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見習い冒険者はいつになっても正式採用を受けない  作者: Patriot
十五歳〜二十歳

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帝国の真意

その頃、王国の隣に位置する軍事大国・リアンダール帝国皇宮の奥深く、重厚な造りの軍議室では、深夜を過ぎてもなお張り詰めた空気の中で円卓会議が行われていた。


玉座に座る帝国皇帝は、こめかみを押さえながら深く重苦しい息を吐き出す。


「……失敗したか」


広大な円卓を取り囲む軍部関係者たちは、誰一人として顔を上げず、ただ冷や汗を流しながらうなだれて沈黙を保っていた。


その気まずい沈黙を破るように、一人の内政官が怒気を孕んだ声で机を叩いた。


「今回は完全に軍部の失態です! こちらは時期尚早だと、何度も言ったはずですよ!!」


内政官の正論の糾弾に、屈強な体躯を誇る軍部高官たちは顔を真っ青に染め、ただの一言も返すことができなかった。


これ以上軍部を責め立てても時間の無駄だと判断したのか、その内政官は小さく鼻を鳴らすと、冷ややかな視線を報告者に向け、本題へと話を切り替えた。


「――それで。一体なぜ、周到に準備したはずの計画が失敗したのです? 報告を」


報告に立った将校は、脂汗を拭いながら震える声で詳細を語り始めた。


「はっ……計画の序盤までは完璧でした。王女を誘拐し、『剣聖』を完全に地下道へと釣り出すまでは、すべてが予定通りに……」


将校の言葉に、皇帝がわずかに眉をひそめる。


「そこまでは上手くいったのだろう。何が狂った」


「はっ……想定外の乱入者が現れました。まず、王都ギルドの『ギルドマスター』が独自に動き、王宮制圧作戦の最大の要であった我が方の隠密魔術師が、あろうことか単騎で討ち取られました」


「ほう……やりおるな」


「さらに、何故か地下道から引き返してきた剣聖が、すでに混乱状態にあった王宮をこれまた単騎で奪還。我が方の部隊は壊滅しました」


皇帝は呆れたように片手で額を押さえ、信じられないものを見る目で将校を睨み据えた。


「……待て。何故、剣聖が途中で引き返してきた? 完璧に釣り出したはずではなかったのか」


「そ、それが……!」


将校は恐怖に顔を引きつらせながら、絞り出すように答えた。


「Aランク冒険者のガレス……それに、事前の情報には一切存在しなかった、謎の黒髪の職人が介入し、想定外の速さで王女を誘拐した精鋭を無力化……剣聖を解放してしまったのです」


皇帝は深いため息をつき、信じられないというふうに首を横に振った。


「そもそも、なぜ冒険者ギルドの連中が国家の問題ににここまで深く介入してきた……? 奴らの規約では、政治的な問題には不干渉のはずだ」


尋問された将校は、いよいよ血の気が引いた顔になり、冷や汗を滝のように流しながら震え上がった。


「そ、それが……表向きは、あくまで『一般的なクエスト』として巧妙に処理されておりまして、ギルドの公式記録上は、国家への介入の証拠は一切残されていないのです……!」


冷徹な内政官が「これだから現場の脳筋は」と言わんばかりに下調べの甘さと計画の致命的な不備を次々と指摘し始めると、さすがの軍部も黙ってはいられなかった。


「机上の空論ばかり並べる貴様らに、実際の戦場の何がわかる!」


「実際の戦場も何も、貴方たちが勝手な真似をしたからこうなっているのでしょう!」


荒々しい気風を持つ軍部の現場叩き上げの将校や歴戦の将軍たちと、幼い頃から厳格な英才教育を受け、文字通りの「勉学の戦争」を勝ち抜いてきた内政の官僚たち。


双方の根深い溝は、こうした非常事態において埋まるどころか、より一層激しく亀裂を広げていく。その部屋は瞬く間に怒号と罵声が飛び交う言い争いの場へと変わり果てていた。


