邪魔
アルヴィンは話を一区切りさせると、面白そうに視線をヒロに向け、問いかけてきた。
「――それで? 君は一体、何をしに来たんだい?」
会話に夢中で完全に本来の目的を忘れていたヒロは、ハッとして頭をかきむしる。
「あっ、そうだった! ここを直しに来たんでした!」
ヒロが慌てて答えると、アルヴィンは「そういうことなら」と朗らかに笑い、おもむろに右手を空間にかざした。
淡い光が瞬いたかと思うと、アジトの中に雑然と置かれていた潜伏者たちのベッドやテーブル、簡易コンロや照明器具などが、次々と吸い込まれるように消えていく。
「証拠品として僕のほうで押収しておくよ。ここをすっきりさせておけば、君も働きやすいはずだしね」
「助かります、ありがとうございます」
ヒロは手際の良い空間魔法の技に感心しながら、軽く頭を下げて礼を言った。それから、ふと気になった疑問を口にする。
「……それはそうと、やっぱり魔力量が多いと、収納できる容量もその分増えるんですね」
その言葉を聞いた瞬間、アルヴィンはわずかに動きを止め、目を細めた。
「……おや。普通は物が消えたことにわけが分からず混乱するか、あるいは収納魔法が使えることに驚くはずなんだけどねぇ」
(……しまった)
ヒロは心の中で冷や汗をかいた。自分も普段、規模は小さいながらも収納魔法を使用しているからこそ、つい冷静な感想が漏れてしまったのだ。
(なんて説明したらいいんだろう? 『僕も似たようなの使えます』なんて言ったら、また話が長引きそうだ……?)
言い訳を必死に頭の中で巡らせたが、考えるうちに急激にめんどくさくなってしまったヒロは、ぶっきらぼうに言い放った。
「……とにかく、仕事始めますね」
そんなヒロの反応に、アルヴィンは楽しげに声を弾ませる。
「あはは、つれないねぇ。まあいいさ、作業の邪魔はしないからさ、君の仕事、近くで見学させてもらってもいいかい?」
ヒロは思わず手を止めて、不思議そうに首を傾げた。
宮廷魔術師団の団長ともあろう偉い人が、わざわざ一介の職人の仕事を見て何が面白いのだろうか。
しかし、ここで断る理由も特に思い当たらなかった。
「……どうぞ、勝手にしてください」
ヒロはため息交じりにそう許可を出すと、目の前の魔力導管へと意識を集中させた。
壁を這うように走る太い導管のあちこちに不自然な穴が開けられ、本来の回路を無視して無理やり別のパイプが乱雑に溶接・分配されている。帝国軍の連中が勝手気ままにいじくり回した跡だ。
「へぇ、出会った時からずっと探知魔法を発動しっぱなしだなとは思ってたけど、そういう細部への使い方をするんだねぇ!」
背後から飛んできたその感想に、ヒロの眉間がピクリと引きつる。
(……うるさいな、邪魔しないって言ったのに……)
ここで律儀に返事をしたり解説したりしようものなら、絶対に話が長引いて仕事が進まなくなる。そう判断したヒロは、アルヴィンを視界の端から完全に消去し、無視を決め込んで頭の中で修理の順序をテキパキと組み立てていった。
よし、ここからだ。
ヒロは左手を導管にかざし、淡い光を纏わせた修繕魔法を発動する。
「おぉ! 探知魔法を維持したまま、さらに異なる別の魔法を同時に並列発動させてるね! いわゆるパラレルキャストだ! 宮廷魔術師の中でも、ここまでの使い手は――」
(――流石に、うるさすぎる……!)
耐えかねたヒロは作業の手を止めると、ぐっと振り返り、氷のように冷たい視線でアルヴィンをひと睨みした。
その無言の圧力に、さすがのアルヴィンも「おっと」と言ったように口をつぐむ。
静けさが戻ったのを確認し、ヒロはふうっと息を吐いて再び導管に向き直った。
それにしても、よくもまあここまでメチャクチャにしてくれたものだ。あちこちに歪みや負荷がかかっており、修繕箇所があまりにも多すぎる。
仕方がない。ヒロは集中力を高め、複数の修繕魔法を同時に重ねがけして、一気に手際よく直していく。
背後からは、我慢しきれなくなったのか「おぉー」「すごいねぇ」とはしゃいでいるアルヴィンの声が小さく聞こえてきたが、ヒロは完全に「そこには誰もいない」ものとして扱った。
「――ねえ、ヒロくん? 聞いてる? 無視しないでよ! その魔法の出力制御はどうやって――」
完全無視である。
そもそも、初対面から自分の存在を完璧に消して隠蔽魔法を使っていたような怪しい男なのだ。今さら少しばかり無視されたところで、自業自得というものだろう。
ヒロは背後からの熱心すぎる視線と実況中継を一切遮断し、目の前の厄介な導管の修理に全神経を傾けたのだった。
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