狂気
ヒロは慣れた手つきで次々と修繕を進めていった。
傷ついた導管の接続部を綺麗に整え、歪みを直し、それが終わると今度は破壊された壁の修復に取りかかる。魔力で基礎を固め、周囲の壁と完全に同化させ、元通りの堅牢な地下道へと完璧に復元していく。
ふう、と一息ついて工具を片付け、すべての作業を終えたヒロがようやく振り返った。
そこにあったのは、先ほどまでの「うるさいおしゃべりおじさん」とは打って変わって、真剣な眼差しで深く考え込むように腕を組んでいるアルヴィンの姿だった。
ヒロと視線が合うと、アルヴィンは静かに腕をほどき、ゆっくりと口を開いた。
「……ねえ、ヒロくん。君は、宮廷魔術師団に入るべきだ」
唐突すぎる勧誘に、ヒロはわずかに目を丸くしたものの、すぐにやれやれといった面持ちで即答した。
「ごめんなさい。全く興味ないです」
しかし、アルヴィンは大して驚く様子もなく、どこか納得したように小さくうなずいた。
「だろうね。そう言うと思ったよ。――君が魔法で大まかに直したあとの、あの『手作業での微調整』を見て分かったんだ。君は、魔法の才だけに頼らず、職人として途方もない努力を重ねてきたんだね」
それは少し意外だった。
作業が始まってから工具で最後の繊細な調整をし始めた途端、アルヴィンはパタリと声を上げなくなったものだから、てっきり魔法以外には興味がない人間なのだとばかり思っていたからだ。
「……そうですね。僕は、職人ですから」
ヒロが淡々とそう返すと、アルヴィンはゆっくりと首を横に振った。そして、その穏やかな笑みから一転して、重みのある声でしっかりとそれを否定した。
「いや、違う。君は――魔術師だ。そして、その圧倒的な力を持つ者としての責任を、いつか必ず負わなければならなくなる」
そんなことは言われなくてもよく分かっていた。
今まで泥臭く、血の滲むような思いで職人としての技術を身につけてきた。このまま研鑽を積み続ければ、いつかは工房の職人たちとも遜色ない腕前に仕上がるだろう。
――だが、どれだけ技術を磨こうとも、ふと頭をよぎるのはいつも「魔法」だった。
魔力量が少ないという絶対的なハンデを抱えながらも、どうすれば効率よく力を発揮できるか工夫し、頭で考え、自らの技術を魔法へと変換する。そこにあったのは、ただの努力だけではなく、紛れもない「確かな才能」だった。
魔法を使って導管を直し、壁を元通りにする。それは一見すると派手で、人目を引く凄いことのようにも思えるかもしれない。
しかし、それは職人たちなら魔法を使わずとも時間をかければ手作業で出来てしまうことだ。今の自分にある才能は、ただの「器用な職人」で収まるものではない。もっと別の、大きな舞台や、もっと重大なことにこの力を活かせるはずなのだ。
他ならぬヒロ自身が、その不都合な真実に気づいてしまっていた。
(――それでも、僕は職人なんだ)
頭の片隅でそう必死に否定しようとする。だが、こうして真正面から現実を突きつけられると、嫌でも自覚してしまう。
自分は、陽だまり村の一件から、本当の意味で一歩も前に進めていないのだと。
村人が一人、また一人と倒れていくのを何もできずに、ただ、見ていることしかできなかった。大切なものを守れなかった。
その後悔が「壊れる前に直す」という、執念に似た狂気となって、今もヒロの心を蝕み続けていた。
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