謎の計画
いつもなら、ぶっきらぼうで怒鳴り声混じりの親方だが、今日の説明は驚くほど理路整然としていた。
今回のスラム再開発計画は、これまでの小規模な修繕や共同の水場のような工事とは比べ物にならないほどの、気の遠くなるような長期に渡るものだった。
理由は単純で、一部の区画の補修ではなく、スラム全域のインフラを含めた大掛かりな大改造だからだ。
まずは国の役人たちがスラム全体の詳細な実態調査を行って区画を割り振る。
その大まかな区画が決まり次第、この工房が上下水道や魔力導管を安全に引き回すための詳細な地下道の図面を引き、それを元にして各建物の設計が始まり、ようやく実際の建設工事へと移っていく――。気の遠くなるような工程だった。
全体像を聞き終えたヒロは、思わずぐっと肩を落とした。
「……じゃあ、まずは国の調査を待つしかないから、僕らが動けるのは当分先なんですね」
ヒロの落胆した様子を見て、親方はフンと鼻を鳴らした。
「甘いな。そうでもねぇさ」
そう言って、親方は作業台の端から一枚の古い羊皮紙をひょいとつまみ上げ、ヒロの目の前に放り投げた。それは、見慣れたギルドの依頼書だった。
ヒロが紙面に視線を落とし、書かれている内容を目で追う。
『魔力量調査』
ヒロは数行先の文字までしっかりと読み込み、その依頼が持つ意味を瞬時に理解した。
そもそも、現在の王都を支えている魔力炉は、日々どれだけの魔力を生み出し、街全体でどれほどの量を消費しているのか。そして、これから新しく作り替えられるスラムの住宅地や魔導インフラを含めると、全体でどれほどの魔力が必要になるのか。
その全体像の収支を正確に把握しなければ、再開発の設計図なんて描きようがない。
ーーそして一つの疑問に辿り着いた。
「……えっ?これ分かってないのに計画始まったんですか?」
ヒロの言葉に、親方は険しい顔のまま重々しくうなずいた。
「ああ。普通なら、こういう根幹の魔力収支の調査を完全に終わらせてから区画を決めるはずだ。なのに、その調査と区画決定を同時に進めちまうってことは……」
その場にいる職人たち全員が、ハッと息を呑んで顔を見合わせた。
もし、この調査の結果「現在の王都の魔力炉では、スラムまでの供給量が圧倒的に足りない」という結論が出たとしても――それでも王国は、計画を止めることなく強行的に住宅の建設を進める気なのだ。
あまりにも、役人らしくない行き当たりばったりな計画にヒロや職人たちは首を傾げた。
「……これ、もし調査の結果で魔力が足りなかったら、どうするつもりなんでしょうね」
ヒロが率直な疑問を口にすると、親方はやれやれといった風に鼻を鳴らして肩をすくめた。
「さぁな。だが、理にはかなってねぇわけでもねぇさ」
「というと?」と小首を傾げるヒロに向かって、そばにいた職人が腕を組んで説明を始めた。
「今のスラムのバラック小屋なんて、雨風は凌げねぇわ、火事は起きやすいわで、いつ壊れてもおかしくないハリボテだろ? まずは区画を整備してしっかりした建物を建てるだけでも、安全面は桁違いに向上するさ」
「それに、」と別の職人が言葉を継ぐ。
「仮に隅々までの魔力供給が少し足りなかったとしても、各区画にちゃんとした上下水道が引かれるだけで、あの辺りの衛生面はめちゃくちゃ改善されるはずだ」
「そうそう。一箇所の共同の水場にみんなで群がってる今の状態じゃ、病気が流行ったときに限界が来るからな」
職人たちの現実的で理路整然とした説明に、ヒロは「なるほど……」と深く納得して大きく頷いた。
しかし、それでも心の底の違和感は消えない。
あの保身と前例主義ばかりを好む、普段は極めて腰の重いはずの王国の役人たちが、どうしてここまで踏み込んだ大胆な計画を言い出したのか――それが、どうしてもいまだに信じられなかったのだった。
考えすぎてこめかみが痛くなってきたヒロは、ふうっと大きく息を吐き出すと、みんなに向かって明るく言った。
「……とりあえず、鉄、打ちません?」
その予想外すぎるヒロの提案に、工房を包んでいた重苦しい空気は一瞬で吹き飛び、職人たちはぽかんと口を開けた。だが、すぐに全員が頼もしい笑みを浮かべ、力強くうなずいた。
「その案、乗った!」
職人たちは各々の持ち場につき槌を振るい始める。
工房にはいつもの小気味良い金属音と、職人たちの活気ある賑やかな掛け声が戻っていった。
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