天才の非言語化
その日の夜。
ヒロはベッドの上でじっと天井を見つめながら、静かに思考を巡らせていた。
ここ数日、寝落ちするまで手放さなかった魔法書だったが、今夜は不思議と開く気が起きなかった。圧倒的な才能を目の当たりにして挫折したというわけではない。むしろ、頭の中はどこかすっきりと冴えわたっていた。
冷静に、ガレスが放ったあの魔法を分析していく。
無詠唱、そして常軌を逸した威力。
だが、威力については、ヒロにも納得がいく理由があった。学びたてとはいえ、日夜魔法に向き合う中で魔力を知覚できるようになっていたからだ。
ガレスの体内に秘められた魔力量は――はっきり言って異常だった。他のどの村人とも、そしてヒロ自身とも比較にならないほどだ。
(あんなの、真似できるわけがない)
威力で並ぼうなどとは最初から思わない。
――ならば。
次の日から、ヒロの行動が変わった。
ガレスが素振りをし終わると必ず、歩み寄って「あの魔法を見せてくれ」と頼むようになったのだ。
最初は「えー、またかよ」と面倒臭そうにしていたガレスだったが、ヒロが純粋な技術として感嘆し、ぽつりと褒め言葉をこぼすと、どこか照れくさそうに、しかし嬉しそうに何度も何度も火球を出して見せた。
ヒロが言葉通りにおだてていたわけではないことは、ガレスが一番よく分かっていた。
剣の修行で圧倒的な力を見せるガレスに対する悔しさが皆無だったと言えば嘘になる。けれどそれ以上に、底知れない才能への純粋な尊敬と、羨望の色が宿ったヒロの眼差しに嘘偽りなどないことを、野性的な勘を持つガレスは肌で知っていたからだ。
ガレスの放つ魔法を観察しながら、ヒロは魔力の流れを緻密に計算する。そして何度も挑戦しては、失敗の連続だった。詠唱を極限まで削り、術式を簡略化し、言葉を削ぎ落としてみる。
それでも結果は変わらない。
夜のとばりが下り、冷たい月明かりだけが岩場を照らすようになっても、ヒロは引き返さなかった。
ガレスは何も言わずに、ただ黙って隣で剣を振り続けていた。
(――打てても、あと一発か……)
ヒロは自分の体内の残り少ない魔力量を確かめ、わずかな歯痒さに唇を噛み締める。
そして、ふと隣で黙々と剣を振るう相棒へと視線を向けた。
(待てよ……。剣を振る時、筋肉の動きや呼吸のし方をいちいち頭で考えているか?)
もちろん、どこへ剣を振るのか、相手の重心や動きを読むといった思考はある。だが、右腕のどの筋繊維を収縮させ、いつ息を吸い、どう血流を巡らせるかなど、意識して動かしているわけではない。
その時、ヒロの脳裏で雷に打たれたような閃きが走った。
(――ああ、そもそもが間違っていたんだ)
魔法を駆動させているのは、長々とした呪文などではない。古びた本に記された術式という形ある枠組みですらない。
魔力を動かし、形を与えているのは、もっと根源的な――純粋な「意志」そのものだ。
詠唱なんてものは、人間が理解するためのただの「補助輪」に過ぎなかったのだ。
ーーならば。
ヒロは深く、深く息を吸い込む。
言葉はいらない。詠唱はしない。
ただ一つだけ。この指先に、熱を灯したい。
その強烈で純粋な意思だけを、体内の魔力へと乗せる。雑念をすべて払い落とし、一点へと全神経を集中させる。周囲の音がすーっと消え去っていくような、心地よい静寂の中。
そして――
指先に意識を収束させ、心の中で強く命じた。
ぽっ。
夜の闇を切り裂くように、小さな、しかし誰にも消せない確かな炎が、ヒロの指先に灯った。
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