ガタガタと椅子を引く音、机を叩きつける鈍い音が響き渡る中、皇帝は頭痛を覚えるようにこめかみを強く指で押さえた。


「……静まれ」


低く、しかし圧倒的な威圧感を孕んだその一言。

皇帝が疲労の色を隠せないまま片手をひらりと挙げると、喧騒は一瞬にして押し殺され、鉛のように重い沈黙が再び円卓を支配した。


皇帝は重い口を開き、会議室を支配していた張り詰めた沈黙を破った。


「ここでどちらの責任かを言い争ったところで、失態が覆るわけでも、王国の民が救われるわけでもない……。と言っても今回の件で警戒されて、しばらくは軍を動かせん」


その冷静でありながらも現実を突きつける皇帝の言葉に、軍部も内政官たちもぐっと押し黙り、再び険しい表情で互いに視線を逸らした。


皇帝は静かに視線を巡らせ、議論の主導権を内政官の方へと移す。


「……では、軍が動けない以上、別の手段を講じる必要がある。其方たちの案を聞こう」


皇帝の促しを受け、内政官の一人が立ち上がり、用意していた膨大な資料を開きながら冷徹な調子で報告を始めた。


王国の現在の生産性と、深刻な貧富の差。

人口分布は王都中央部に過度に集中している一方で、王国の端に位置する地方の田舎町では急激な高齢化が進み、インフラの老朽化に歯止めがかかっていない現状。


また、王都南門付近には巨大なスラム街が形成されており、そこでの死者数や犯罪率は、我が帝国、そして王都の中央街と比較しても圧倒的に高い水準にあった。


ただ、近年に至ってようやく上下水道が最低限まで整備され始めたことで、ここ数年はわずかながら改善の兆しが見え始めていた――。


そこまで淡々とデータを並べ立てると、内政官は資料から顔を上げ、まるで耐えかねたように苦い響きを含んだ声を絞り出した。


「……だからこそ、我々は考えました。あちらはこれからインフラの拡充や社会の立て直しが進み、改善される余地が残されている。であれば、武力による侵略ではなく、あえて経済的・政治的な援助をして王国の民を『平和的』に救う方法を模索しようとしていたのです……! まさにその外交的布石を打とうとしていた矢先に、愚かな軍部の連中が余計な武力行使など仕掛けたせいで、すべてが水泡に帰したのです!」


内政官の恨み言とも取れる叫びが、広大な軍議室の天井へと虚しく反響していった。


冷え切った会議室の空気を切り裂くように、一人の若い将校がゆっくりと口を開いた。


「……俺は、そのスラムの出身だ」


低く、しかし確かな重みを含んだその声に、円卓を囲む全員がハッとして一斉に振り返った。


将校は内政官たちをまっすぐに見据え、苦渋に満ちた表情で問いかける。


「改善傾向がある言っているが……あと何年だ? あの地獄のような場所で、あと何年あの人々に耐えろと言うんだ?」


その言葉に、先ほどまで冷徹に論理を並べていた内政官たちは誰一人として答えることができなかった。


数字的な改善の兆しがデータに表れているのは確かだ。だが、それはあくまでマクロな指標でしかない。劇的に環境が変わるわけでもなく、その緩やかな変遷の狭間で、どれだけの人間が飢えや絶望に苦しみ、命を落としていくのか――。綺麗に整えられた書類の向こう側にある現実の重みを、彼らが肌で知ることはなかった。

将校はさらに声を強め、仲間である軍部へ、そして帝国の中枢へ訴えかける。


「今回の件、確かに俺ら軍部のやり方が拙かったのかも知れねぇ。だがな……人は数字じゃねぇんだ。人間は、お前らが見ているその書類の文字や数字の先で、確かに、今この瞬間も息をして生きている……!」


将校の言葉は、冷たい理屈や政治的打算を打ち砕き、会議室の全員の胸を激しく打った。


冷徹な内政官たちも、武力に生きる軍人たちも、それぞれの立場や考え方の違いを越え、ただ「民を救いたい」という根底の想いで一つに結ばれる。


それは、帝国が真の意味で一つになり、新たな動きを見せる歴史の転換点だった。

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