生贄
仕事をすべて終えたヒロは、気づけば「木漏れ日の酒場」の木の扉の前に立っていた。その隣で、パッと明るい顔をしているのはアルヴィンだ。
あれから地下を出た後も、アルヴィンは「ねえ、本当に宮廷魔術師団に入らない?」としつこく勧誘を続けてきた。そのあまりの鬱陶しさに嫌気がさしたヒロは、一計を案じ、「自分よりもとんでもない才能を持った男がいる」と生贄を差し出すことで、ようやくその場を切り抜けたのだった。
「うんうん! やっぱりこういう隠れ家っぽいお店がいいんだよ!」
店の前ではしゃぐアルヴィンを見て、ヒロはふうと大きく呆れたような息をつき、心の中で手を合わせた。
(……ガレス、本当にごめんね)
そう心の中で謝罪の念を唱えながら、ヒロはガチャリと扉を開けて中へ足を踏み入れた。
アルヴィンは後ろからついてくると、店内の奥まった席に座っているガレスの姿を認めるやいなや、とんでもない勢いで駆け出した。
「君がガレス君だね! ヒロくんから色々聞いたよ! なんでも幼い頃、魔法書すらまともに読まずに、いきなり無詠唱魔法を発動したんだって!?」
初対面とは思えない凄まじい勢いで捲し立てられ、ガレスのいつもの威勢の良さは完全に殺されていた。目の前の見知らぬ男の圧から逃れようと、ガレスは限界まで背中をのけぞらせている。
しかし、アルヴィンはそんなガレスの怯えた様子など全く気にするそぶりも見せず、目を輝かせながら話しかけ続ける。
「……っ! いやぁ、それにしてもすごい魔力量だね! ヒロくんが強く推薦するだけはある! ――決まった! 君は宮廷魔術師団に入るべきだ!」
「お、おい……っ! なんだこいつ……っ!」と青ざめるガレスを放置して、ヒロは逃げるようにカウンター席へと腰を下ろした。
すると、カウンターの端の席から、ギルドマスターが声をかけてくる。
「おいおい……お前、もしかしてダチを売ったのかよ……?」
そう呆れたように言う彼の口元は、面白くて堪えきれないといった様子で、たっぷりと意地の悪い笑みが浮かんでいたのだった。
その時だった。
店内の壁や窓を激しく揺らすほどの、ガレスの馬鹿でかい怒鳴り声が店内に鳴り響いた。
「うるっっせええぇ!! 俺は! 剣士だぁっ!!」
窓ガラスにヒビでも入るのではないかと思わせるほどの大声に、ヒロが思わず耳を塞ぎながら振り返ると、そこには天井へ突き刺す勢いで愛用の大剣を掲げるガレスの姿があった。そしてそのすぐ目の前では、あまりの爆音に気絶しかけながら両手で必死に耳を抑え込んでいるアルヴィンが、ひっくり返りそうになっていた。
――だが、ここで黙っている女将ではない。
「あんたの声の方がうるさいよっ!!」
すかさず、店内に響き渡るような女将の凄まじい怒声が飛ぶ。
そのやり取りに、酒場の空気は一気に緩み、次の瞬間、客たちの大爆笑が店中を包み込んだ。
耳の奥をやられて頭をフラフラと揺らしながら、アルヴィンは泣きそうな顔でカウンターへとよろよろ歩いてくる。そして、ヒロとギルドマスターの間の席に腰を下ろした。
アルヴィンの前に、女将が呆れたようにドンと冷えたジョッキを置く。
「幻影敗れたり、だね」
女将のからかうような言葉に、ギルドマスターはこらえきれずに盛大に吹き出した。
「ぶはははは!! 確かにあれ食らったら隠れてても意味ねぇな!!」
周囲の笑い声がさらに大きくなる中、アルヴィンは恥ずかしそうに自分の無精髭をポリポリと掻きむしりながら、観念したように苦笑いを浮かべ、目の前のジョッキを傾けて景気よく喉を鳴らしたのだった。
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