挟撃
王女を攫い、追っ手である剣聖さえも巧みに釣り出した。このまま無事に帝国領まで逃げ帰れば、今回の潜入任務は完璧な成功に終わるはずだった。
――まさか、こんな地下道の先で、待ち伏せされているとは。
男は、目の前に立ち塞がる二人の青年を見据えた。
一人は燃えるような赤髪と、自分の背丈ほどもある大剣を無造作に担いだ史上最年少のAランク冒険者――ガレス。
そしてその隣に並び立つのは、王女の動向を偵察していた際に追跡してきた、あの謎の職人だ。腰には見たこともない剣が下がっている。
男は腕の中で眠る王女をしっかりと抱えながら、忌々しげに小さく舌打ちをした。
(最悪だ……。背後からはあの『剣聖』が猛烈な勢いで迫ってきている。ただでさえAランク冒険者一人を相手取るだけでも手に余るというのに、得体の知れない男までいる)
挟み撃ちにされる形となった男は、これ以上の遅延は致命傷になると判断し、冷徹に部下たちへ号令を飛ばした。
「――殺せ。時間がない」
その一声を合図に、背後に控えていた三名が、音もなく前に出て鋭い鋼の剣を抜き放った。残りの者たちは、背後から迫るであろう剣聖に備え、厳重な警戒態勢を取る。
ガレスは獲物を狙う獣のような低い体勢で、片手を地面にドンと突き、もう片方の手でいつでも大剣を抜けるようにその柄をしっかりと握りしめた。
(なるほど……。地下で大剣を振るために体を低くしたか。だが、それでは存分には振れまい)
男が冷静に敵の戦力を分析し、次の指示を出そうとした、その時だった。
ガレスの隣に立つ、黒髪の青年が、腰に差した剣の柄に右手を添えながら、重心をぐっと落として深く前屈みになった。
――なんだ、その構えは。
男の脳に違和感が走る。
これまでに見たこともない剣と構え。しかも、その独特な姿勢のせいで、手元の動きも、剣の向きすら、完全に隠れていてこちらからは一切見えない。
得体の知れない恐怖が、男の背筋を冷たく撫でていった。
ーーその時。
一瞬の油断だった。いや、油断などしていなかったはずだ。
しかし――前に出ていた部下の一人の首が、音もなく宙を舞って飛んだ。
(――何が、起こった……?)
一瞬、思考が凍りつく。抜刀術の類いだろうとは予測していた。だが、あまりにも速く、あまりにも不可解で、その初撃の軌道は目で捉えることすらできなかった。
どす黒い血飛沫が石畳を濡らす。
しかし、二人目の首が飛んだ時。男はその鮮烈な死の軌跡を目でしっかりと追うことができた。
一方、前線の三人目の部下は、特大の大剣を狭い空間で器用に振るったガレスの圧倒的な重撃に叩き伏せられ、地下道の冷たい床に転がったまま、ピクピクと痙攣して動かなくなっている。
(なるほど……化け物か)
あのガレスという男は厄介だが、やはり、この狭い地下道では大剣の動きが制限されるため、本来の力を十分には発揮できていない。今の一撃で動きは読んだ。すぐに片付けられる。
そして、隣に控える黒髪の職人――。
初撃の異常なまでの速さこそ驚かされたが、あれはいわゆる「初見殺し」に過ぎない。地下の低い天井や狭い通路でも扱いやすいよう、絶妙に調整された短めで反りのある剣。そして、天井に刃が当たらないように極限まで低い位置から繰り出される特異な抜刀術。
――仕組みさえ見切れば、次は完全に合わせられる。対応可能だ。
その時だった。
目の前で、不気味なほど落ち着き払った黒髪の職人が、ふっと不敵にニヤッと笑い、冷徹な響きを含んだ声で言い放った。
「――時間切れだよ」
背後で、警戒に当たっていたはずの部下たちが、バタバタと音を立てて崩れ落ちる気配が響いた。
すべてを察したその瞬間だった。
首筋に、ほんのわずかな冷たさを感じた。
それが何だったのか理解するより先に――男の意識は、永遠に途絶えた。
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