過ぎようとしていた。
酒場のいつもの席で、ヒロはガレスと向かい合って温かい夕食をつつき合う。
日中の地道な作業で程よく心地よい疲労感を覚えつつ、ヒロはスプーンを動かしながら、この一ヶ月の調査のついでに仕入れた「帝国」に関する新しい知識をポツリポツリと語り始めた。
もともとは、家庭ごとの魔力使用量を自動で計測する装置があるという話を聞いたのがきっかけだった。
そこから妙に興味が湧いたヒロは、色々な場所で帝国の噂話に耳を傾けるようになっていた。
道具屋の主人に言わせれば、帝国製の魔導具の評価は決して高くなかった。「規格がすべてガチガチに統一されているせいで、職人としての遊び心やデザインの面白みがない」というのがその理由だ。
だが一方で、工房の職人たちからの評価は真逆で、非常に高かった。帝国の製品は、誰が扱っても同じように性能が出るから扱いやすいとのこと。さらに、「構造物や配管の設計も規格化されているから、新しく建てやすいし、どこが壊れてもすぐに直せる」と、実際に帝国へ行ったことのある職人が太鼓判を押していた。
街の商人や冒険者など、ほかの人たちからも色々な話を聞いた。
「観光する分には、治安がよくて綺麗だし最高さ」と言う者がいれば、「あんな管理社会、規律が厳しすぎて窮屈で暮らしづらいに決まってる」と眉をひそめる者もいる。かと思えば、「徹底的に管理はされるが、逆に言えば法律さえきっちり守っていれば理不尽に怯えることもなく、暮らしには困らないさ」と淡々と評する者もいた。
「――ねえ、ガレス。帝国ってさ、王国と違うってだけな気がしてきた」
ヒロが皿から顔を上げ、じっと相棒の顔を見つめながらそう締めくくると、ガレスは肉を頬張ったまま「ふむ」と難しそうに唸り声を上げた。
ひとしきり帝国の話を語り終えたヒロは、ふとそこで違和感を覚えて言葉を止めた。
……待てよ。
普段なら、こういう小難しい話を始めると、ガレスはものの三分で興味を失い、退屈そうにあくびを噛み殺すか、肉に夢中になるはずだ。それなのに、今日のガレスは信じられないほど真剣な顔で、じっとヒロの話に聞き入っていた。
(……おかしい)
そう疑いの目を向けた瞬間、ガレスは「ふう」と小さく息をつき、おもむろに懐から紙束を取り出してテーブルの上にドンと置いた。
――は?
ヒロは思わず間抜けな声を漏らした。
ガレスが書類の束を所持しているなんて、明日あたり王都に大雪でも降るのではないか、そんなことを考えながら、ヒロは一番上に置かれた書類に目を走らせた。
そこに描かれていたのは、王都から国境を越え、帝国へと至る安全な道筋を示した「詳細な地図」だった。
そしてその紙の下には、帝国に入国するための申請手順や、現地での生活を始めるにあたって必要な諸手続きの案内書が、綺麗に束ねられていた。
頭がついていかない。ヒロは驚愕で丸くなった目をパチパチさせながら、ガレスの顔へとゆっくり顔を上げた。
「ちょっ……待ってよ!子供達が帝国に行くのは諦めるって話だったでしょ!?」
ヒロの必死の抗議を、ガレスはふっと不敵な笑みを浮かべながら悠然と首を振って否定した。
「俺が、護衛して連れてってやるって話だろ?」
ヒロは思わずテーブルから視線を外し、酒場の天井を仰ぎ見て、深い、深い溜息をついた。
「……確かに、言ってたっけなぁ……」
あの時は「子どもたち自身が諦めるだろう」という予測のほうに安心していて、その後の言葉を、すっかり聞き流していた。いや、まさかこの男がそれを本気にして、実行に移そうとしているなんて夢にも思わなかったのだ。
気を取り直したヒロは、表情を引き締め、テーブルの上に広げられた書類へと視線を戻した。
しっかりと一枚一枚読み返していくと、ヒロのなかで感心と呆れが入り混じった感情がわき上がってくる。
あのガレスがどうやって調べ上げたのか、驚くほど綿密に、そして正確に情報がまとめ上げられていた。
「……これ、本当にガレスが一人で調べたの? ……すっごいよく調べ上げられているじゃないか」
ヒロが感嘆を含んだ声でそう呟くと、ガレスは「へへっ、なめんなよ」とばかりに鼻をこすって得意げな笑みを浮かべた。
あの子たちの「目と耳になる」という言葉を、この不器用な相棒は誰よりも真剣に受け止めていたらしい。どうせ止めたところで、この頑固な性格が折れることはないだろう。
ヒロは観念したように肩をすくめ、小さく笑った。
「――仕方ないね。それじゃあ今度、子供たちにこの計画を話してみようか」
その言葉を聞いた瞬間、ガレスは待ってましたと言わんばかりに、ニカッと白い歯を見せて笑った。
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